おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

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左画像の、凡庸な出来の神々の像に挟まれて、テンションの高い造形が際立つ女性像。体を反らせて後手を組むポーズはカジュラーホでは多く、この像は腕を欠損しながらも、寺院壁面に残るものとしては最高の1点だろう。

こうした女性像は、図像的制約の多い神像に比べ、いかに彫工の創造性や野心を注ぎ込む対象となっていたかを如実に示すサンプルと言える。この画像の陰影のつき方一つを見ても、両隣の神像ののっぺりとしたメリハリの無い陰影と、はっきりと好対照を成している。“体の鍛え方が違います”という風にも見える。

臀部と腰の無理なひねりや乳房と両肩の関係、首のつながり等、解剖学的に見て不自然に思えるが、これはむしろ、正確な人体の再現程度に留まっているようなレベルの彫刻ではないことを示している。その点は“インド博物館その1” < http://blogs.yahoo.co.jp/sugafuto/21215807.html>と同じだ。

つまりこの像は、膝から下(この部分だけはかなり類型的だが)、太腿と尻、胴と乳房、肩と頭といった各部の最も美しいポーズとアングルを合成したアッサンブラージュと見ることが出来る。こうすることによって、見るアングルが限られている浮彫り的な壁面彫刻でありながら、360度どの角度からも眺めることの出来る、丸彫り彫刻の情報量とダイナミズムに迫ろうとしている。

新古典主義の画家、アングルの「グランドオダリスク」が、オダリスクの背中を異様に長くし(絵画に無い奥行きのディメンションを、背中の長さに転化している)、本来見えるはずの無い乳房や左膝を見える位置にずらす等、デフォルマシオンや複数視点の導入によって、平面の限界を超える情報量(ゆったりした安定感のある曲線美)を見せるのと同じ手法で,張りつめた肉体美を演出しているといえないだろうか。

キュビスム的手法は、何も近代西洋美術の発明ではない。こうした解体再構成は、人類が先史から同じ構造と容量の脳を持っている以上、結果として立ち現れることがある。

勿論彫工が、ここまでして表現しようとしているのは“シャクティ”という神的エネルギーであり、ヒンドゥーパンテオンの周辺的存在に、タントリズムの重要概念が色濃く反映している。追求すべき理想があってこその高度な造形美だ。


また、ラクシュマナ寺院は五堂形式と呼ばれ、基壇中央の本堂の他に4角に小さなお堂が現在も残っている。その南東角の小堂の南側で見つけたのが右画像の彫刻。こっちは正確な人体の再現レベル以下といわれても仕方の無いものかも知れない(右腕は脱臼しているように見える)。

しかし,こうした目立たない場所の稚拙な作品には、作者個人のパーソナルな思い入れを見ることが出来て、とても好きだ。技量不足であっても千年前の人の息使いというか、作者が表現したかったものがちゃんと伝わってくるようで感動的だ。


このようにオフィシャルな神像からパーソナルな女性像、高度な造形から稚拙だけど味わい深いものまで、多様なレベルの作品や人々の思いに出会えるのがカジュラーホ大型寺院の醍醐味であり。それが、この寺院を一つの小宇宙足らしめる要因となっている。

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