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もう6月だ。歴史的な震災から3ヶ月になろうとしているが、あまり前向きな気持ちになれないでいる。地震や津波は天災だ。人間にはどうすることも出来ない部分がかなりある。だから不幸は不幸として乗り越えなくちゃという気持ちにもなるが、それを阻んでいるのが原発事故である。
ホントは暗い話はあまり書きたくないのだが、溜まってゆく一方の鬱屈を何かで解放してゆかないと、正気を保っていられないような気がして、どうしても書いてしまう。
事故現場では大変な思いで作業が続けられているのだろう。作業に当たられている人たちには深く感謝するとともに、なんとか無事でいて欲しい。こんな馬鹿げたことで命を落とすようなことが無いことを祈るばかりである。
こういうのを取り返しのつかない事態と言うのだろう。政府や東京電力がいくら賠償しようと、生活の場が奪われてしまった人にとっては、もう以前の生活は取り戻せない。原発周辺の土地は、数百年レベルの話で、安全にはならないだろうし、東日本が、いや日本中が放射線を気にしながら生活しなければいけなくなってしまった事態に対する責任は、誰がどうやって取るというのだ。
それなのに、まだ原発を推進しようと公言する連中がいることに、心底驚いてしまう。地下に原発を作ればいいなどという、狂気の沙汰としか思えないプランを進めようと言うジイさんたちのニュースを聞いた時は、とても暗い気持ちになった。誰がどう考えても議論の方向が違うだろう。私達が大切に守りたいと思っている日本の国土を、何と引き換えにするつもりなのだ、この年寄りどもは。このじいさんたちがやらなければいけないことは、自分達の過ちを認め、これから日本で生きてゆく人が希望をもてるような道筋を示してやることだろう。それができないのから、とっとと退場して黙っていることだ。
私は今すぐ全部の原子炉を止めろとまでは思わない。女川や東海村の原発は津波にも耐えてみせたし、原発の安全性が全部嘘とも思っていない。原子力産業で食べている人もたくさんいるだろうし。
でも、どんなに安全に設計しても人間が扱う以上、必ず事故は起こるし、現に起こった。いったん起こってしまったら、原子力は人間の手には負えないということを、私たちは学ぶべきなのである。学んで後世に伝えるべきなのである。そんな当たり前のことが、どうして議論の中心にならないのか、不思議でしょうがない。
東京電力はいったん解体するのが筋だろう。株主は大損するが、日本航空ではそれをやったではないか。でも飛行機は飛んでるぞ。なぜ電力会社だとできないのだ。なぜ東電とその株主だけ守るのだ。
今まで我々を騙して原発を推進して来た政治家と官僚は腹を切るべきだ。自分達の主人を騙したのだから。ほんとに切腹すると死んじゃうから、政治家としての、公務員としての命は自ら絶ってもらいたい。
もっと本質的なことを言ってしまえば、これは電力が足りる足りないの問題ではない。そもそも何万年も放射線を出し続けるような廃棄物をこれ以上増やしていい訳が無い。
最近私は、エジプトのピラミッドの下には放射性廃棄物が保管されているという仮説を有するようになった。あれは高度に文明が発達し、原子力も使用していた古代人が未来に残した石碑なのだと。しかし、これは重大な秘密なので、こんなところに書く訳にはいかない。
もちろん冗談だが、数千年まえのことすら、ちゃんとわからないのである。これが数万年先になったら、まったくわかないだろう。それでもやるというのは、それは究極の無責任である。
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