おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

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インド博物館その2

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インド博物館の目玉の一つに“バールフト・ルーム”がある。インド中部のバールフトで発見された初期の仏教美術で、仏塔(舎利塔、卒塔婆)を取り囲んでいた欄楯(柵)が部屋いっぱいに展示されている。

釈迦のいた頃、東インドでは遺骨崇拝が盛んだったらしく、釈迦の遺骨も仏舎利として仏塔に収められ、礼拝の対象となった。

“仏像”なるものはまだ無く、礼拝の対象として偶像が造られていたのは民間信仰の森や樹の精霊ヤクシャ(夜叉)で、それが結界として仏塔の廻りを取り囲む欄楯に、護衛役で彫られるようになったらしい。

インダス文明を除けば、通常、インド美術史の人体表現はヤクシャ、その女性形のヤクシー(夜叉女)に始まる。従って、“仏教の本場”の仏教美術は仏像ではなく、そういった精霊の像がその劈頭を飾ることになる。

欄楯彫刻としては現存で最も古い例(紀元前2世紀または、紀元前1世紀初頭とされる)で、そのせいかヤクシーは後の時代のものより土俗的な野性味が魅力だ。

しかも、このヤクシーは、同じ欄楯の他の彫像と比べても特別な感じで、装身具が多く、顔に刺青らしき模様まであり、コテコテのエスニックファッション。

樹に手足を絡ませるポーズはまるでポールダンサーみたいだし、砂岩の濃褐色も手伝って、よりワイルドでセクシーなイメージを演出している。

もちろんこの彫刻がルーツと限ったわけではないが、美術史的には、片手で枝をしならせるポーズは、脇の下から釈迦を出産する摩耶夫人のイメージの原型になったといわれているし、“樹下美人”というテーマは中国を経由して「鳥毛立女」として正倉院に残る。

さらには、動物(このヤクシーの場合は魚の下半身を持つ山羊)の上に乗る形式は、仏像やヒンドゥー神像が乗るヴァーハナ(乗物)の原型らしい。

ちょっとこの画像では見にくいけど、ヤクシーの左隣のヤクシャの足下の侏儒は、日本の四天王が踏みつけている邪鬼にそっくり。それもそのはず、この後、インドではヤクシーがより発展して行くが、日本へは、中国というフィルター(女性の裸体表現を漉しとる)を通って、こうしたヤクシャの図像を原型とする四天王が仏法の守護神としてやってくる。

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