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メキシコへは古代文明とバロック教会が目当てだったが、近代の壁画の方も気になっていたので、比較的小規模ではあっても三大巨匠の代表作が並ぶベジャス・アルテス(芸術)宮殿を覗いてみた。
メキシコのモダンアートでルフィーノ・タマヨやフリーダ・カーロのようなタブローなら日本でもみることが出来るのに対し、壁画となると公共施設に描かれメキシコ人民が気軽に目にすることが出来るとはいっても、海外の人間は現地に赴かないと実物を拝むことが出来ない。かといって美術本の図版で見たところで実物との大きさの違いはタブローの比では無く、あまりにもイメージが違い過ぎる。
このオロスコの作品「カタルシス」も画面全体を歪み無く見渡すことの出来る小さな印刷物では、その奇妙な画面構成に説得力が感じられなかったのが、実際に見てみると、2体の娼婦が巨大な汚物のようにど迫力で足下に迫って来る。
人物をおおむね実寸大で描くルネサンスのフレスコやディエゴ・リベラの作品に比べ遥かに大きく描かれており、画面全体は柱に遮られて見渡すことなど出来ない。鑑賞者はその柱よりも壁面に近づいて見るしか無く、結果として近距離から暴力的なまでに歪んだ画面を目の当たりにすることになる。
娼婦達が横たわる床面そのものは描かずに、堕落した存在の象徴として壁面の底辺に接する形で描かれているのも壁画ならではの構図として説得力を持つ。
識字率が低いが故の、絵解きによるメッセージという目的の為とはいえその劇画チックな表現と、金と権力と暴力にまみれた機械文明が業火によって浄化(カタルシス)されるという実にわかりやすいテーマは、抽象的で難解なイメージのヨーロッパのモダンアートとは別の美が20世紀にあったことを再認識させられた。
大衆への訴求力という意味に於いては同じ1930年代の欧米のアートより21世紀的だと実感させられる。スポーツで言うとオリンピック競技とプロレスくらい違うな。
また、本来当たり障りの無い作品が飾られるような高尚な公共の施設に、これだけ過激な絵があること自体痛快でもある。タブローならともかく、こんなワイルドでダーティーなフレスコ画ってちょっと見たことが無い。
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