おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

カンボジア編

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これまで見てきた南堂の他の壁面に比べると、この北壁面はあきらかに写実的だ。

注目すべきは左側の像のサンポット(腰布)に覆われた両足の存在を意識した造形がなされていること。かつてのデヴァターの足はサンポットのプリーツに隠され、伺い知ることができなかった。

それが後の時代のアンコールワットのものになると、脚線が露なスケスケのサンポットになるわけだから、バンテアイスレイのは先駆けといえる。

ただ、アンコールワットのは平面的な浅浮彫りで、このように立体的なヴォリューム表現を試みたものではない。

残念ながら右側の像は膝が欠けているので確認出来ないが、首から下の造形はほとんど同じ作風(サンポットの裾の形が違うが)なので、こちらもほぼ同様に足の表現があったと思われる。

とにかくこれほど両足の形やヴォリュームを意識して造形している例は、バンテアイスレイの中でもこの像のみ。しかも、ドヴィヴァンガとよばれる腰を曲げて、全身をほんの少し“くの字”にしたポーズとは違い、腰を曲げながらも上半身を傾けずに反らし、頭部もうつ向かずに水平視に近いのは、彫工の独自の創意が感じられる。

とはいえこの左側の像、顔に関しては単調で表情の豊かさに欠ける。右の像と比べると作風の違いはあきらかだ。右の像の頭部は、恐らく現存のバンテアイスレイのデヴァター中、最も繊細で写実的なものだろう。

右側の像には、左に見られるようなバンテアイスレイ神像によくある均等な幅の帯状の瞼とは違う、個性描写を感じさせる微妙な表現がある。さらに、僅かに微笑んだ口元の彫りの深さ。そして、なんといっても親しみを感じさせる愛らしい表情は、やはり実在のクメール女性をモデルにしたのではという思いを抱かせる。

その分、厳格な様式性から脱却したとはいえ、いまだ無個性で形式的な胴体部との齟齬(プロポーションとしても頭部が大きすぎる)が欠点ともいえるが、そのアンバランスさこそ、バンテアイスレイのデヴァター像の美学でもあるのでは。

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デヴァターのある北堂,南堂の壁全8面中最も洗練されない2体がこの南堂西面のもの。全体として優雅な形態の流れに欠け、こぢんまりした印象を受ける。

バンテアイスレイのデヴァターは各壁面ごとに作風が共通している場合が多く、同じ彫工が関わっていると考えられるが、その中でも、作業工程と作業箇所によって複数の彫工で分担されていたとも思え、同じ壁面でも相違がない訳ではない。

例えば、左側は、右の像に比べ、首のつながりがおかしいし、首自体の表現も生硬でムチウチのギプスを着けてるみたい。頭髪もカツラみたいで、ごそっと抜けそう。

顔の表現は、作風から見て同じ彫工で、左右の像の顔をそれぞれ個性として描き分けているということが出来る。

それに比べ、両者の頭髪と首の彫りは同じ技量の手によるものとは思えない。

右の像は顔と頭髪、首との間に違和感が無く、頭髪も首も顔と同じ彫工によるものかもしれない。

ということで左の像は、現存の13体中では最も出来が悪いということになる。

ただ、素朴な愛らしさというのは確かに感じるし、顔も左の方が作者の思い入れが反映しているとも受け取れ、これはこれでなかなか捨てがたい魅力がある。

客観的な様式性の強いクメール美術にありながら、こうして個人的な趣味性が見え隠れするのがバンテアイスレイのデヴァターのおもしろいところ。これがアンコールワットになると、場所によっては“見え隠れ”どころか暴走してしまう。

いずれにしろ、南堂と北堂に挟まれた中央祠堂壁面のドヴァラパーラの全く無個性な作風と比べるとと、デヴァターの個性表現が意図的なものであったことは明らかだろう。

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南堂南側壁面は保存状態の問題もあり、この2体の画像がバンテアイスレイのデヴァターとして紹介される事はまず無いようだ。

ただ、右側の像はかなり洗練されている気がする。様式は左右の像共全く同じに見えるものの、右側はボディラインが優雅で、頭部とのつながりが良い。左側は風化が進み状態が悪いので、単純に比べるのはフェアじゃないかもしれないが、同じ壁面、同じ表現様式であるにしては、両者はずいぶんと印象が違う。

さらに右側は髪の生え際も自然だし、耳飾りの傾きを左右で違えるという細かな芸当(左耳の耳飾りが他の像より上にある。というか耳たぶが短い?)も、他とは違った写実的な仕上がりを感じさせる。

おそらく、胴体は同じ彫工が主に関わったと考えられるが、頭部は右側の方が優れた彫工によるものと思われる。これで顎や膝から下の破損が無ければ、バンテアイスレイの優雅なデヴァターとして写真でよく紹介されていたかもしれない。

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寺院壁面を飾るデヴァターは本来、バンテアイスレイ中央祠堂にもあるドヴァラパーラの女神版といったところなのだろう。守門神的性格が強く、払子(虫除けのはたき)片手に直立の姿勢が定番であった。

それが、この寺院では身体を真正面の向きからほんの少し斜めに傾けて腰を軽く曲げた、ドヴィヴァンガ(二屈法)というポーズになり、威厳のある姿からたおやかな女性イメージへと大きく変化する。

親しみやすく、少しうつむき加減の控えめでしとやかな姿は、まさに西洋人が期待した東洋の女性イメージに符合するわけだが、意外にもそういったキャラの女性像はここにしかない。バンテアイスレイ以前のは厳格だし、それ以後のアンコールワットのはハデなフェロモン系、バイヨンのになるともっと神秘的だ。

デヴァターは中央祠堂を挟む北堂と南堂の各面に2体ずつ,計16体。内1体は全身が欠損.2体は頭部が破損している(写真の南堂東面(正面)左側のはその内の一体)ので、13体が頭部の残った比較的保存状態の良いものとなる。

ところで、よく画像が紹介されるデヴァターは北堂のものがほとんど。理由はというと、南堂のデヴァターは…、1.出来がイマイチだから。2.地味だから。3.保存状態が良くないから。…のいずれかだと言えそう。

とはいえ、この南堂東面のは、さすがに正面入口にあるだけあってバランスのとれたよい出来で、写真でもよく見かける。それだけに左側の像の破損が残念。

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バンテアイスレイ寺院はバラ色の砂岩が魅力な訳だから、白黒にするなんて野暮。と言いたいところだが、実はこの第三周壁東門西側破風(ああややこしい。ようするに平面図の赤色部分)のドゥルガー(マヒシャースラマルディニー)は、あまり保存状態が良くない上に、砂岩が黒ずんでいたり、黄変していたりで図像がよく見えない。

そこでモノクロで撮影した画像のコントラストを上げてみたところ、迫力の画像が浮かび上がって来た。やはりバンテアイスレイの浮彫りは並じゃない。そのなかでもこのダイナミズムは白眉と言えるかもしれない。

というか、所々破損しているのが功を奏して、ドゥルガーとマヒシャの死闘をより破壊的で壮絶なものに見せているのかな。

このドゥルガーで特徴的なのは八臂の腕をまるで連続写真のような運動感として表現していることにある。まるでヒーローが敵にとどめを刺すクライマックスシーンに、スローモーションをかけているような映像的な感覚。これは、ドゥルガーが身体を大きく捻っているからそのように見えるのであって、従来のクメール美術の硬直した正面観に対するバンテアイスレイ様式の革新性を、如実に示しているといえそう。

ドゥルガー足下の水牛の頭部(欠けているが、シルエットでわかる)と胴体が切断され、中から人間の姿のマヒシャが現れて、蛇にグルグル巻きにされているのも面白い表現。


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