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12月6-8日の3日間で岡山県備中・備前の5つの名城を回るというツアーに参加して妻と二人でお城巡りを楽しんできました。 楽しむといっても古代山城の鬼ノ城ではハイキングというより山登り的なコースを息を弾ませて登城、雲海に浮かぶ備中松山城を見るためには朝6時にマイクロバスで気温0度以下という向かい側の山に登り展望台から撮影したりと楽な城巡りではありませんでした。 詳しくは近日中にウェッブサイト(ホームぺージ)「日本の城郭」 http://www.geocities.jp/sugiworld/ に多数の写真とともに登城記を掲載ししますが、速報としてこのブログに各城1枚ずつの写真、簡単な説明を記しておきます。 最初に訪れたのは岡山県津山市にある津山城(上の写真)です。森忠正・・というより森蘭丸の弟という方が分かりやすいでしょう・・が築いた津山城です。現在は鶴山公園となっており桜の名所でもあります。復元された備中櫓、石垣(上の写真)などが見ものでした。 2日目に訪れたのは備中松山城(高梁市)です。国内で最も高いところに天守が現存する山城で、雲海に浮かぶ城を見るために早朝からマイクロバスで展望台のある向かい側の山に登りました。好天に恵まれ雲海が薄れていく頃合いに撮影しました。 続いて豊臣秀吉が水攻めをしたことで知られる備中高松城跡を見学しました。高松城はもともとが沼地の中のわずかな陸地に築かれていた砦ですから水攻めは誰もが考え容易にできたないでしょうか。写真の建物は資料館で、その付近が二の丸、少し左に行ったところが本丸ということでした。 3日目はまたしても山城です。吉備高原の南端にある鬼城山(総社市)の山頂をぐるりと土塁と石垣で囲んだ古代の山城・鬼ノ城で、大きな門が復元されていました。かなりきついハイキングでやっと登りつきました。 最後は宇喜多秀家が築いた3層6階、黒漆塗りで黒い外観から烏城ともいわれる岡山城です。戦災で焼失したため再建されたものですが、5代目の城主が建てた月見櫓は現存しています。写真は名園・後楽園から橋を渡り登城して撮影したものです。 城巡りの旅の記録はウェッブサイト(ホームぺージ)「なごやスギワールド」 http://www.tcp-ip.or.jp/~sugiyama/index.html に、また各城の詳細は「日本の城郭」 http://www.geocities.jp/sugiworld/ に掲載します。
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日本の城郭
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ウェブサイト「日本の城郭」 http://www.geocities.jp/sugiworld/ に愛媛県松山市にある湯築城の登城記と写真多数をアップしました。 昨年春、四国の名城めぐりというツアーに参加して9つもの城を回った登城記がこれでやっと完成です。 その後、東海3県でもいくつかの城を訪ねているのですが、四国の城優先でそれらも半数近くはまだ解説、写真のアップができていません。引き続き写真を整理をし解説を執筆、できるだけ早くアップします。
湯築城は愛媛県松山市の道後温泉、松山城のすぐ近くにあり、小高い丘を中心に2重の堀、土塁を巡らせた中世の城で、全域が道後公園になっています。写真は道後公園の正門入り口で、かつての湯築城の搦手になります。<BR>
室町期以降、伊予国守護の河野氏の居城として伊予統治の中心となっていました。戦国期、河野弾正少弼道直が温付堀(現在の外堀か)を築き堅固な城になりました。<BR>
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この時期の典型的な平山城で当初は丘の上に望楼程度のものはあったようですが、近世城郭のような建築物・・天守、櫓などはなく堀と土塁だけの城です。<BR>
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平成10年(1998年)から4年がかりで発掘調査が行われ武家屋敷や土塀の復元、資料館なども設けられ公園として整備されました。 |
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またまた1年余前に登城した香川県高松市にある全国的にも数少ない水城・高松城についての詳細をウェブサイトにアップロードした報告です。一昔前に初登城しているので2回目の訪問になりますが、本丸、天守台の石垣が解体修理中でした。 写真は石垣の下、門の前まで瀬戸内海が迫っていたは月見櫓、水手御門です。今は周辺が都市化で埋め立てられましたが、それでも月見櫓の石垣の向こうは道路一つを挟んで瀬戸内海に連なる高松港です。月見櫓脇の小公園には水城らしい雰囲気のするように石垣の下、門前に池が設けられていました。 高松城には三層三階、渡り櫓付のこの月見櫓のほかに艮(うしとら)櫓、藩主の御殿・政庁である書院造りの披雲閣などがあり、海水を引き入れた内堀、中堀などもあって見応えのあるお城でした。 詳細は多数の写真付きで
ウェブサイト「日本の城郭」 http://www.geocities.jp/sugiworld/ に、 また ポータルサイト「なごやスギワールド」 http://www.tcp-ip.or.jp/~sugiyama/index.html に掲載しています。 |
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ホームページ、ブログなどがいろいろあって更新が滞りがちです。旅行、城巡り、ラジコン遊びなど自分のためのメモであるとともに出来るだけ多くの人にも読んでいただきたいと欲張りなことを考えています。このため更新するにもいろいろと調べたり文章にも雰囲気を伝え正確に・・と考えていますので手間が掛かります。 今回の登城記も1年半も前のことを今ごろになってのアップです。ネタは腐ることはありませんのでまあ良しとしましょう。更新遅れのいいわけです。 四国平定に軍功のあったした蜂須賀小六は豊臣秀吉から阿波国を与えられましたが高齢を理由に子の家政に譲り、家政が藩祖となりました。徳島にあった小高い城山に城を築1きます。ここには南北朝時代に小城が築かれ永禄年間(1558−1569年) には山上の渭山城に森高次 麓の寺島城に福良吉武が居城していました。 徳島城はこの2つの城を統合して新しく築かれたわけで標高62メートルの山頂に本丸、天守がありましたが、天守は間もなく取り壊され本丸より一段低い東二の丸に御三階櫓が築かれ天守代わりに使われました。 なぜ天守が取り壊されたのか、なぜ東二の丸に天守代わりの櫓が建てられたのかは分かっていません。景観のため、防備の問題などが考えられています。 明治維新の廃城令で天守、櫓などはすべて取り壊され現在は何も残っていませんが、堀、石垣などのほか建物としては市民から寄贈された正門の鷲の門があります。 城跡は公園として市民に開放されており桜の名所でもあります。訪れたときはちょうど桜の時季であちこちで花見の宴が繰り広げられていました。 |
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いろいろやることが多くてしばらく更新の滞っていた 城巡りのウェブサイト「日本の城郭」 http://www.geocities.jp/sugiworld/ を更新しました。 合わせて私のウェブサイト、ブログ、ツイター、フェイスブックの ポータルサイトとでもある「なごやスギワールド」 http://www.tcp-ip.or.jp/~sugiyama/ も更新しました。 日本一高くて美しい石垣の城といわれる丸亀城は・・・ 播州赤穂の生駒親正は豊臣秀吉に信任され天正15年(1587年)に讃岐一国を与えら17万6千石の領主として讃岐に入り本拠の高松城を築きました。さらに支城として丸亀平野の小高い丘に丸亀城を築き慶長7年(1602年)に一応完成しました。
ついで山崎家治が西讃岐から丸亀城主となり城の大修築をします。この改修で山麓から山頂まで4段に重ねられた石垣は高さが合計して60メートル、日本一高い見事な石垣を持つ城(2012年4月10日撮影)になりました。 |



