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道釈人物画の仙人を彷佛とさせるような奇っ怪でユーモラスな2体。左画像は亀の甲羅から巨大な鼻ピアスの顔と手を覗かせたマクウィルショチトル( ”5の花” の意。アステカの祭祀歴で1から13の数と20の絵文字からできており、1年は13×20=260日。 ”花” も絵文字のひとつで祭祀の日がこの神の名になっている。 ”その2” の太陽の石の中心から3番目の輪が20種の絵文字に当たる。)という神。右画像のショチピリ(花の王子)は牙や爪がついたままのジャガーの毛皮を纏い、手足に花柄の刺青のような装飾がある。両者ともその異形ぶりが強烈だ。
ところが意外にも両者に共通するのは、名前に ”花” がついていることと ”青春” や ”芸術” を司るということ。彩色の無い現在のオドロオドロしい姿とは、おおよそかけ離れたキャラクターイメージだろう。どうも日本人の感覚だと亀は万年ということで長寿の老人をイメージさせるし、ショチピリ像などは頭部の玉眼が無くなって髑髏のようになっているせいか、即身仏のミイラにしか見えない。
これらが彩色された状態だともうちょっとロマンティックな王子様系!?になるのかも知れないが、現在はその様式と石の質感が重厚さを演出し、花と蝶に飾られたショチピリの玉座も、別物の異様な装飾に見えて来る。こうした経年変化は、図像学的な意味性が後退して造形そのものの訴求力が増し、それによって記号的明快さが深層的イメージへと移行した好例といえるかも知れない。
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