おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

カンボジア編

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この第二回廊内庭壁面のデヴァターを特徴付けるものとして、4隅にずらりと5体並んだ形式があり、このエリアの見どころでもある。

画像の北西隅の5体は右端の1体がほとんど破損してしまっているが、ゆったりとした大振りな造形が印象的だ。

とはいってもこれらが他の女神像に比べて大きめに作られているわけではない。均整のとれた “その1” <http://blogs.yahoo.co.jp/sugafuto/38244274.html> の4体と比較すれば一目瞭然、うでが異様に長く引き延ばされているのがわかる。1体1体の像の間隔を広くとり、その空間をいかして腕に様々なポーズを付けることによって、ゆったりとした動きをつくり出している。

アンコール・ワットのデヴァターの浮彫は胸部あたりの背面を深く彫り、その周囲を徐々に浅くするのが常套手段だ。従って胴体と腕の辺りの彫りが深くなり、日光が当たると陰影のコントラストがそこだけ強くなるわけで、長い腕が目立ち、造形表現に於いて支配的となる。

ほとんど真上から日光が差し込むこの一帯では、足のように垂直方向の彫りは陰影が無く目立たなくなり、横方向、斜め方向でいろんなポーズをとる腕が目立つのも日光を演出効果としてとりいれた結果なのかもしれない。

そんなわけで下半身に動きが無くても腕の動きのある表現が強く影響し、群舞としてのスペクタクルを見る者に印象づけるのだろう。

また、これら5体の宝冠は、額を囲むティアラ状の部分が通常より下向きになっているのが特徴。この結果、画像のように暗い陰ができ、過剰装飾の頭部を引き締めるアクセントとなっている。これも日光が真上から強く当たることを想定した工夫なのだろうか。

それにしてもこうしたポーズのヴァリエーションは実際の舞の型を記したものなのだろうか、群舞なら皆が同時に同じポーズをとることも考えられるから、これらは異時同図として見ることもできるのかもしれない。

左端の1体は、腕のデフォルメもなくバランスが良い。また、頭飾のデザインも作風も違うが、ゆらゆらした形態が個性的で、右の5体の左への方向性を受け止める構図上の役割を果たしている。

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第二回廊の内庭側外壁のデヴァター群は、アンコールワット中最もダンサーらしい動的な像があることで知られ、画像が紹介されることも多い。特に平面図にあるような第二回廊西側の3つの塔門とその向かいにある2つの経蔵の壁面は、やはり人目につきやすいところだからなのか、質の高い作品が集中している。

内庭を飾るこれらの女神像群は、至近距離から眺めるための繊細な工芸的細工や、柔らかい光によって浮彫りになされる陰影のグラデーション効果を狙ったものではなく、直射日光によるコントラストを生かした動態表現を、数メートル離れた距離から眺めることを意図していたと考えられる。

第二回廊に囲まれたこの内庭は、大勢のデーヴァダーシー(寺院付の踊子)が踊りを披露する場所だったのかもしれない。


ここにあげた画像の4体もまた下半身は棒立ちのようだが、全体的には伸びやかな動きを感じさせる。左の2体は線対称の鏡像関係をそれぞれのポーズを変えることによって崩し、右の2体もまた並列した同じポーズに微妙に変化をつけることによって。優雅な動きを生み出している。

上画像は下の左2体のアップ。左のデヴァターの顔が固く口を閉ざしているのに対し、右の顔は口元が僅かに緩んでもう少し首も傾げることにより生動感を誘発している。こうした微妙に対象の崩れた表現になどを見ても、このエリアのデヴァターが他のエリアの女神像群より動態表現が高度に発達しているのがわかる。

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手の込んだ力作の多い十字回廊でも、南東の隅っこあたりとなると下画像のような作品に出会うことが出来る。似たようなコスチュームとポーズの上画像(北西壁面のもの)と比較すれば、その落差に目眩すら覚えるひともいるだろう。

特に下画像中央の1体など、その左側の像と比べてもとても同じ時期の造像とは思えない。額の生え際から頭頂までが異様に短く、結い上げた髪の表現の稚拙さ(生え際から結び目へと髪の流れがつながってない)、歯を覗かせたお下劣な落書き風表現は、後の時代の誰かが摩滅した(または未完の)頭部に新たに刻んだものだろう。

単純に表現の多様さといってもアンコールワットの女神像群は、壮健当初の創意工夫だけでも充分に多様なものがあり、さらに後世の補完・補修、風化による変色・崩落と、そのイメージの変容・多様化は底無し沼の様相を見せる。高度な造形から稚拙なもの、保存状態の良いものから破損の著しいものへと作品の状態は裾野を広げ、そうして成り立ったデヴァターの宇宙は、このようなおちゃらけた造形すら時代の違うものとして分け隔てすることなく、難なく呑み込んでしまう。

そういう意味ではこの下画像中央の彼女(顔だけ見てると男に思えるが……)も、間違いなくアンコール・ワット境内の一員なのだ。

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シンメトリーでありながら宗教的にはならず、むしろ溌剌とした現世的な華やかさが魅力のこの2体もまた、十字回廊の代表的な作品のひとつだろう。頭上の装飾がゴージャスで重過ぎるのをはね除けるだけの躍動感が、ダンサーをイメージさせる。

アンコール・ワットのデヴァターは通常顔貌の個性の描き分けはよくおこなわれるのに対し、体躯ではほとんどそういった個性表現が見当たらないのだが、この2体では胸の大きさなどに描き分けの意図を感じ取れる。

問題は左の1体だけ乳房と臍の下に皺が表現されていること。これは左右のデヴァターの肉身部の作者がそれぞれ違い、その作風の違いを表しているのか、それとも両像の年齢差を表しているのか?

丸彫りの宗教像ならこうした皺も図像形式として見ることが出来るが、浮彫りのデヴァターに於いてはその点気ままなので何とも判断しかねる。

あと、気になるのは幼い風貌の右の1体が左の1体の腰に廻した右手の指だけ爪が長く、グロテスクに表現されていること。こうしたアンバランスさは謎めいていてセクシーではある。

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第二回廊へつながる三つの階段の内の中央階段の側面に描かれた、4人ならんだデヴァター2組。上の画像も4人なのだが、内1体は破損していて残った3体の内、左上画像の2体も首から下は残っていない。

下画像の4体は上半身は保存状態も良い。いずれもちょっと生硬な作風が共通していて、クールでモダンな印象がいかにもアジア美術の一般的イメージを逸脱したアンコール・ワットらしい。

注目すべきは、こういった美術の場合美人といえば無個性になりがちなのを、それぞれ顔の形からして随分違った容貌に表現できていること。

アンコール・ワットのデヴァターの肖像性は良く指摘されるものの、実際は個体間の作風と技術の差があまりに大きく、それが作風の違いなのか、モデルの個性の描き分けなのかよくわからないものが多い。それだけにこれらの例は、個性を描き分けるには技術的基盤であるプロポーションの理解がいかに必要なのかがよくわかる。


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