おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

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ルーヴルその6

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ルーヴルが世界に誇るエジプトコレクションの中でも、最高作のひとつとされるのがこの書記坐像。でも、だからといってこの像の前に、大勢の観光客が群れをなしているわけではない。

理由は簡単、この像が女性像では無く、しかも二段腹の世俗の中年像だからだろう。つまり、美しいとかカッコいいとかいった人物像ではない。それでは、歴史に名を残す立派な人物なのかというと、まだ誰の肖像なのか定説をみていないようだ。とはいえ、当時の書記はエリート中のエリートなので、本人がステイタスとして肖像を造らせるのが習慣だったらしい。ということは、他にもたくさん造られたということで、特別な意味やエピソードを持った彫像というものでもなさそうだ。

素材も加工がしやすくて比較的安価だったであろう石灰岩。高価な材料をふんだんにつかっているとか、特別手の込んだ細工が施されているとかいった類いの物でもない。あぐらをかいてパピルスと葦製ペンを持つお決まりのポーズは、独創性があるというものでもない。

なるほどこれでは像の前を素通りする来館者がいても仕方が無いのかもしれない。この像には美術品としての“売り”がない。

ところがいざ実物の前に立ってみると、優れた芸術作品の持つオーラを強く感じてしまった。この像の素晴しいところは、人の体温を感じさせることにありそうだ。オッサンの体臭や肌の温もりを感じたところで嬉しくはないが、4千5百年も前の彫刻に、そんなことを感じるのは驚異的だろう。

しかもそれはこの像の顔によってというより、むしろこのたるんだ胴体によって成されている。

優れた人格描写とか、精神性の高さといった。伝説化された人物や、王朝の高官としての立派さではなく、ただ、そこにパーソナルな佇まいを感じる。それだけのことというのは、大義名分を必要とする人類の美術の歴史を振り返ると、奇跡的なことのように思えた。

恐らくこのような解釈は、制作者や発注者の意図するところでは無かっただろう。4千5百年後の現代人に、当時の“素の人間”の有り様が、たまたま伝わってしまった。この“万に一つの偶然”が起るには、とてつもなく多様で重層的な文化の豊かさがその背景に横たわっていなければならないのだろう。

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