おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

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カジュラーホといえば西群と呼ばれる西エリアの大型寺院群の夥しい数のミトゥナ(男女交歓像)が有名だが、実は、観光客のあまり来ない、東群のジャイナ寺院であるパールシュヴァナータ寺院、アディナータ寺院に魅力的な彫刻が多い。

写真は四臂のヴィシュヌとその神妃ラクシュミー(吉祥天)。密教化したジャイナ教が、どのようにヒンドゥー教と同化したかは知らない。しかし、創建当初はヒンドゥー寺院だったので、ヒンドゥーの主要な神や方位神がこのパールシュヴァナータ外壁にも多く見られる。本尊がヴィシュヌやシヴァでなくジャイナ教の第23代祖師パールシュヴァナータに代わり、外壁もあからさまな性的表現が無い以外は、基本的に同地のヒンドゥー寺院と同じ。

それにしてもおもしろいのは、こうした男神像と女神像の表現の質の違いである。ラクシュミーは彫工の渾身の力をこめた、写実的で溌剌とした、うねるような肉身表現。人の背丈より高い位置にあって、近づいて見ることが出来ないにもかかわらず、この細部にわたるこだわりである。それに対する、ヴィシュヌの何とものっぺりとした否写実的で単調な肉身は、男性の身体への関心の無さを如実に示している。

ところで、数年前、兵庫県立美術館で古代ギリシャ、アルカイック期のコレー(着衣の少女像)を見たとき、少女像とはいえ腰のくびれの無い寸胴のシルエットが、以前から気になっていた私は、像の後ろにまわってみて驚いた。そのコレーは、同時代のクーロス(全裸の青年像)と同じ筋肉質で男性的な尻を持っていたのだ。

カジュラーホではその逆。男性像でも腰から太腿にかけての曲線的なラインは女性像のそれと変わりない。極端にいえば、ギリシャアルカイック期の女性像の身体が、青年像の肩幅が狭くなっただけの亜流であるのに対し、カジュラーホの男性像の身体は、女性像から巨大なオッパイを取り除いただけなのである。

これは美の基準が、男性の肉体にあるか、女性の肉体にあるかの違いといえそうだ。

男性的神格の擬人化としての完璧な肉体の創造を目指した古代ギリシャに対し、インドでは、神的エネルギーであるシャクティの表象として、魅力的な女体表現に力が注がれた。特にカジュラーホではその傾向が強いようで、男性像の表現のつまらなさをよそに、女性像の方は、女性の様々なポーズを見事に描写している。

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