おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

ネパール編

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チャングナラヤンへはバクタプルからバスで山頂に向かう。昨年9月2度目に訪れた時は、バスが出るのに1時間待たねばならず、やむなく車をチャーター。

車は運転手の他もう一人が乗り込んでおり、チャングナラヤンの境内を散策する間、荷物を持ってくれたり撮影の助手代わりをしてくれたりと、何かと親切だった。

こういう場合、後で割増料金を請求されるのが常だが、二人とも無口で交渉料金そのままだった。少しはチップはずめば良かったかなと、今になって思う。

ナラヤン神(ヴィシュヌ)を祀った本堂に向かって礼拝する2組の像の内、鳥籠のような金属製の籠に入った金工のカップルは、17世紀にこの寺を復興させたマッラ朝の王ブパティンドラとその妃。

石像の方は、ネワール美術独特のマントのような翼を持ったガルーダ(ヴィシュヌの乗物)で、5世紀の古いものらしい。ガルーダは頭部が鳥で表される場合も多いが、ここでは逞しい壮年男性の風貌だ。

訪れた時は丁度全ての彫像に供物が捧げられたところだったようで、この両者共に赤と黄の粉、米、花びらで供養され、彫像に彩りを添えている(というか鮮烈な生命感を与えている)。

バクタプルその4

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王宮広場でうっかり通り過ぎてしまいそうな小さなブトサラ寺院。壁面の無い建造物は柱と梁の彫刻が美しく、洗練された文化都市というバクタプルのもう一つの側面を見る思いがする。

右写真のように柱全体に層状に彫られた宗教的彫刻のてっぺんの梁には、馬上で抱き合う男女。ミトゥナのようなものだろうか。しかし、男女和合に宇宙のあるべき姿を見るミトゥナのあからさまな性的表現でなく、随分ロマンティックで世俗的な情感を感じる。

1階にある12本の柱のてっぺんに1カップルずつ彫られており、それぞれが少しずつ違う。手前の女性が背を向けて抱き合っているようなものもあれば、女性がこちらを向き、背後から男性が腕を回して仲良く記念写真を撮っているようなポーズのものもある。若い男女から老夫婦まで年齢の幅もあり、顔の表情も真顔から笑顔まで様々。

馬の方も真横を向いているものの他、首を傾げて両目が見える角度のものもあったりするので見ていて飽きない。

作風も、丸みのあるものから鑿跡のシャープなものまであり、複数の彫工の手を想定出来る。

こうした趣味性を感じる洗練された彫刻には、当時の世俗文化の豊かさを伺うことができる。私達から見るとオドロオドロしいような密教的表現だけでなく、こうしたオシャレなものも好まれたのだろう。

その中で、最もドラマチックに抱きあう姿が左の写真のもの。特に女性の虚空を見つめる表情が強い情動を感じさせて印象的。

バクタプルその3

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“その2”の美術館西隣の学校の入口両脇にあるドゥルガーとシヴァの畏怖相バイラヴァの足下。

ドゥルガーの右足には乗物の獅子,左足で踏みつけられているのは水牛。例によって首を切断された水牛から現れたマヒシャに三叉戟でトドメを刺しているところ。十八臂もある腕の内、向かって右側下の3本でマヒシャの長い髪をつかんでいるのが面白い。

こうした手足が短く丸みのある様式はパワフルな充溢感を見るものに与える。おかげで、弱々しい死体のように表現されることが多いバイラヴァの足下の人間が、まるまる太った健康優良児みたいで妙にかわいい。頭蓋骨杯片手にお互いの健康を祝しているかのよう。

髪の毛を撚って数珠繋ぎにされた生首さえ元気そうだ。“死と恐怖”を強烈にイメージさせる本来の図像表現からいくと、図像を表現様式が裏切っているようで、単純な肉体否定、現世否定に終止しない、思想や美意識を伺わせる。

供養に用いられる赤や黄の粉だけでなく、赤い献花もまた、冷たい石像に生命感を与える。“美術”にとって供物は余計なものであっても、供物があってこそその存在は十全となる。こういうのを見ると、逆に博物館で大事に保管、展示されている石像が、供え物の無い墓石のように虚しいものに思えてくる。

バクタプルその2

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“その1”の山羊の斬首の話の次がこの画像だから、バクタプルってそんなに殺伐としているのかと思われそうだが、実際はのんびり過ごせるとてもいい町。住人も穏やかな人々で、眼が血走っていたりはしない。

王宮広場にある美術館の入口にハヌマンの像と対になって置かれている人獅子(ナラシンハ)。守門神としての役割を果たしている。

この美術館、ヒンドゥー・仏教の後期密教絵画が充実している。彫刻はこの入口の作品のような形式のものが多い。

この像のテーマは、神やアスラ,人や獣にも殺すことのできないアスラ族のヒラニヤカシプを、ヴィシュヌがそれらのどれでもない“人獅子”に化身して引き裂いてしまうという、いわば頓知が“落ち”の神話。この神話のヴィシュヌって、キャラとしては狂暴な”変身一休さん”といったところか。

手足が短く、頭が大きく、丸みのある造形はマスコットキャラクターのような親しみやすさを感じるのが通常なのに、例の赤い粉で供養されているので、腸の“ニュルニュル”もエグイ血生臭さ。

こんな無惨な死に様を見せられたら魔物も退散。…ということで魔除けとしての機能は抜群なのかもしれない。

スワヤンブナートその4

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その複雑化した境内のあちこちに、どこかから持ち込まれたような仏像が小さな龕(像を収める凹み)に収まっていたり、建造物の一角にひっそり佇んでいたり、境内をうろうろしていると、思わぬ場所で多様な小像と出会うことが出来る。

しかも、それらの一つ一つにしっかり花や米、赤や黄色の粉といった供物が供えられている。

左の写真は、あまり誰も気づかないような建造物の隙間。手前の金工の獅子(画像を拡大すると、鼻の穴に供物の米粒が)、その後ろの忿怒尊、さらにその後ろの壁に穿たれた龕の仏坐像。それぞれ、同じ時期に計画的に配置されたとは思えない。

こういった密度の高い、雑然とした自己増殖的な境内は、思わぬ発見があっておもしろい。

右上は、建造物の窓の下に突然のように龕が穿たれ、そこに収まった女尊。中央の横笛を吹く姿はクリシュナを連想させ、左の釜を持つ姿はカーリーのよう。ヒンドゥー教の影響を感じる。

右下は、シヴァとその神妃のイメージとしてよく知られる、大きな男性神の膝上、左手で小さな女神が脇腹もしくは乳房を抱えられている図像。しかしここは仏教寺院なので、観音菩薩とその女性形の多羅菩薩なのだろう。

観音はサンスクリット語では、アヴァローキテーシュヴァラまたはローケーシュヴァラ。後に付く“イーシュヴァラ”は自在天と訳される語で、これはマヘーシュヴァラ(大自在天=漢訳された仏典のシヴァの名)のようにシヴァの別名でもよく使われ、このことから、観音という尊格の成り立ちとシヴァ神との関係が指摘されることがよくある。

因に、「西遊記」で知られる玄奘三蔵訳の教典では、観音=観世音菩薩は“観自在菩薩”と訳される。

日本では、この像のように三つ目で多臂の観音といえば、不空羂策観音、馬頭観音が有名。やはり、それぞれシヴァイメージの影響が強い。

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