おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

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歴史的な文化財や、かしこまった博物館の展示品を観ていると、誰しもそこに落書きなどをしてみたらさぞ気持ちいいだろう…、などという妄想に駆られたことがあるはず。グレイソン・ペリーの作品には、そんな快感がある。

会場は、オーソドックスな美術館の平面・立体作品の展示方法をふまえており、また、技法も陶芸、銅版、鋳鉄、ブロンズ、刺繍やキルトなど古くからあるもので、このことから、彼の表現は、既製の美術工芸作品を現代の素材やコンテクストに置き換えるというより、古今東西(ユーラシアだけでなく古代のアフリカやアメリカも含めて)の様々な美術工芸品をベースに、アーティストの表現を加味するという、いわば”文化財の落書き”的手法なのだ。見方を変えれば、“グラフィティアートやってんですけど、支持体まで自分で作ってしまいました。” みたいな(支持体の方が時間も手間もかかってるけど)…。

これって、現代美術より古美術に興味のある人の方が、作品に読み込まれた情報を多く読み取ることが出来るのかもしれない。つまり、この展覧会を見る前に、予習として大英博物館を一通り見学しておいた方が、より理解度が深まるみたいな…。彼の作品には、それほど膨大な人類の文化情報が詰まっている。

では、なぜ落書きをするのか? 勿論権威を茶化す快感や批評性というのも大きいが、それだけではない。博物館の展示品というのが、従来の機能や価値を剥奪され、生身の人間との関わりを絶った不完全な存在になっているからだ。

20世紀に於いては美術館や博物館に展示する事は“聖別”であり、展示品は“完全なもの”だったはずが、21世紀には、それは“不完全なもの”になってしまった。

過去と現在、永遠と刹那、聖と俗、正統と異端、公と個人、エスタブリッシュメントとパンク。それぞれの前者に後者を補完するのが彼の表現。相反する物を複合して全体性を回復するという欲求が強い。まさに密教的。女装癖も、男性としてのジェンダーとアニマの統合と考えれば必然。歓喜仏状態である。自身に正直なだけともいえるが…。

複合というのは、ソフィスティケイトされないまま提示されるとグロテスクなもの。彼の彫刻作品を見ていると“ルーブルその5”<http://blogs.yahoo.co.jp/sugafuto/23766775.html>で紹介したベス神は、ルーブルの古代エジプト展示室より、この会場にふさわしい気がして来た。

ところで、自分もドレス風のオブジェを作ったりするので<http://sugaft.com/2002sen.html>、ファッションデザイン関係の展覧会も機会があれば観に行くのだが、モデルが着用していないドレスというのは小さくて貧相な印象を受ける。美術館の空間には向かないのだ。その点グレイソン・ペリーのドレスは実に見映えがいい。女性服もアングロ男子サイズにすれば美術館の展示に耐えられるってことか。

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