おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

インド編

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ジャガダンバー前殿北東面の右画像は、太腿に這うサソリのおかげで、この寺院の中ではよく知られた看板娘的存在になっている。私が見た時は、洗浄されていたせいか、いろんな印刷物で見られた像の汚れや黒ずみがとれて白っぽくなっていた。

これも“チトラグプタその2”と同じく、ジャガダンバー寺院やチトラグプタ寺院ではよく見かける、薄い腰布の紐をほどいて股間を露出させた“御開帳”ポーズである。

太腿のサソリは情欲の高まりを象徴しているといわれ、股間は陰毛まで表現されているのも特徴的だ。寺院基壇から見上げる距離では、そんな細工は見えないのに…。

リアルな下半身に比べ、上半身は形式化している。普通は逆だと思うが、やはり主題は”シャクティ”である。彫工は下半身の表現に、かなり入れあげていたようだ。


ジャガダンバー前殿北西面の左画像もよくあるポーズで、鏡を持ち、額に既婚者の印である赤い粉(シンドゥーラ)をつけているところ。縦長の狭いスペースなので、鏡をながめるのに必要なだけの空間がとれずにいるが、比較的自然で均整のとれた生動感のある姿にうまくまとめ上げている。

また、あまり大きく身体をひねることの出来ない空間的制約の中,首筋から足下まで優雅な曲線を描き出していて、地味ながら美しい像だ。

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デーヴィー・ジャガダンバーはチトラグプタと同じ規模のカジュラーホ西群寺院で、スタイルもよく似ている。この寺院の私のお気に入りは、画像のようなバルコニーからの眺め(これは南側)で、通常なら外から見上げる角度で壁面彫刻を眺めるのに対し、建造物内側からほぼ水平の安定したアングルで彫刻群を眺めることが出来る。

いかにも“オルギー(狂躁)とエクスターゼ(陶酔)”といった風の強烈な太陽の下で見る圧倒的なエネルギー感。そういったカジュラーホ彫刻群のイメージとは違い、ここでの彫刻群はバルコニーからの景観らしい爽やかな風を感じさせて、のどかな楽園に見えるから不思議だ。なにかほっとさせるような解放感があるし、彫像達もくつろいだ様子だ。

中央の上半身を後にひねったポーズは、カジュラーホではよく見かける。胸と尻を同時に見せるセックスアピール度の高いポーズなわけだが、この像の場合、真っ直ぐな脚を強調するように、より長くのばし、逆に胴体を短く、さらに頭と乳房を球状に単純化することによって、有機的な曲線による肉感的官能性を薄め、若々しくキュートな清涼感を感じさせるところが心地いい。つまり、妖艶な熟女ではなくて、リゾートで見にするビキニ姿の女の子的効果があるわけだ。

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左画像の壁面は、チトラグプタの前殿と本殿を繋ぐ凹んだ南側の壁面で、カンダリヤ・マハーデーヴァやヴィシィヴァナータ、ラクシュマナといった大型寺院は、この部分にあたる壁面が広く、性的ヨーガを表しているといわれる有名な群像が彫られていたりするが、チトラグプタの場合は、神々やミトゥナが整然と並んでいるだけで、しかも単独像が多く、それほどエロくない。

しかし、こうした壁面も注意深く見ると、最下層中央で直立不動のポーズをとるこの寺院の本尊スリヤらしき像の右隣に、乳房に手を当てるスラスンダリー、さらにその隣には、薄手の腰布をはらりと落として身体をS字にくねらせるナーイカー(右画像)があったりする。

扇情的とはいえ、“その1”の身体表現に比べると単純化された造形なので、さほど生々しさは無く、実にあっけらかんとしている。

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カンダーリヤ・マハーデーヴァ、ヴィシュヴァナータ、ラクシュマナといったチャンデッラ朝最盛期の大型寺院の林立するカジュラーホ西群の中で、規模の小さいチトラグプタ(紀元1000年建立)は、うっかり見過ごしてしまいそうな寺院であるにもかかわらず、その壁面彫刻の美しさで知られている。

私が初めてカジュラーホの彫刻を知ったのは、十代の終り頃、家にあった古い世界美術全集によってだった。白黒の図版で、ミトゥナ像には誰が付けたのか、文学的な表題付きで紹介されていたのが面白かった。その中で「世界を抱く者」というタイトルが付いていたのが左画像のミトゥナ。

シヴァではなく、太陽神スリヤに捧げられた寺院のせいか、チトラグプタには性交するミトゥナ像は無く、代わりにこのように、今まさに口づけようとする情熱的な像がある。寺院西側(裏手)にある、かつて見た全集の図版と同じこのミトゥナに出会った時は、西陽が抱き合う2体を輝くように照らし出していた。

形式化した頭部の宗教彫刻らしい空々しさとは裏腹の写実的な肢体表現は、若い娘の一途な情熱を思わせて、新鮮な感動を覚える。

まだあどけなさの残る左画像の女性像に比べ、寺院北側の右画像の彫刻は成熟した肢体を激しくくねらせて魅了する。身体をゆるやかにS字型に曲げるトリヴァンガ(三屈造像法)どころではない弓なりのテンション。頭部や手足を失った今では、カジュラーホ中、最も美しいトルソといえるのでは?

ミトゥナ、スラスンダリー、ナーイカーといったヒンドゥーパンテオンの周辺的存在にこうした優れた作例が見受けられるのは、図像的制約が少ない分自由度が高く、彫工の個人的思い入れや、創意工夫を反映しやすかったからだろう。宗教美術ならではの形式化した彫像群の中、こうした作品を見つけ出すのが、カジュラーホ寺院巡りの楽しさでもある。

優れた女神彫刻には、固く乾いた石の建造物にぬめるような生動感を与え、形式化した男神像の静的な秩序を打ち破るようなエネルギーを感じる。その分強い存在感があるから、見つけ出すのはたやすい。それがシャクティでもあり、きっと、エッチだとかエロいだとかで片付けちゃいかんのだろう。

インド博物館その7

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雨や水、大地、命の再生という属性のナーガ(蛇神)は歴史が古く、メソポタミアやインダスの遺跡に既にそのイメージが見られるという。インドでも土着信仰の対象として古くからあり、ヤクシャと同じくそのイメージは、仏教・ヒンドゥー教の護法神として活躍している。

“その2”のバールフトのヤクシャの中には5頭の竜蓋(首を広げたコブラ)が頭光のように表されたものがあり、そういった竜蓋を持つ人体という図像は中世のカジュラーホの寺院などにも見られる。

その他、八岐大蛇みたいに多頭の蛇として表されることも多く、東南アジアの仏教・ヒンドゥー教美術ではとてもポピュラーだ。また、上の画像のように下半身が蛇というのもポピュラーで、このタイプはこのようにナーギー(女性形)とのミトゥナ(男女交歓像)も多い。

左のナーガカップルは10世紀東インドのもの。下半身は逸失しており、元々は蛇の尾を互いに螺旋状に絡み合わせていたのだろう。中国古代の創造神、“伏羲女か”を思い起こさせる。

彫刻としては、竜蓋が生硬な表現で、肉身部はぎこちなくて物足りない。でも、情愛豊かで、こういうイメージって異形であるが故に、よりその愛情深い様に感動を覚えたりするから不思議だ。これを正常な人体表現でやられると、けっこう押し付けがましく感じるのが人情というもの。

右は11世紀中部インドのナーガカップル。この下半身の絡み具合は尋常じゃない。幾重にも絡み合った蛇の身体は、男女の結合の深さの表象化としてはうってつけといえそう。


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