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20mを超える大きさがざらの中国・シルクロードの大仏の中で、雲岡石窟にある曇曜五窟の5体は15m前後と、けっして大きくない。
しかし、大仏という形式と表現様式が見事にマッチしているものとしては、この5窟(第16~20窟)の内の、写真の第18窟と第20窟が数少ない例といえるだろう。
大仏というのは、表現が写実的で私達の身体に近すぎると、不自然な感覚を受ける。実際に、そんな大きな身体など何処にもないからだ。逆に抽象的でロボットっぽくなり過ぎると、私達はそこに自らの身体をなぞらえることができない。
つまり、通常の身体スケールを遥かに超える巨大な身体にリアリティーを与えるような、私達の身体(ミクロコスモス)= 抽象概念である宇宙(マクロコスモス)という図式をいかに表象化するかという問題に対して、この2窟は理想的な答を出しているように思える。
第18窟は、小さな白黒図版を何かの本で見て以来、実物をぜひ見たいと思っていた。SF的人工美と、荒々しい岩肌の野生美という、両者がせめぎ合いつつ上昇していくようなダイナミズムにゾクゾクさせられたからだ。
また、化仏のびっしり彫り込まれた本尊の左手の袖が鷲の翼のように見えて、やたらとカッコ良かった。
壁面が、如来、菩薩、羅漢、天人(?)、千仏と、下から上へ、大から小へと彫られているため、遠近感が強調されて、本尊が実際のサイズよりもさらに巨大に見える演出もお見事。宇宙的スケールの上昇空間には、日本の大仏とは別のあり方を痛感させられる。
写真はカラーでも撮ったのだが、最初に見たイメージに引きずられてか、白黒がどうしても良く見えてしまう。
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