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絵画と幾何学は不可分な関係にある。なぜなら画面が矩形であるから。この四角の枠が無かったら黄金分割や透視図法も生まれなかった。
バロック以降になると、やたら量感や奥行きが求められ、ぶよぶよと肥大した人体のモデリングなどが幾何学的要素を覆い隠す。さらに、矩形の画面も有機的な装飾の付いた額によって囲まれ、幾何学的要素が目立たなくなる。
幾何学的,抽象的な平面分割と、写実的な具象という3次元空間の再現。物質性とイリュージョン。相反する両者がむき出しのまませめぎあう緊張感がゴシックからルネサンスへの移行期の絵画に見られ、この“アヴィニョンのピエタ”(1455〜56)はその優れた一例。とにかくルーヴルに行ったら、まずこれを見たかった。
現物はまず、東方教会のイコンのように板という物質性を強く感じさせる。それが、でかくなった感じ。同じルーヴルにあるフランス新古典主義,ロマン主義の巨大画面の絵画とは対極の世界。
登場人物の表情を抑制し、画面構成でその場面の情感表現やドラマを演出する手法、三次元空間の細密な再現であり、かつ、平面的装飾性を持つという両義的性格は国宝源氏物語絵巻と共通する。
使徒ヨハネの写実的でありながら、面取り石膏像のような幾何学立体を思わせる頭部を囲む装飾的な金の頭光。文字が刻まれている唐突さがやたらとカッコいい。このあたりもイコンに近い感覚。
ヨハネの背後にはエルサレムの遠景。遠くのものを小さく描くこの極端な奥行きは、透視図法的視覚による圧縮表現だったりする。この時代イタリアでは既に透視図法は確立されているが、まだフランスでは理論として導入していないみたいだから、このように一つの空間理論に統一されない多義的な絵画空間が可能だったのろう。
なんか、こういうのってゾクゾクするな。
写真下の、香油瓶を持つマグダラのマリアの衣の赤のはげ具合もカッコいい。セザンヌやバルチュスの絵の塗り残し部分を想起させる。
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