おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

ネパール編

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パナウティその3

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仏像が造られるようになる前の時代に盛んに造られたヤクシーはまた、邪鬼(餓鬼、あまのじゃく)を踏みつけて立つ姿で表される。マハーデーヴァ寺院の方杖もこの形式を踏襲している(日本ではやはり護法神の四天王をはじめ密教系忿怒尊でお馴染みの形式)。従って、カトマンドゥの方杖に見られる蓮華台の上に立つもの(紀元1世紀ごろに仏像が出来てからのものと思われる)より古い造像形式といえるかもしれない。

それにしても、これら仲睦まじいミトゥナは、そういった形式以上に以前紹介したカトマンドゥの方杖との隔絶を感じさせる。性的表現は控えられ、その分情感表現が実に豊かだ。それぞれのカップル(因に右端下のは女同士)の情愛がひしひしと伝わってくる。

おそらく、元々はなんらかの寓意が込められていたと考えられるが、それを知らずとも、様々なヴァリエーションの繊細なポーズからは男女間(あ、右端下は違うけど)の睦言が聞こえてきそうだ。

頭が大きく手足が小さいプロポーションも、限られた四角いスペースに人物を構成する方法としては的確で、彫工の造形センスの高さを伺わせる。

このほっとさせるような、それでいて凛とした美しさは、インドのミトゥナとは違ったネワール美術のオリジナルな魅力といえるだろう。

これに比べると、カトマンドゥで見てきた方杖は、随分記号的で趣に欠ける気がする。なにせ大股開きだの、7Pだの、行為の大胆さ、奇抜さでヴァリエーションをつくっているし(それはそれで好きですけど)。

とはいえ、記号的な表現になるのは密教美術では当然で、図像の複雑化(多面多臂や、象徴的意味を持つ持物、乗物、脇侍の増加)は絵師や彫工の創作エネルギーを、主に増加した記号の記述に向けさせるからだ。つまり、一つの宗教美術を成り立たせるのに必要なモチーフが多すぎて、作者が感情移入や創意工夫をする余地がなくなってしまったのだ。そして、それに連れてミトゥナも記号化したと考えられる。

今度パナウティに行く機会があったら、現地に宿をとって、もっとゆっくり見て歩きたいな。

パナウティその2

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写真はこの辺りで最も大きい寺、マハーデーヴァ(シヴァ)寺院(13世紀、写真下)とその方杖彫刻。

皆”シェ〜”のポーズをとっているが、このポーズを見て、方杖上部になんで葉っぱがあるのかがようやくわかった。これは“ヤクシー”がルーツなのだ。

まだ仏像が造られる以前の時代から、仏陀の遺骨を奉納したストゥーパ(舎利塔)の周りの垣や鳥居に、樹木の精霊ヤクシャ(夜叉)と共に、腰をくねらせて樹の枝を片手でつかんでいるヤクシー(夜叉女)が盛んに彫刻されていた。宝飾品のみを身につけ、巨乳と股間をさらけ出した姿は、豊穰と魔除けを司る仏法の守護者とされる。正倉院の有名な樹下美人図「鳥毛立女」のルーツでもあるらしい(まあテーマとしてはそうだろうが、イメージはつながらねー!)。

で、その由緒正しい護法神の伝統はヒンドゥー教寺院でも方杖彫刻として受け継がれているわけである。仏伝図で摩耶夫人が釈迦を脇の下から出産する場面にも、このポーズが流用されている。

このやたらヘルシーでグラマーなヤクシーと対極に位置するのが右のチャームンダー(カーリー)。醜悪でミイラのように痩せこけた老婆のイメージ(オッパイ垂れてるし)は、西洋ではまさに魔女そのもの。でも彼女は、神々を打ち負かした魔神を、狂喜しながら血みどろの戦いで殺戮する、夫シヴァをも凌ぐ最強の軍神であり、また、当時最も恐れられていたハンセン病や疫病を自ら引き受け、患者を救う女神。ヒンドゥー教徒にとって、怒らすと怖いが男神より頼りになる死と恐怖の象徴(ヤクシーにはじまるインド女神像の最終形態ともいえるかも)。

左は「ラーマーヤナ」で主人公ラーマの魔王退治を助ける怪力の猿神ハヌマーンだろう。こっちは孫悟空のルーツとか。

こういった面々に軒下で守られていれば実に安心だが、この寺院の方杖彫刻の最大の魅力はむしろ、その足下に踏みつけられているカップル達ではないだろうか(パナウティその3に続く)…。

パナウティその1

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パナウティはバクタプルから車で1時間ほどの山中の町。リッチャヴィ王朝時代(4〜8世紀)は交易の町として栄えたらしい。ここの文化財は歴史が古く、優れたものがあるとのことで、美しい方杖彫刻を期待して車をチャーターした。

訪れた場所は、美しい川のほとりに寺や祠が林立し、小規模な火葬場がある。運転手は始めのうちはいろいろと説明してくれたが、私が夢中になって勝手にうろうろしだすと、サドゥー(行者)にマリファナをお裾分けしてもらいながら、休憩していた。

写真左上はシヴァを祀った小さな祠の内部。いわゆるリンガヨーニで、女性性器(ヨーニ)を男性性器(リンガ)が貫通して屹立する状態だから、祠内は子宮ということになる。これは性器を豊穣多産のシンボルとしたり、洞窟内を生命を生み出す子宮に見立てたりする、先史時代からの信仰形態を受け継いでいる。また、リンガ上部に4つの顔がついている密教的な4面シヴァリンガは、ネパールではポピュラーなものだ。両脇には小型のリンガヨーニが置かれ、格子越しには現地の子供達が見つめている。

右上はマツヤ(魚)に化身したヴィシュヌ神。世界各地に残る洪水神話がヴィシュヌ信仰に取り入れられたもの。上半身が人で、下半身が魚の尾というヨーロッパの人魚と違い、魚の口から人の上半身が出ているイメージを私は気に入っている。自作の人と魚を合成したイメージのオブジェはこれをもとにしている。

下はヴィシュヌの像が彫られた石板。この上で遺体を清めてから荼毘に付す。いずれも灰色の石に供えられた赤い花が印象的だった。

バクタプルその1

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バクタプルはカトマンドゥ盆地にあったマッラ朝(15〜18世紀)の3王国の首都の1つ。中世的雰囲気が最も良く残る。

ネパール人が食用の動物を屠殺するとき、ヒンドゥー神の祭壇の前で動物の首を切り、その血を神像に捧げるのは知っていた。しかし、私がバクタプルで泊まっていた小さなホテルの前の小道にあるガネーシャ(象の頭をしたポピュラーなヒンドゥーの神)を祀った小さな祠(日本でいえば道端のお地蔵さん程度のもの)の前で、大人の人間とあまり変わらないような大きな山羊が生贄として捧げられる場面に出くわすとは思いもよらなかった。

鉈で切断された喉からはおびただしい血が流れ、小道を真っ赤に染めてもまだあふれる血をバケツで受け止める。頭部は祠に捧げられ、頭の無い胴体は数分たっても足のけいれんが止まらない。

昼前から残酷な光景を目の当たりにし、ショックを受けた。しかし、彼らは自分たちが生きていくために食べる動物を一々神に捧げ、その死を見届けてから食する。私たちが日頃何気なく食べているハンバーガー一個にしても、財布や鞄に使われるちょっとした革製品にしても、確実に一匹ないし一頭の動物の死がそこにはある。日常がおびただしい動物達の死で成り立っているにも拘らず、日本では全くそんなこと意識したりもしない。そう考えてみると、何やら薄ら寒い気分にさせられる。

動物の死に対して礼を尽くす彼らに比べ、野蛮なのはその死を覆い隠す私達の方かもしれない。そこには、残酷な事がなされた事に落とし前をつける(浄化する)文化が欠落している。日本では近代以前はほとんど肉食をしていなかったので、その必要が無かったのだろう。

だとすると、近代=野蛮という図式が成り立つのかも。

写真は、そのガネーシャの祠と同じトウマディー広場にある大きな寺、バイラヴナート寺院の祭壇。夜はこの祭壇の傍らで音楽が毎晩奉納され、ホテルの部屋からも良く聞こえた。中央上の金色の像はシヴァ神の畏怖相バイラヴァ。下の石像は摩滅してよくわからないが、赤いのは参拝者が付けた赤粉(シンドゥーラ)で、黒く湿った部分と相まって、血なまぐさい雰囲気をかもし出している。そして、この場が持っている陰惨なエネルギーは、そのまま“聖性”へとつながっている。

それにしても、写真を撮ったときはあまり何も考えなかったけど、足をひもでくくり付けられた生贄のニワトリ(画像をクリックしたら拡大画像で確認できます)を見ると、哀れを誘うなあ。こんなふうに思うのは、血を嫌う民族の末裔ゆえか。

カトマンドゥその2

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ジャガンナート寺院は、今年の9月にカトマンドゥを再訪問した際、残念ながらすっぽりと工事現場の足場と幕で囲まれてしまっていた。ダルバールスクエアで最も古い(16世紀)建築だし、他の木造建築も4年前に比べると、気のせいか大分くすんで傷んでいるように見える。大気汚染や酸性雨の影響も大きいのではないか。むしろ修復は望まれることだろう。

ここの方杖の彫像を見ていると、これらの神像の魅力が”浮遊感”にある事に気付かされる。彫刻が壁から離れているので、宙に浮いているように見えるのだ。このような展示法を自分の個展でもやってみたいものだと思う。

神像は元々4面8臂だったようだ。一見グロテスクなようでいて実に優雅で品があり、浮遊感のある設置法と良くマッチしている。ネワールの彫工のセンスと技量の高さを感じる。面白いのは、洗練された神像に比べ、下部のエロティックな彫刻が素朴な作風で、様式的な差異がうかがわれるところ。しかし、この寺院のどの方杖も同じく上部と下部で様式的な差異が見られるので、これはどちらかの制作年代が違うという事でもないようだ。

この様式の不統一は、統一感のあるバサンタプルの方杖に比べて、むしろコンテンポラリーな魅力を私に感じさせる。特に右の作品がお気に入りで、馬と人間の2組のカップルも素朴な造形であるがゆえに微笑ましい。

今考えると、直接的にではないものの、2004年に発表した自分の作品(http://sugaft.com/2004/2004right.html)はこの作品にインスパイアされていたような気がする。

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