おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

インド編

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ブッダガヤその2

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首切り鎌と生首、血で満たされた頭蓋骨杯を手に持ち、生首を首飾りに、腕を腰巻にして、伴侶であるシヴァを踏みつけるカーリーのチャーミング!? な姿は、現代のポスター(画像右)でもおなじみ。

ところが、美術館に陳列される石像彫刻には、カーリー信仰がドゥルガーのものよりも民間主体であるせいか、このようなお姿はとんと見かけない。有名なものといえば、ニューデリー博物館に、南インドのもっとデザイン化されたオシャレなブロンズ像があるぐらいだろう。

そんなわけで、ブッダガヤのとある邸宅でこの像を拝見させていただいた時は感動ものだった。四臂で舌を出しており、図像に於いても、洗練されていない土俗的な様式に於いても、現代のポスターと共通するものが多い。

おまけに鎌には血まで付いている。白い花で供養された、美術品としてではなく信仰の対象として機能している様は、生々しい迫力に満ちている。

それにしても、真ん中のポスターのシヴァ神、妻に踏みつけにされて照れてる場合じゃないと思うが……。

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寺院内陣の開口部側壁という地味な場所ながら、外壁とは違い、触れることの出来る至近距離にあるからか、ぬかりの無い仕上がりの彫刻。

カジュラーホ東群のアディナータ寺院外壁にも見られる、鍛え抜かれたボディーのダンサーがここにもあった(左画像)。“アディナータその2” <http://blogs.yahoo.co.jp/sugafuto/13925597.html>の左画像より浮彫りに近いとはいえ、さらに身体を反らした緊張感あふれるポーズ。複雑な動きをとらえた精緻な造形を、ここでは細部まで見ることが出来る。こういう生動感のあるリアルな造形は、同じポーズをとれる生身のモデルがいないと難しいだろう。

右画像は、カジュラーホでよくある、足の裏の棘を抜くポーズ。そのせいか形式化しているのが左の像とは対照的だ。やはり“アディナータその2”の右画像で、もっと写実的な例を見ることが出来る。こうした同じポーズの彫刻をお手本にすれば、あとは彫工自身の造形力で量産可能…ということで、だんだん形式化、抽象化した物だろう。

左はアディナータより写実的だし、右はその逆。いずれも11世紀建立で、両寺院の彫刻の影響関係はどのようなものだったのだろう。

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カジュラーホ西群にあるチャンデッラ朝最盛期の3つの大きな寺院の内、ヴィシュヴァナータは、カンダーリア・マハーデーヴァ、ラクシュマナに比べ外壁彫刻があまり紹介されないからか、地味な印象を受ける。

とはいっても、ここの堂内の彫刻は見逃せない。画像は寺院奥の主祠堂回廊のもの、他の寺院の内陣より保存状態が良いせいか、雰囲気があって彫刻も優れたものがある。

太陽光線が強烈に照りつける外壁彫刻とはとは対照的な、月明かりに照らし出されたような、うねる肢体が艶かしい。カジュラーホでは、三脚で撮影するにはデリーで許可を取ってこなければならないらしく、残念だった。

後ろ向きで上半身を捩るポーズは、シャクティの演出としては実に効果的。様々なヴァリエーションがカジュラーホでは試みられているが、外壁だと単なる日光浴に見えなくもない。その点、ここではライティングとの相乗効果で神秘的かつ妖艶な雰囲気を満喫出来る。

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写実的な“その1”、単純化された造形の“その2”のようにミトゥナやナーイカーなどヒンドゥーパンテオン周辺部の世俗的存在は、図像的、様式的に制約の多い主要神に比べ、彫工個人の作風がよく現れていて興味深い。

画像の2点もまた、“その1”、”その2”とは別の作風を感じさせる。筋肉質でなく、皮下脂肪のよく付いた柔らかな肉身表現で、腰と大腿部がとても豊かだ。硬質でざらざらした砂岩とは思えないような柔らかな質感表現は、この彫工の得意とするところだったのだろう。

とはいってもそれはあくまで下半身の表現で、上半身、特に乳房はどれも単純な丸い形で、形態のヴァリエーションなど殆ど感じられない。

見方を変えれば、乳房はボールのように丸いのが理想形だったから、造像に於いて、彫工個人の嗜好の入り込む余地がなかったのかもしれない。右画像(これまた“御開帳”ポーズである)のトルソなどを見ても、上半身と下半身の質の差は明らかだろう。腰のくびれから上はやや嘘くさい表現になっている。

向かい合う男性像の頭部が欠けた左画像、これも、抱擁し合う男女でありながらも女性像の背中ではなく前をしっかり見せる、カジュラーホではよくあるミトゥナのポーズだ。

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デーヴィ・ジャガダンバーの寺院入口で、現地ガイドから、入口両脇の柱に刻まれた4体の女性像の説明を聞くことができる。それは大抵、性行為(性的ヨーガ)に於ける女性の変容を示しているとか、乙女から大人の女へのプロセスだとかで、いずれにせよ俗説なのだろうが、カジュラーホ寺院群に“エロスの殿堂”を求める観光客の喜びそうな内容ではある。

その4体の内、3体は例によって“御開帳”のポーズ。右画像はそのうちの1体で、確かに快感で身をのけぞらせているように見える。他に性器の開いた像もあるので、そうした解釈が成り立つのだろう。

カジュラーホのように平地に寺院が設けられるようになる以前の古代インドでは、崖に横穴を彫る石窟寺院が主流で、そのルーツは先史時代の洞窟にまでさかのぼることが出来る。

洞窟は“母胎(人が生まれ出る前の、現世でない異界)”に見立てられ、人はその中で瞑想や儀礼を行い、従来の自分から生まれ変わって、再び屈外へ“再生(自己をリセット)”する。

そうした先史からの伝統を背景に、この寺院入口の4体をひとつのプロセスととらえ、自己意識の変革という宗教行為に於ける、イニシエーション的意味合いを持っていると考えるのは的外れでもなさそうだ。


左画像は本尊であるパールヴァティー(創建当初はヴィシュヌだったらしい)。灯明のすすや、供養で像に注ぎかけるココナッツミルクがひと際多いせいか、他のカジュラーホ寺院の本尊より黒ずんでじめじめしている。それが陰部のようでもあるし、堂内も暗闇で、混沌とした未生の世界=胎内を感じさせる。

ここにあるのは単なる好色趣味とは一線を画す、深層心理学的アナロジーをも含めた死と再生を巡る根源的なエロティシズムなのだろう。


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