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本日は曇り。
先ほどから、ぽつりぽつりと小雨が降ったり止んだり。
今日は朝から地区のグランドゴルフ大会であったが、終了までどうにかもって呉れて、無事楽しむことが出来た。
著しく高齢化が進行している集落だから、参加者は大半がお年寄りばかり?
大会なんて呼べる程ではなく、どちらかと言えば練習に近い内容で、一つの親睦会。
さて、昨日は久し振りに家内の実家に行って来た(由布市庄内町)。
実は結婚以来三十数年間、ずっと米は庄内米を食べ続けている。
しばらく何年間は縁故米というか、家内の姉妹は皆さん全くの遠慮も無しに只で戴いていたけれど、それでは家を継いでいる兄夫婦に申し訳なくて、「何かしらの単価を決めるなりして注文制にしてみたら・・・」と提案して、他の姉妹とも話し合いをするよう家内に伝えたことがあって、以後適正な価格での予約制となっている。
栽培する身に配慮すれば、各種機械類の償却費、肥料、その他諸々の手間等々大変ですからね。
こうして、今でも美味しい米が食べられます。
土地柄なのか、育て方なのか、○○ニシキなど有名ブランドなど問題にならないくらいに美味しいお米なのです。
私の娘など要領が良くて、米がなくなると、「この米食べつけたら、市販の米は食べられない・・・」なんて家内を持ち上げるものだから、家内もついつい調子に乗せられて、娘に只で供給してしまうことになる。
まっ、いいけど・・・。
そこで、今年も10袋の米を予約して来た。
ついでに、今年は豊作の柿をどっさり戴いて来た(これは只)。
ところでこの季節、庄内方面への道中は、本来クリーンな空気と青空の下、秋の田園風景のはずなのですが、昨日の靄はひどかった。
遠くの峰々は見通せず、「どうも普通でないな・・・」とは感じながら運転したのですが、昨晩のニュースによれば、もう少し奥地の日田盆地方面では例のPM2.5に対する警戒警報が発令されたとのこと。
やっぱりね・・・。
かなり離れた日本でさえこれだから、自国の健康被害はもっと酷いだろうに・・・。
当面打つ手なし、困ったものです。
かの国も、異様な拝金主義に陥っていますからね。
でも、どこかの国の高レベル放射能もコントロール出来ていませんね。
これも、外国から見れば同様に迷惑なのでしょう。
全く持ってずさん、当事者意識の欠如。
更には、仮に正常なその他の原発であっても、そこから発生する大量の高レベル放射能廃棄物の処理方法が全くの目途が立っていないと云うし、本当は、PM2.5以上に危険なのかも・・・。
こんな田舎であっても、何かと住みづらい世の中になって来ましたね。
空家の空地に蔓延るセイタカアワダチソウ(見ただけでも気管支炎になりそう?)。
さて、今年も、美味しい米が食べられます(新米)。
咲き始めたツワブキの花。
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環境保護
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本日は晴れ。
昨年の夏は異常気象としての猛烈な暑さ、そして、この冬の寒さ・・・。
この季節、朝は7時近くになってようやく朝日が登ってくる。
それでも、夕方は随分と日が長くなったと感じます。
時折、ピューと音を立てて強い風が吹いています。
九州では、ちょうど大分辺りが冬の気候の境界線のようです。
福岡、佐賀辺りは日本海側のような雪マークの日が多い。
一方、大分、宮崎は晴れマーク。
従って、大分県の北西半分、特に奥地の山岳地帯である日田、湯布院辺りは雪が結構降るのです。
そして、大分市を含む県南は先ず雪は降らないのです。
さて、田舎暮らしをしていますと、日々、何かと天候と直結しています。
海辺の小さな集落では、なお更です。
日々風向きは異なり、潮には干満の変化があります。
大潮、中潮、小潮、日々潮のリズムは変化するのです。
潮は、時計というよりも、まさに月の動きに関連していますよね。
そして、何事もスロー。
週末菜園、週末漁師などしながら、カメレオンの如く、一人何役にも変身です。
直ぐそこに色々な季節事の自然がころがっていて、それに上手く調和しながら暮らすのです。
さて、朝間にワン公の散歩を兼ねての浜の漂着ゴミの片付けを日課としている私。
とはいっても、今の季節はほとんどやることがありません。
この季節は北西の風、従って私が暮らす地域への漂着物は比較的少ないのです。
風向きによって、浜辺に打ち上がる漂着物の量が全く異なるのです。
ところが、春先以降は全く逆に、大量のゴミが打ち上がるようになりますけど・・・。
(もっとも千切れた海藻類は有益です。畑の肥料に使えます)
大半の迷惑ゴミは直接海へ投げ込まれるというよりも、恐らく何らかの原因で河川経由で町から流れ出て、海を漂流するのでしょう。
これら人工系ゴミの大半は化石資源による有機化学工業製品でしょうかねー。
風化、分解の困難なものばかり。
各種容器、靴、玩具、包装、トレー、シート、ロープ、釣具、タイヤ、バケツ・・・。
そのうち浜に打ち上がるのは、全体の一部かも?
大半は当分の間、海面なり海中を漂っているか、海底に沈んだりしているのでしょう。
先進諸国による戦後の科学と産業の飛躍的発展・・・。
その結果としての大量のプラ系ゴミなんですよね。
それまでは、こんな始末の悪いゴミはなかったはず。
人類史上、ほんのこの5,60年のことです。
それ以前の時代には、生活用品なり、必要な道具類は自然系素材で作られていたものばかりであったはず。
そして、何よりも物を大切に扱っていたと思います。 現代社会のゴミの大半は、いわゆる循環型素材とは対極をなすプラ系ゴミです。
こうした漂着ゴミを見るにつけ、思うのです。
人間は地球環境に対して、また、他の動植物に対して、誠に罪つくりなことをしていると・・・。
果たして、こんな無責任な生活はいつまで続けられるだろうかと・・・。
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還暦になりましたので、 |
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