おるたな美術館

旅先で出会った東洋美術、西洋美術

中国編

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雲岡その5

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雲岡第7、8窟は双窟ということで、同じ窟形式が並んでいて、内部装飾は東西文化のミクスチュア度も高い。雲岡石窟の身体表現で、個体の巨大化と増殖を見て来たが、今回は腕と頭の増殖である。とはいえ雲岡は密教窟ではないので、ここでは多面多臂像は本尊ではなく、あくまでも門衛である。

有名なのは第8窟の前室と主室の間の拱門(アーチ)西側壁の鳩摩羅天(クマーラ=シヴァの次男軍神スカンダ)と東側壁の摩けい首羅天(マヘーシュヴァラ=シヴァ)。ヒンドゥーの神が調伏され、仏法の護法神となった姿だ。

左画像の鳩摩羅天は胸に鶏をかざしているのが面白い。それにしても、いくら調伏された異教の神とはいえ、ここまで不細工にすることも無かろうという気はする。おまけに、地面に反射した太陽光が下から照りつけるホラー映画的ライティングで、益々“キモカワ”。

右の画像は第7窟の同じ場所にあたる拱門西側壁。左の三面六臂像は頭頂に三日月らしきものが見えるので、第8窟拱門東側壁と同じくシヴァ(阿修羅?)なのだろうが、特定できる持物や乗物がないので、文献ではただ護法神とされているようだ。

その右には、コリント式柱頭とルーツを同じくするコスモポリタンなデザインのパルメット柱頭装飾から合掌した童子が顔を出している。蓮華から産まれ出る様を表すことで、極楽浄土への往生を示す“蓮華化生”とのミクスチュアなのだろうか?

その上部の中国風の衣を身にまとう飛天のポーズは、飛び回るには窮屈な空間であるにもかかわらず、見事に飛翔感を表している。右の飛天の頭部が欠損し、代わりに左の飛天が頭部だけ残っているという現在の姿も実にカッコいいな。

雲岡その4

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仏教美術の身体表現というのは、様々な存在のあり方を提示しているような面白さがある。生命体に例えれば、大仏は、生存の手段として巨大化を選んだ恐竜のあり方を思わせるし、千仏は個体数を増やすことで生き残りをはかった昆虫といえそう。

そしてそれらは、巨大さと膨大さというスペクタクルによって、ハリウッドの大作映画のように見るものを圧倒する。


歴史上の実在の一個人であったはずの釈迦は、死後500年を経て偶像が造られ、やがてそのイメージは一人の人物像を離れ、超越的存在として複製、反復を繰り返して、多様なイメージのヴァリエーションを展開していく……。

初めての個展<http://sugaft.com/1995solo.html>で、シルクロードの千仏をモチーフに、シルクスクリーンでヴァリエーションを展開したのは、アンディー・ウォーホルの、スターや政治家など著名(=ポップ)な人物のイメージを複製し、大衆消費社会の欲望を映し出そうとした作品と、仏陀イメージを多量に流布させて世界宗教となった、大乗仏教の美術はとても似ていると感じたからだった。


ところで、ウォーホルの作品は、例えば同じマリリン・モンローのイメージを繰り返しキャンヴァスにプリントしたものでも、シルクスクリーンの刷りを意図的にラフにすることによって、部分的に“かすれ”、“ムラ”を生じさせ、一つとして同じイメージのものが無い。

これは本来版画のような複製芸術の、均質な作品を保証する“エディション”の発想とは対極であり、そういったウォーホルのキャンヴァス作品は、シルクスクリーン技法を使っているとはいえ、明らかに“プリント(版画)”ではなく “ペインティング(絵画)”である。

画一的で無個性な商品を量産する、マスプロダクト産業社会の反映とされるウォーホル作品の反復イメージは、実は個体差を持っているのだ。このことは、遺伝子を複製しながらも個体差を造り出す生命の在り方をも暗示しているとは言えないだろうか。

また、例えマスプロダクトによる量産品であっても、それぞれが様々な人の手に渡り使用されるという“経験”、つまり、風化、摩耗、破損によって個体差が生まれる(付喪神は、こうして使い込まれた器物に生命感=魂を感じ取る発想から生まれたのでは?)。かつて雲岡石窟群外壁を埋め尽くしていた無数の千仏もまた、上の画像のように千数百年の経験によって、個体差が露となった。

こうした点でも、ウォーホル作品と千仏はその“存在の美(リアリティー)”のなかで共通項を結ぶことになる。

雲岡その3

イメージ 1

今回も、作品本来の視点とプロポーションがテーマ。むしろ、古典作品の経年変化によるイメージの変容に関心を持って作品制作をしている私としては、逆の立場なのだが、北方遊牧民(鮮卑族)の王朝(北魏)の美術にカノンなど無いかのような、第20窟の広く知られた画像イメージには疑問を感じる。

第20窟の大仏は、中国石窟(平凡社)や世界美術大全集東洋編(小学館)といった大型豪華本をはじめ、多くのメディアで顔のアップ画像を見ることができるので、良く知っていた。

ところが、いざ実物を拝顔してみると、随分イメージが違うことに驚く。

写真画像などで私達が見ることのできる第20窟大仏の顔のイメージは、大抵が“恰幅の良い中年”である。それに対して、上の画像のように実際に見ることのできるイメージは“溌剌とした青年”なのだ。

この違いは何処からくるのか?どうやらメディアを通して一般によく見るこの大仏の顔は、足場を組むかクレーンによって顔に接近し、標準レンズの付いた大型カメラで撮影したものらしい。

なるほど、一般人は使えない立派な機材で金と時間をかけたおかげで、細部まで克明に描写され、重量感もたっぷり。スケール感のある迫力の画像である。ところが、数メートルもある頭部に標準レンズで接近している為、画像が歪んでいる。つまり、下膨れの顔になっているのだ。

それで“恰幅の良い中年”なわけ。

他の石窟の大仏の、大味でどーでもいい顔ならまだしも、相手は雲岡第20窟である。いくら立派な機材を使ったからって、デフォルメしてしまうのは、ちと無神経すぎないか?

写実性と抽象性が絶妙にブレンドされ、明朗な親しみやすさと畏怖を感じさせる威厳を兼ね備えた顔貌。均整のとれた、千両役者のような面構え。顔というのは、わずかな違いでも印象が大きく変わるもの。ちょっとバランスを崩してしまうと、もう“お笑い”である。

例えば、「ミロのヴィーナス」の顔を明確な意図もなしに、誰がデフォルメして撮るだろう?……要するに、それに等しい行為だと思う。

第20窟も、前壁には開口部が設けられていたと考えられる。だから、創建当初、開口部越しに顔は見ることができた。つまり、顔に関しては右の画像みたいに、離れた距離から狭い視野という、望遠レンズで撮影するようなアングルで見ることを意図していたと考えられる。

他の前壁のある石窟から類推しても、右の画像くらいの斜からの視点でも窟外から拝むことができただろう。左の画像も顔面部だけならこの視点で拝観可能。右肩のラインが若干おかしいのは“その2”で触れたように、この角度では本来前壁に隠れて見ることができないはずの肩の上面が見えてしまっているため。


ところで、この大仏も、元々は極彩色が施されていただろうが、宇宙論的身体イメージという点ではむしろ現在の方が強くなっているかもしれない。

太陽光線の加減や入射角度によってその顔の表情を変える様は、まるで天体の様であるし、光背や頭光は火炎型で太陽を連想させる。また、砂岩の素地がむき出しなため、層状の縞模様が木星や土星を彷佛とさせる。

経年変化によるイメージの変容とその魅力というのも、やはり忘れてはならない要素ではある。

雲岡その2

イメージ 1

大仏のある石窟は、普通前壁があるので、離れた距離から全身を見ることはできず、窟外からは、前壁に穿たれた窓越しに顔を拝むのみ。全容は窟内から見上げる角度でしかを見ることができない。しかも、曇曜五窟は東大寺の大仏殿より、像に対して内部空間が狭く、“その1”の第18窟のように、近接距離から急な角度で見上げることになる。

この第20窟も、今は崩落しているとはいえ前壁があったわけだから、かつての大仏の見え方は、上の画像か、それよりもっと仰角が大きかったわけで、遠近が強調されて実際以上に巨大に見えたことだろう。

ところが様々なメディアで紹介されている第20窟の画像は、ほとんどが前壁の位置より外側から大仏の全容を写したもので、仰角というより水平視に近いものが多い。

東大寺の大仏が、見上げて拝むものなので、わざと頭の大きいプロポーションになっているというのは良く知られていることだ。つまり、このことは、本来見るべき角度以外から見るとプロポーションが崩れるということを示している。

例えば、第20窟の本尊右にある脇侍仏立像などは5頭身に満たないので、水平視のアングルから撮影すると、頭の比率が大きくなり過ぎ、寸詰まりのマスコット人形みたいでスケール感をいちじるしく失う。

さらに、斜め横からの水平視という、前壁があれば不可能だったこのアングルの画像は、本来見えないはずの本尊の肩の後側が見えてしまい、その結果、肩から上腕部にかけてのシルエットが極端にデフォルメされ(腕が急に太くなって見える)て、バランスの悪い彫刻に見えてしまう。(因に、左下の画像は若干仰角である為、本尊、脇侍ともデフォルメがましな方ではある。)

雲岡第20窟が、現存最高の大仏だと勝手に思っている私としては、このような完成度の低い彫像としてのイメージが流布していることは、何とも口惜しい。

前壁が崩れて不規則な岩肌のテクスチュアが露になり、形体もデフォルメされて、彫刻的面白さが増したのは確かだ。しかし制作当初の意図を反映しない画像ばかりなのは如何なものかと思う。

弟20窟は後壁の状態からもわかるように、堂内は4分の1球状に近い形をしていたと考えられる。ちょうどプラネタリウムを半分にしたような天球的空間は、やはり宇宙論的イメージのとても強いものだったのだろう。

仏教思想など解らなくても、仰角による上の画像のようなイメージならば、制作当初の宇宙論的身体の偉容を、リアルなものとして感じ取ってもらえるのではないか。

雲岡その1

イメージ 1

イメージ 2

20mを超える大きさがざらの中国・シルクロードの大仏の中で、雲岡石窟にある曇曜五窟の5体は15m前後と、けっして大きくない。

しかし、大仏という形式と表現様式が見事にマッチしているものとしては、この5窟(第16~20窟)の内の、写真の第18窟と第20窟が数少ない例といえるだろう。

大仏というのは、表現が写実的で私達の身体に近すぎると、不自然な感覚を受ける。実際に、そんな大きな身体など何処にもないからだ。逆に抽象的でロボットっぽくなり過ぎると、私達はそこに自らの身体をなぞらえることができない。

つまり、通常の身体スケールを遥かに超える巨大な身体にリアリティーを与えるような、私達の身体(ミクロコスモス)= 抽象概念である宇宙(マクロコスモス)という図式をいかに表象化するかという問題に対して、この2窟は理想的な答を出しているように思える。


第18窟は、小さな白黒図版を何かの本で見て以来、実物をぜひ見たいと思っていた。SF的人工美と、荒々しい岩肌の野生美という、両者がせめぎ合いつつ上昇していくようなダイナミズムにゾクゾクさせられたからだ。

また、化仏のびっしり彫り込まれた本尊の左手の袖が鷲の翼のように見えて、やたらとカッコ良かった。

壁面が、如来、菩薩、羅漢、天人(?)、千仏と、下から上へ、大から小へと彫られているため、遠近感が強調されて、本尊が実際のサイズよりもさらに巨大に見える演出もお見事。宇宙的スケールの上昇空間には、日本の大仏とは別のあり方を痛感させられる。

写真はカラーでも撮ったのだが、最初に見たイメージに引きずられてか、白黒がどうしても良く見えてしまう。

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