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ラマ教で最もポピュラーな尊各の一つ、白ターラーは、故宮博物院では“白多羅”ではなく“白度母”と表記されていた。この18世紀清朝の作品は、けっこう大振りの堂々とした金銅仏で印象に残った。 |
中国編
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故宮を訪れたときに、珍宝館に展示されていたのはラマ教の金銅物とタンカ(仏画)。故宮博物院の文物としてはあまり認識していなかったので、意表を突かれた。まあ、考えてみれば、歴代王朝はチベット密教と関係が深かったようだから、こういった所蔵品は膨大のはず。本展でも元、明、清時代を通しての仏教美術がずらりと並んでいた。 |
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遺跡に魅力があるのはそれが死んだものだからではなく、新たな生を生きているからだといえなくもない。前回の雲岡はもとより、ピラミッド、アンコールワット、パルテノン神殿、マチュピチュ等、それらは少なくとも一度は放棄されて荒廃し、原形をとどめていないものだ。 |
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第3窟は、北魏時代に開窟途中で放棄され、唐時代に仏三尊像を補刻するも、これまた未完に終わるという、中途半端な存在のわりに画像がよく紹介されているのは、石窟開口部からの入射光がドラマチックに窟内を演出しているからだろう。 |
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第7窟拱門は保存状態が良くなく、上の画像の拱門頂部(“その5”右の画像上部の続き)もかなりの部分が剥落している。例えば、第10窟例明窓頂部(下の画像)のような、同じ図様の保存状態の良いのに比べると、中央の大きな蓮華が全く欠損してしまっていることが解る。 |


