おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

カンボジア編

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アンコール遺跡の寺院壁面を飾る女神像は、浮彫りではあっても元々は丸彫りの神像彫刻の代用品見たいなものだったといえる。クメールの丸彫り彫刻は直立で、動きのあるポーズのものは少ない。この地方の石材の強度では重心が傾くような動きのあるポーズは破損して倒れたりする恐れがあるなど、技術的な制約もあるのだろう。そしてこの直立ポーズがパンテオン下位の浮彫りの女神像に於いても踏襲され、守門神らしい仁王立ちの姿で描かれる。

浮彫りなのは、丸彫りのように背面を彫らずにすむし、石材も薄っぺらいものですむ。経済的にも制作の手間と時間においても多数制作する場合には都合が良いという、丸彫り彫刻の立場からすれば消極的な理由からといえる。

そんなわけでデヴァターとよばれる浮彫り女神像は、丸彫り神像に対して独立した表現スタイルを持っているというわけではなかった。

それがバンテアイ・スレイの寺院壁面彫刻になると、やや前屈みで斜めに構えた柔らかいポーズになり、コスチュームも丸彫り像とは一線を画すようになった。これは浮彫りなら絵画と同じでどんなポーズを描いても倒れたりしないという表現の可能性の芽生えともとれる。

そしてさらにアンコール・ワットになると、彫刻と絵画の両義的性格を持つ浮彫り像ならではの様々な可能性が追求されるようになる。


寺院付きの踊り子を描写したとも取れる、動きのあるポーズが多い第二回廊のエリアで、北経蔵は動きを出すために腕のポーズに変化をつけているものの、基本的には彫りの深い彫り像的な直立像だといえる。

それに対しここ南経蔵の表現は絵画的で彫りが浅く、体全体が自然な動勢をもち、この画像のものなど、ダンサーの表現としては最も完成されたものの1つといえるのではないか。

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コミカルな “その1” <http://blogs.yahoo.co.jp/sugafuto/38688488.html>とはうってかわって、この下画像は均整のとれた表現といい、充実した画面といい、ハイレベルな4体といえる。

顔は勿論、体型も微妙に描き分けされた個性表現と肉感表現のリアルさ、コスチュームの装飾効果がうまく溶け合っていて、往時のゴージャスでセクシーな宮廷文化をよく伝えている。

見せ場はやはり、中央の2体が組んだ腕の表現。“その1” のそれとは雲泥の実力差で、画面にうねりのある力感を生み出している。

また、右端の1体が僅かに顔を上げているのに対して、左から2体目のデヴァターはややうつむき加減と、微妙な顔の傾きを左右方向だけでなく前後の奥行き方向で表現しているところにも(ここら辺もやはり丸彫り的だ)、表現力の豊かさを感じ取ることができる。


上の画像は、きれいにクレンジングされたデヴァターと苔むしたままのものが向かい合っている。右の像の微かに見える目鼻や口から、これら2体は同じ作風だとわかる。それ故に対照的でありながら、同一のもののように鏡像関係になっているのがおもしろい。

仮にこれが鏡に向き合った同一のデヴァターだとしたら、両者は異なる時間帯に属しているということになる。とすれば、新品のような左が “現在” で、風化した右が “過去”を思わせるが、時系列としては左が若いから先で、右が年老いているから後になるともいえる。

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経蔵の浮彫彫像群は、同じ第二回廊内庭エリアにあって、回廊壁面より丁寧に仕上げられている。おそらく創建当初は華麗な浮彫り装飾をまとい、宝石箱のようだったのだろうが、あいにく経蔵の壁面は風雨にさらされやすいらしく、ひと際風化が激しい。

それに、同じ経蔵でも、北経蔵と南経蔵は浮彫の作風が随分違う。浮彫は、絵画と彫刻の両面の性格を合わせ持っているから、彫りが深くて限りなく丸彫り彫刻に近い浮彫りもあるし、彫りが浅く絵画と変わりのない浮彫りもあったりする。

この北経蔵の浮彫は、彫りが比較的深く、ポーズは直立に近い丸彫り彫像的なものだ。勿論腕はいろんなポーズをとっているが、小振りなので、身体全体の垂直方向の姿勢に大きく変化をつけるものではない。半ばトランス状態で乱舞するような南経蔵のそれとは違って静的なのだ。

ところで、通常よりエラが張ってなくて顎の小さいこの4体のデヴァターたちの見せ場は、左2体が交差させる腕なんだろうか。アンコール・ワットの浮彫像は胸の辺りの背面が最も彫りが深く、したがって、この交差させた腕の辺りも当然深いので、重なった腕の表現を平べったく圧縮すること無く立体的に交差させることが出来る。

また、それだけでなく、この二本の手の指は他と比べで随分ゴツい。よっぽど強調したかったのだろうか。

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上下2点の画像に見られるように、2体1組と単独のデヴァターはそれぞれ別の壁面に彫られ作風も一致しないにもかかわらず、両者はそのポーズに於いて呼応しあい、3体で1つの構図としてまとまりを見せている。

作風は違えど3体はプロポ−ションが同じ。恐らく3体を1組として大まかな構図とポーズが決められ、その後は左2体と右1体は別に作業が進められたと考えられる。

この上下の画像は、同じ大きさの段違いの壁面。それぞれ下絵を描く役割の人物が競い合うように工夫を凝らしてポーズを決め、さらに左2体と右1体の特に顔などの担当者を変えながら作業を進めて行ったように見える。

他の同じような場所に関しても各担当を組み替えることによって、1つとして同じ壁面にならないように仕組まれているかのようだ。担当者の造形感覚の違いが、組み替えによって更に多くのヴァリエーションを作り出し。この内庭空間をより豊かなものにしている。

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宮女としてのコスチュームフル装備の左4体と、楽屋の一幕といった雰囲気の右2体の対照的な組み合わせのコーナー。

直角にそれぞれの壁面が交わる形ながら、これら4体と2体はそれぞれ同じくらいの背丈で肩の高さもきれいに並んでいる。そんな中、その4体の内右から3体目だけ少し体を浮き上がらせるかのように右肩をいからせ、この4体の水平に並んだ肩のラインにアクセントをつけているのが目につく。

型からはずれたポーズなので、人体表現としてこの1体だけ稚拙さが目立つが、単調な画面に変化をつけるという趣向なのだろう。

右側のペアの内の左側の1体も頭飾を付けない髪に手をやる変則的なポーズ、身体の線にそうように下げた右手は意味をなさないし、左右の肩幅が極端に違う。やはり習熟した類型的なポーズでないものだと、いきなりデッサンが狂ってしまうようだ。

このペアの表情からすると、いじける左側に対して右のデヴァターが励ましているように見える。それにしても、肩にかけた手の親指だけが立っているのはスゴく気になる(画像下中央)。きっと何かのサインに違いない。

こうした意味深なポーズは、宗教図像学的に解釈出来ない当時の人でないとわからないジェスチュアなのかもしれない。

いずれにせよこのエリアの彫工達は、こうした人体表現の均整が崩れるような危険を冒してでもオリジナルなアイデアを競い合って、内庭を訪れる人々の目を楽しませたようだ。


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