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監督 ヴィンセント・ミネリ
出演 ジーン・ケリー(Jerry Mulligan) レスリー・キャロン(Lise Bourvier)
オスカー・レヴァント(Adam Cook) ジョルジュ・ゲタリー(Henri Baurel)
ニナ・フォック(Milo Roberts) ユージン・ボーデン(Georges Mattieu)
マーサ・バーマトレ(Mathilde Mattieu) メアリー・ヤング(Old Woman Dancer)
原題 An American in Paris
製作年 1951年
製作国 アメリカ
配給 MGM日本支社

1951年度のアカデミー作品賞をはじめ、8つの部門に受賞したテクニカラーのダンス・ミュージカル映画で、ジョージ・ガーシュウィン作曲の「巴里のアメリカ人」を主題とした作品。製作は「ショウ・ボート(1951)」のアーサー・フリード、監督は「若草の頃」「花嫁の父」のヴィンセント・ミネリ、脚本は作曲家出身で、近年M・G・Mと契約「宮廷結婚式」などのシナリオを書いたアラン・ジェイ・ラーナーのオリジナル。使用歌曲はすべてジョージ・ガーシュウィン作曲、アイラ・ガーシュイン作詞のもので、音楽監督はジョニー・グリーンとソウル・キャプラン。撮影監督はアルフレッド・ギルクス、バレー場面の撮影はジョン・アルトン、美術監督はセドリック・ギボンスとプレストン・エイムズが夫々担当する。主演は「踊る大紐育」のジーン・ケリー(この作品の舞踏振付けも担当)と彼がフランスで発見したシャンゼリゼ・バレーの踊り子レスリー・キャロンで、それにフランス人歌手ジョルジュ・ゲタリー、ピアニストのオスカー・レヴァント、ニナ・フォック、ユージン・ボーデンらが出演する。

パリに住むアメリカ人ジェリー・ミュリガン(ジーン・ケリー)は、気ままな感じ易い青年だ。パリに留まって一1人前の絵描きになることが宿望だが、絵の勉強は一向に進まない。だが友達はたくさんできた。米国人のピアニスト、アダム・クック(オスカー・レヴァント)やフランス人の歌手アンリ・ボウレル(ジョルジュ・ゲタリ)たちである。ジェリーの絵はさっぱりパリジャンにうけなかったが、モンマルトルで開いた個展を訪れた金持ちの米国婦人ミロ・ロバーツ(ニナ・フォック)は、彼の才能を認め保証人になってくれた。どうやらミロは絵よりもジェリーに思し召しがあるようだ。ミロと一緒にキャバレーにいったジェリーは、愛くるしい清楚なパリ娘リズ(レスリー・キャロン)を見染めて一目惚れ、強引に彼女の電話番号を聞き出した。あくる日から、ジェリーとリズは逢いびきを重ね、お互いに愛し合う仲となった。だがリズはアンリと内々に婚約していることをジェリーにかくしていた。(gooより)
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全編ジョージ・ガーシュウィンの音楽を使って作られたミュージカル。1951年度アカデミー賞8部門でノミネートされ、作品賞等6部門で受賞している。

パリに住むアメリカ人ジェリー(ジーン・ケリー)は、まだ芽の出ない画家。日本家屋よりも狭そうなアパートの一室。収納を有効利用している寝起きの光景が面白い。ベッドは天井に引き上げられ、クローゼットからテーブルや椅子が出てくる。夜から昼仕様に変更する際の、ジーン・ケリーの一連の動きがごく自然で滑らかだ。

友人は同じくアメリカ人のピアニスト、アダム(オスカー・レヴァント)。アダムの友達がフランス人歌手アンリ・ボウレル(ジョルジュ・ゲタリ)。ジェリーがアダムに金を借りようとする時のやりとりが笑える。アダムはこの時、アンリと初対面なのだ。アンリがジェリーにお金を貸そうとすると、「まだ出会って15分だから借りる訳にはいかない」と断るジェリー。それならとアンリがアダムに貸し、そのお金をアダムがジェリーに貸す。そこで、ジェリー曰く「アダムに貸すと帰ってこないよ」。ここでジェリーとアンリが音楽のことで意見の食い違いが生まれる。これは後にライバルになる二人の関係性としての伏線だ。

ジーン・ケリーは風船ガムを配ってくれるので、パリの子供達から大人気だ。今日もたくさんの子供に囲まれてしまう。この時「アイ・ガット・リズム」に合わせて華麗なタップを見せてくれる。チャップリンやナポレオンの真似のパントマイムも達者だ。白眉は飛行機。両手を広げて回転するスピードの速いこと。やはり素晴らしいダンサーである。

ジェリーは金持ちのミロ(ニナ・フォック)に好かれ、個展を開くチャンスを得るが、彼はリズに一目惚れだ。演じるレスリー・キャロンは美人とは言い難いので、ちょっと画的には無理がある。しかし、バレリーナの下地があるので、その身体の柔軟さとダンスシーンは本当に素晴らしい。アンリが結婚を考えている女性を説明する時に、レスリーは様々な性格の女性を動きで演じ分ける。衣装のイメージカラーの演出もとても綺麗だ。ここで既に観客は彼女の顔が分かっているので、その後ジェリーがリズを見て一目惚れする時には、これはまずいぞと誰もが思う仕組みである。知らぬは当事者ばかりなり。アダムはジェリーとアンリの話を聞いているので、二人が同じ女性を愛していることに気付く。この時の慌てぶりが笑える。

リズにアタックするジェリーは本当に図々しくてしつこい。呆れられて「そのしつこさだけの魅力があれば…」と言われる始末。セーヌ川岸の二人のダンスの距離感がいい。とても控え目で、徐々に気持ちが重なりあっていく様子が表現される。後ろ手に回してのキスシーンが、何とも初々しい感じだ。これぞリズも恋に落ちた瞬間であろう。

アダムはあまり出番がないのだが、自分の理想の世界に浸るシークエンスは面白い。アダム一人で指揮者やピアノ、ドラムなど何役もこなしている。声援を送る観客さえも自分だ。セピアっぽい照明や、壁に映る大きな影が印象的。

アダムのピアノで歌い踊るジーン・ケリーがまた凄い。狭い部屋で、ピアノの上で、よくあれだけ動き回れるものだ。

美術学校のパーティ・シークエンスの参加者の衣装が、全て白と黒で統一されている。それぞれの衣装デザインが斬新で面白い。ここでのリズとジェリーの会話から、お互いの想いが胸に沁みてくる。「パリは人を忘れさせていく」「忘れるには美し過ぎる。人の心に沁み込んで…君と同じだ」。流れてくるタバコの煙の演出も味がある。

そして圧巻はクライマックス。20分近いガーシュウィンの交響詩「パリのアメリカ人」をフルに使う。ここではフランス絵画をモチーフにした大掛かりなセットと、バレエを融合した優雅なダンスのコラボが素晴らしい。デュフィをイメージしたコンコルド広場。クラクションの音のように聞こえる部分で、ジーン・ケリーは交通整理の動きを見せる。ユトリロはパスティーユ広場、ルソーは巴里祭。ゴッホは微妙に色が違うたくさんの黄色のセットで表現される。最後はロートレックか。

芸術的にも素晴らしいダンスとセットに圧倒されたまま、一気に映画も終わってしまう。とにかく見応え十分なのだが、物語的にはジェリーとリズの二人以外の登場人物たちがほったらかしなので、何か釈然としなくて残念だ。

 
 

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監督 吉田大八
出演 神木隆之介(前田涼也)   橋本愛(東原かすみ)   大後寿々花(沢島亜矢)
        東出昌大(菊池宏樹)   清水くるみ(実果)   山本美月(飯田梨紗)   松岡茉優(沙奈)
        落合モトキ(竜汰)  浅香航大(友弘)   前野朋哉(武文)
        高橋周平   鈴木伸之   榎本功   藤井武美(詩織)
ジャンル ドラマ
製作年 2012年
配給 ショウゲート

高校生活をリアルに描いた青春エンターテイメント。原作は、朝井リョウの同名のベストセラー小説だ。成績優秀でスポーツ万能、校内のエース的存在の桐島が部活をやめるという噂が流れ、生徒はざわめき立つ。そんな時、黒縁メガネをかけた、教室では影の薄いオタク男子が嬉々として動き始める。映画部の彼らは、桐島のニュースで騒ぐ生徒たちを映像に収めようとするが…。それぞれの登場人物からの視点から、学校の事件を見つめ、思春期の少年少女らが持つ心の闇を描いている。出演は、神木隆之介、橋本愛、大後寿々花ほか。二枚目より、一癖ある役で実力を発揮する神木隆之介に注目。監督は、『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』の吉田大八。劇団ナイロン100℃に所属し俳優として活動する傍ら演劇ユニットブルドッキングヘッドロックの脚本・演出を手がける喜安浩平が、吉田大八監督と共に脚本を担当。高橋優が主題歌『陽はまたのぼる』で高校生の葛藤と希望を力強く歌う。

いつもと変わらぬ金曜日の放課後、バレー部のキャプテンで成績優秀、誰もがスターとして一目置いていた桐島が突然部活を辞めたというニュースが学校内を駆け巡る。桐島の恋人でさえ彼と連絡が取れないまま、桐島と密接に関わっていた生徒たちはもちろんありとあらゆる生徒に波紋が広がっていく。人間関係が静かに変化し徐々に緊張感が高まっていく中、桐島とは一番遠い存在だった映画部の前田(神木隆之介)が動き出す……。 (gooより)
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思えば僕が映画好きになったのは、高校時代に映画研究部に入部したからである。映画が好きだったからではなく、映画好きの友人に誘われて入って活動するうちに映画の世界に嵌り込んでしまったのだ。だから入部していなかったら、今の僕はなかったかも知れないと思うと、本当に不思議な気分である。これだけ映画に人生の大半を浪費している分、もし違う趣味だったら一体何をしているのだろう。高校時代、この映画ほど極端ではないが、確かに体育系部活の連中とは相容れない部分は感じていた。僕はスポーツが得意ではなかったから、映画部でなくても、文化系か帰宅部を選んだことだろう。僕達も仲間と一緒に校舎の屋上を使って、8mm映画を撮ったことを、懐かしく思い出してしまった。

さて、映画は冒頭から同じ金曜日を繰り返す。何度も同じシーンが出てくるが、視点の中心となる登場人物が変わっていくので、カメラポジションも変更される。その前のシークエンスでは画面の隅にいた他の登場人物が、どう感じていたかが分かってくる。複雑に入り組んだ画面構成のジグソーパズルのピースが嵌っていく。そして最後に現れた画は、我々に何を伝えようとしていたのか…。

バレー部のキャプテンで成績優秀の桐島が、部活を辞めるという噂が拡がる。本人も何故か登校していないので、真相は分からない。校内でも公認の恋人・梨紗(山本美月)や、親友の宏樹(東出昌大)も聞いていない。携帯も繋がらない。そんな重要なことを教えてもらえないことに、恋人、親友という特別なはずの絆が揺らいでいく。理想のカップルとして、誰からも羨望のまなざしを受けていることをはなにかけていた梨紗は苛立ち、焦りが隠せない。

野球部をずっとさぼって帰宅部同然の宏樹は、帰宅部仲間の竜汰(落合モトキ)、友弘(浅香航大)と三人で、放課後バスケをして遊んでいた。桐島の部活が終わるのを待っていたのだ。全てが桐島中心に動いていた。桐島の仲間というだけでステータスで、周囲からも一目置かれる存在のグループだ。女子からの視線も熱い。しかし、今、桐島からの断絶が、彼らのアイディンテイティを揺るがしてしまう。

彼らの対極としての存在が、前田(神木隆之介)と武文(前野朋哉)らの映画部だ。校内では明らかに下のランクの生徒達で、トップグループの梨紗達からも蔑まれている。彼女達は実に残酷なことを平気で言ってのける。話題のネタにして、蔑んでは優越感に浸っている。確かに映画部の連中は風采の上がらない容貌の連中ばかりで、その他大勢という感じである。剣道部の部室の片隅を仕切って間借りしているようで、狭くて暗い場所で、男ばかりで窮屈そうだ。この部室からだけでも、校内での映画部のポジションは明確だ。作った映画が予選を通過しただけで、朝礼で紹介されたのだが、これが嘲笑の的になってしまう。タイトルが「君よふけ…」というものだが、女生徒達から笑われるセンスのなさで、僕もタイトルを覚えられなかった(笑)。やはり映画はタイトルが重要だと、改めて思う。覚えられるような印象的なものでないと、その時点でもうかなりのハンデを背負うことになる。

神木隆之介がメガネをかけて、ダサい映画部長役を好演している。女子に笑われても黙ってその場から姿を消すことしか出来ない遣る瀬無さ、サッカーでもチームに最後まで入れてもらえない屈辱、いざ試合でもまごつくばかりで相手にされない孤独。オドオドした様子がなかなか良いので、終盤の頑張りが活きてくる。かすみ(橋本愛)との思いがけない交流の喜びと、目撃してしまった事実の衝撃。やはり映画撮影で意地を貫き通すしか、彼の存在意義は確立できない。
 
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沙奈(松岡茉優)は宏樹の恋人であるが、どうも宏樹自身の気持ちとは温度差が感じられる。沙奈はお熱なのだが、宏樹は距離を置いているように見える。沙奈はまた、厭な女子の代表のようで、宏樹の前ではかわい子ぶっているが、仲間内での会話では最低な発言ばかりして空気を硬直させる。その一言が誰かを傷つけていることに気付かない。宏樹との親密さを亜矢(大後寿々花)に見せつける行為の残酷なこと。

亜矢は吹奏楽部の部長で、部は成果を挙げている。部活前に一人で屋上で練習しているのには訳がある。そこから見えるもの、聴いてもらいたい人。気持ちを打ち明けられない分、楽器に想いを込めて演奏する。しかしまた、トップクラスの男子達からは、からかわれる対象に過ぎない。それを知ってか知らずか、それでもサックスを吹き続ける乙女心はピュアである。

そんなダメ同士の亜矢と前田の対決は、笑えるが切ないものがある。屋上や校舎裏での場所の奪い合い。校内では下のランクと自他共に認めるものではあるが、自分達のやりたいことを譲ることは、それこそ自分の存在価値を失ってしまう可能性があるだけに、必死だ。亜矢の真剣さを感じ取った前田の行動は、妥協ではなく共感だと思う。

やがて物語は、登場人物達を屋上に一同に集めて、クライマックスを迎える。亜矢達吹奏楽部の演奏する曲が、バックで感情を盛り上げる。これまでじっと耐えていた前田の叫びは、ほんの少しだけ体育部と文化部の接点を作る。前田にもこれ以上譲れないプライドがある。トップクラスからその存在すら無視されている人間にも、悩み傷付く心はあるのだ。前田と宏樹の会話が、胸に沁みてくる。

3年冬になっても野球部を辞めない宏樹の先輩の存在が心に残る。ドラフトが終わるまでは在籍したいという先輩に心動かされる宏樹。前田との会話で、前田が自分が将来映画と関わることに対する諦観。自分は一体何をしているのか、夢と希望と現実の狭間で揺れ動く高校生の心理描写が素晴らしい。

僕も高校時代は映画関係の道を進むことが夢であった。しかし、進路指導の教師や親に反対され、自分の夢を諦めたことが、今でも悔しくてならない。高校生ではもう自分の実力は自分でも分かっている。どこかで現実との妥協点を見出さなければならない、悲しい年代でもあった。


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