おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

カンボジア編

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バンテアイスレイといえば、それまでのクメール彫刻の直立姿勢で形式化したものとは違う、“東洋のモナリザ”として有名な、柔らかく生動感のあるデヴァター(女神)達のいる寺院。

それまでの無個性な神像ではなく、明らかに複数のモデルを使っているような、1体1体個性の違う顔貌も見られ、そうした現世の豊かな生活を反映したような世俗化傾向からしても、バンテアイスレイの彫刻はルネサンス的といえるかもしれない。

しかし、ルネサンスでは透視図法の確立によって、装飾的表現が絵画、彫刻から駆逐され、装飾は高尚な純粋美術に対して応用美術であるというレッテルが貼られてしまうのに対し、ここバンテアイスレイでは、むしろ過剰なまでに壁面彫刻の生動感表現にその装飾性が寄与している。

また、バンテアイスレイの浮彫りは彫りが深いので、彫刻的なのかというと、切り出した石材の各面の平面性をそのまま残しながら深く彫り込んでいるだけ。平面装飾的であり、もとの石材の形が想像出来ない西洋の彫刻とは大きく異なる。

つまり、とても平面的で装飾的であるのに、刻まれたイメージは生き生きとした生命感が宿っているという相矛盾したことが、ここバンテアイスレイでは当然のように起っている。


写真左は破風を縁取る装飾帯の両端にあるマカラ(海獣)の口から流水と共に、五首のナーガ(蛇神)が飛び出しているところ。2つの平面が直角に交わった建造物のコーナーだから、各平面に垂直な方向から見ると、一匹のマカラから三つ首のナーガが吐き出され、両面が見えるコーナーから見ると、二匹のマカラから五首のナーガが現れる。しかも,マカラは平面的なのに、コーナー部分のナーガは立体になっているという、二次元と三次元,2つのディメンションの間に位置する浮彫りならではのマジックが幻惑的だ。

装飾帯は、かなり抽象化した植物文様。マカラやナーガの細部も規則的な植物文様のパターンの応用であるに過ぎないにも拘らずこの迫真性。つまりそれは徹底した装飾化がはかられ、ついには装飾化=形式化という通例の臨界点を越えて、逆に強い生命感を宿すに至っているのだ。

写真右上は境内に転がっていた装飾帯の断片。これもかなり平面的で抽象化されているのに、動物の身体の一部であるかのような強い生命感を感じる。

寺院という結界内で生きる、人間、動物、植物、鉱物が一体になった生命体。こういう事が実現可能なのは、建立に携わった人々が、自然科学とは別の方法で生命の摂理を把握していたからとしか思えない。

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