おるたな美術館

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ネパール編

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パタンその6

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十二支に限るなら、ネズミというのは、一番目の動物であるにもかかわらず、最も美術の作例が少ないんじゃないか。単独で信仰の対象である例というのもあまり無さそうだし、そういう意味では、20世紀のミッキーマウスの登場は、人類史上革命的な出来事だったのかも。

パタン美術館には、ゾウの頭をしたシヴァの長男ガネーシャ神の像が多い。ネパールでも、信仰の対象としてとても人気があったことを窺わせる。

ヒンドゥー教では、ネズミはこのガネーシャの乗物として知られる。陸上最大の哺乳類であるゾウの乗物が最小の哺乳類のネズミという逆説は、いかにも民間信仰出身の神らしいユーモアに溢れていて楽しい。

しかし、この逆説を造形化するとなるとちょっと面倒だ。特に写実的な表現では相当に無理がある。それはいうまでもなく、現実にネズミの上にゾウが乗っかるということは、ネズミを踏みつぶしてしまうことになるからだ。

単純に比例を無視してネズミを巨大化すれば良さそうなものだが,それでは小さいものの上に大きなものが乗るという逆説の面白さを損なうことになってしまう。

ということで、この難点を解決するには抽象化(単純化やデフォルメ)する必要がある。写実的表現から遠ざけることによって、両者の自然な大きさの比例を違和感なく変えることが可能になる。

だから、この画像両脇の比較的プロポーションが写実的なブロンズ像にはネズミがいなくて、中央の、五角形内に無理矢理造形を押し込んだ抽象的なテラコッタ製の像に、ネズミがしっかり現されているのだといえないだろうか?

それでもやはり、一匹だけに乗せるのは無理があったようで、片足に一匹ずつという体裁になっている。無論、これは足一本で一体ずつ人間や異教の神を踏みつける、後期密教の忿怒尊形式におもねってもいるのだろう。

いわばこれはガネーシャの忿怒相で、戦闘的表現なのだ。だから、ネパール独特の装束が、まるで化粧まわしをした力士のように見えるのも無理は無い。

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ヴィシュヌの化身でバラモン僧のヴァーマナ(矮人)が、インドラの都を奪い取った魔王バリに、三歩歩いた分だけの土地を喜捨して欲しいと願い、バリの承諾を得ると、ヴァーマナはいきなり巨人になって天と地を二歩でまたぎ、三歩目でバリを踏みつけて地下に押し込めたという神話で有名な“トリヴィクラマ(世界を三歩で歩く)ヴィシュヌ”。

ヴィシュヌの神話は、こうした頓知が”落ち”のトリッキーな話が多いな。ここでのキャラは豪快な”巨大化一休さん”といったところか。

この話、原型としては古く『リグ・ヴェーダ』(B.C.1200~800年頃成立)にさかのぼるらしい。『ヒンドゥー教』(R.G.バンダルカル)によると『リグ・ヴェーダ』では,ヴィシュヌ神の踏み出した最初の二歩は人間に認識でき、近づくこともできるが、三歩目は誰も超えることができない、鳥さえも飛ぶことができない領域であると、ヴィシュヌが三歩で世界をまたいだことが熱心に述べられ、この“三歩目”に対する崇敬の念が、当初重要な神では無かったヴィシュヌをその後、最高神(ヴァースデーヴァ)に高める根拠になったとか。


頭上に葉っぱをのせ、その上に花びらを飾るという、今回訪れたチャングナラヤンの境内の石像中、最もゴージャスな供養の施されたヴィシュヌがこれだった。しかも色粉が石材の凹部に入り込み、髻髪冠や頭光などは、赤と黄のカラフルな文様になっている。

地味で固く冷たいが、風化破損しにくく恒久性を供えているというイメージの石像も、“現役”では花びらや色粉というはかない要素によって華やかに荘厳されている。

千年以上前(8世紀)の像が今に残っており、しかもその姿が日々更新されている様は、時間が止まったかのような博物館の展示品のありかたとは対照的だ。

日本では、たとえお寺のお堂に安置されている仏像でも、文化財である以上その姿を改変するのはもっての他。こうした国宝級といえそうな作品が野ざらしで、しかも日々供養によってその姿を変えて行くというのを目にするのは、新鮮な驚きだった。

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写真の像は、クリシュナがアルジュナ(右側で合掌している)に自らの神としての姿(多面多臂のヴィシュヌ)を顕現させるという「バガヴァッド・ギーター」の有名な場面を描いたもの。このテーマとしては、カトゥマンドゥで最も知られた彫刻だそうだ。

こうした、通常なら博物館に納まっているような重要な文化財が、現役の神像としてチャングナラヤンの境内にはごろごろしている。

ということでこのヴィシュヴァルーパ(宇宙神)としてのヴィシュヌもまた、例によって赤と黄の色粉で盛んに供養がなされている。その結果、この像もまた独特の色彩効果を生んでおり、誇張が無く、彫りも浅くておとなしめのこの時代(8~9世紀)の造形に、表現主義的な迫力を与えている。

特に美しいのが、中央でヴィシュヌの両足を両手で支える地の女神(ラクシュミー?)を取り囲む暈しの効いた赤。勿論偶然こうなったのだろうが、まるでオーラのような光彩に見える。

この男神の立像を女神が両手で支える形式って、どこかで見たことがあるなと思えば、平安時代に唐から請来した兜跋毘沙門天(東寺蔵)の足下と同じなのだ。

この形式がどこで生み出され、どのように中国に伝わったのか全く知らないが、とにかくカッコいいので印象に残っており、ここネパールでお目にかかれたのはうれしい驚きだった。

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キレーシュヴァラのレンガの壁をブチ破るように顔を出す、ファンデーションのように全面に赤い粉が塗られたバイラヴァ(シヴァの畏怖相)。

下の写真に見るように(右下の赤いやつ)、現在のエクステリアのレイアウトとは全く無関係な位置に、唐突にこの顔はある。補修、改築を繰り返すうちにこのような状態になってしまったのか。それでもしっかり色粉と米で供養されており、小さいのに、イレギュラーな位置と赤い色のおかげで、定位置にあるトラナ(鳥居の語源。開口部上にある半円形の彫刻)や方杖より目立つ。

京都の大徳寺には、瓦が埋め込まれて装飾効果を上げている土塀があり、1ヶ所だけ唐突に般若面が埋め込まれている。夜にそこを通るとかなりインパクトがあるのだが、それを思い出してしまった。

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寺院の屋根を支える板材の方杖彫刻に興味を持ち、カトゥマンドゥを訪れた自分としてはやはり、チャングナラヤンの境内片隅にあるシヴァを祀った小さなお堂キレーシュヴァラ・マハーデーヴァは見逃せない。

ここの方杖彫刻、保存状態はけっして良くないものの、優雅でありながら力強いその彫技は見事。

特に知られているのは、方杖下部のエロティックな世俗的彫刻。写真右は男1人女2人で“お戯れ”のシーン。女性は現代でもインドの民族衣装としておなじみの短い丈のブラウスを着け、左の女性はスカートを脱いで足下に敷き、右は膝上までスカートをずらしてのお戯れである。

よくある方杖彫刻のように全裸でないのが逆にリアルでエロいと感じるのは、その衣装が現代にもある(男性の衣装は今は見かけないが)という身近さが、生々しさとして伝わってくるからかな。

とはいえ、簡略化されていながら自然な動きのポーズと、控え目で人間味のある表情は、猥雑にならない品格につながっている。

背景の直線的な装飾は力強く、その上の蓮台やシヴァの乗物ナンディン(牡牛)の繊細さとも良いコントラストをなしている。

そして、左写真の蓮台に乗る重厚な肉付きのバイラヴァ系の神像はそれらを凌駕する迫力。日本の貞観仏の量感を感じる。背景の天衣や鸚鵡のような鳥も手抜き無く、装飾効果を高めている。

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