おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

ラウンジ(雑記)

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画家の版画展というと、どうしても“余技”的な印象をまぬがれない。ことルネサンス・バロックの時代となると、版画は普通タブロー(油彩画)の複製品に過ぎないし、名古屋ボストン美術館の「レンブラント版画展」も、低予算で出来る巨匠の展覧会程度の認識で気楽に入ったのが大きな間違いだった。

スリリングな実験と創造の現場。二百数十年後の西洋美術の展開を既に予兆しているかのようだ。静かで暗い会場の中、一人で興奮してしまった。

同時代、前時代の他作家のエングレーヴィングによる銅版画を参考作品として提示しているのも効果的。人体造形や背景を立体的に克明に描写する技法のエングレーヴィングとは対照的なレンブラントのエッチング、ドライポイントは、ニードルで描いた部分以外にもインクをのせて暗闇を表す黒つぶれ部分と、インクを拭い取った白飛び部分とで光と闇のコントラストをつくり出し、その中に描かれた対象を溶け込ませてしまう。

描かれた人物以上に光と闇の調子が作品の主題となった画面は、2、3メートル離れるともう何が描かれているかわからなくなり、抽象絵画に変貌する。

まるでスケッチブックのように、1枚の銅版に上下左右の向きも関係なく、様々な角度から複数の人物を描いた多重イメージもあり、習作というより計算された構図になっていて、フォトモンタージュを連想させる。もし、こんな、透視図法を無視した複数視点の構図がタブローになっていたら、美術史が塗り替えられたか、ますます異端視されたかのどちらかだったろう。

きっとレンブラントは、湧き出すアイデアを次々と試みていたのだろう。そんなことを想うとワクワクしてしまう。以前、同じ名古屋ボストン美術館で開催された「デューラー版画展」とは違う意味でスゴかった。

レンブラントにとっての版画は、音楽に喩えるなら、生演奏ではなく録音されたテープのようなもので、演奏後に様々に加工可能なマテリアルなのだ。プレス機は彼にとってミキサー卓のようなものだったのだ。

テクノロジーの発達で20世紀に当たり前のこととなった音楽や美術の表現方法に、レンブラントは既に気付いていた。有名な「二人の盗賊の間で磔刑に処せられるキリスト」のバリエーション(画像は部分)は、現代のポップミュージックでいうなら“過激なリミックス”といったところだ。


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