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宗教美術の型式性を逸脱したディープなこの東側の中でも、最も衝撃的だったのがこのデヴァターだった。
まんまるい乳房をはじめ、単純化され抽象化された身体。手の表現も単なる “パー” で実に単純。これがインパクトを強くしている。その上にのっかった顔も、深く切れ込んだ目尻と口元が強烈な印象を与える。
稚拙な表現のようでいて、確信に満ちた造形。なによりもすごいのはスーパーヒーローの偽物のような、いつの時代のものなのかわからない珍妙なポップセンスだ。
宗教美術であることの唯一の名残である右手の経冊らしきものを、まるでチケットかなにかみたいに実に軽々しく持っているのが象徴的。これを見ていると何やらとっても居心地の悪い気分にさせられるし、またその吹っ切れ具合が痛快でもある。
この像を見たとき、初めてアンコール・ワットのデヴァターが理解出来たような気がした。ここから受ける印象は、実はこの寺院の女神像全てが本質的に内包しているものなのだ。それがあからさまか、そうでないかの違いであって、いずれも爛熟した都市文明の生み出すキッチュを900年も前に実現して見せている。
これ以降、自分にとって胡散臭い存在に過ぎなかったアンコール・ワットのデヴァター達が、急に魅力的なものに見え始め、くまなく見て回るはめになったのである。
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