暇人の戯言<Ocurrencias de un ocioso>

徒然なるままに、日ぐらし硯に向かいて、よしなし事を、そこはかとなく書いております

流鉄BEER電車

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流鉄BEER電車

 ローカル線の駅で、ビールを片手にライブに酔う「流鉄BEER電車」が、流鉄流山線流山駅とその周辺の流山本町で開催された。平成27年に流鉄開業100周年を記念して開催されてから、4回目になる。
 町おこしの一環として開催されたものだ。ホームに停めた車両内で立ち飲みしたり、駅舎の周りで飲食したりできる。フレンチやイタリアン、和食、カレーなどの人気店がビールに合うメニューを販売する。
 ライブは車庫と倉庫の2か所のステージで行う。流山出身の世界的なバンジョー奏者の青木研、シンガーソングライターの加賀谷はつみ、柏市のご当地アイドル「コミック☆倶楽部」とプロデュースしたパッパラー河合らが出演した。
 「ビール電車」とは、電車に乗りながら美味しいビールが味わえる、非日常体験が魅力のイベントである。この催しはローカル線を中心に、全国60か所以上で行われている。中でも、ビールにおでんまで提供する豊鉄ビール電車「おでんしゃ」は、「走る屋台」として人気のようだ。
 客は結構出ていた。家族連れが多い。子供たちには「走る!流鉄ジオラマ」が人気だ。昭和レトロな街並みのジオラマを背景に、全長30mの線路を流鉄の大型模型が走る。テーブル席はほぼ満席。我が家の出ずっぱり犬「ノン太郎」を連れてでは、落ち着いて飲んでもいられない。
 流山電鉄は、大正5年(1916)に町民出資による町民鉄道として開業した。JR常磐線馬橋駅と流山駅を結ぶ6駅5.7kmのローカル線である。日本で最も短い路線の一つと言われる。
 開業当時の列車には燈火の設備がなく、夜は提灯を持って乗ったという話が残る。あまりの暗さに、蛍がただ乗りすることもあったという。芥川賞作家・李恢成の小説『哭』に流鉄が出て来る。夫人が流山1丁目の生まれなので、李恢成は何度も乗っていたことだろう。
 成田の芝山鉄道は2.2km、和歌山の紀州鉄道は2.7km、流鉄が5.7km、銚子電鉄は6.4km。これらが、短い鉄道のベスト4である。流鉄はつくばエクスプレスの開通により、経営不振に落ちいったと聞く。銚子電鉄は濡れ煎餅で経営を支えているというが、流鉄は賃貸不動産で凌いでいるようだ。
 近くの浅間神社では、「切り絵行灯と音楽の夕べ」を同時開催していた。地元住民や小中学生が手作りした行灯が並ぶ中、舞台では邦楽やジャズ、新撰組演武などが行われた。
 「町おこし」や「地域活性化」が、近年とみに盛んである。英語圏では、「vitalization」や「revitalization」と表現されている。花火大会や盆踊り、観光振興やB級グルメなど、色々なイベントが催される。若者の流出に歯止めをかけ、新住民を呼び込み、地域文化の担い手を確保することにある。
 JR九州の新幹線や豪華列車「ななつ星in九州」、しなの鉄道軽井沢駅等、多くの建築・車両プロダクトデザインを手がけている水戸岡鋭治氏は、地域創生・町おこしで成功したい人が、知っておくべき要素が2つあるという。
 その1つは変化を恐れず、変化を受け容れ、変化を創り出す姿勢だという。2つ目は自分を楽しませる、他人を楽しませることだと。確かにそうかもしれない。
 石破茂元地方創生大臣は、町おこしには3人の人間が必要だと言っていた。それは「若者」「バカ者」「よそ者」という3種類の人間だそうだ。「若い者は黙っておれ」「よそ者は黙っておれ」「バカなこと言うんじゃない」では、地方の創生はあり得ない。
 江戸川の水運で栄えた流山は鉄道の時代に乗り遅れ、100年近く「鳴かず飛ばず」の時代を過ごした。平成17年のつくばエクスプレスの開通に伴い、今や県下一の人口増加率を誇る。人口19万人に届こうとしている。
 しかし、これからが勝負だ。「変化を恐れず、変化を受け容れ、変化を創り出す」そして、「自分を楽しませ、他人を楽しませる」品格のある街にして欲しいと思う。

平成30年9月8日

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俳句ー62


鰯雲 みすゞの鰮(いわし) 大漁だ

ゆるゆると 鉄橋渡る ひつじ雲

白鷺の 風に向かいて 力こぶ

秋の風 さまざまな音 聞こえ来る

座禅組む ペディキュアの赤に 我忘れ

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スズメ(雀)

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スズメ(雀)

 最も身近な野鳥と言えば、スズメではないだろうか。春から夏にかけては住宅地や市街地で良く見かけ、秋から冬は田んぼなど農村部に多く見られる。人の住んでいない山奥には殆どいない。カラスやハトもそうだが、人との関わりが深い鳥である。
 スズメの語源は、「スズ」は鳴き声を、「メ」はカモメやツバメのように群れを成すことに由来する。日本語では「雀」と書き、少ないことや小さいことを形容する。「雀の涙」である。中国語では「麻雀」と書き、小さい鳥の総称として用いる。日本では麻雀は「マージャン」のことだ。
 春に屋根瓦やといなどの住宅の隙間に巣作りをし、4〜6個の卵を産む。子育てをし、5月下旬から6月ごろに巣立つ。夏は穀物や草木の種子、昆虫などを食べて成長し、秋には大きな群れを作って街路樹やヨシ原をねぐらとする。田んぼで稲穂や落ち穂を食べるため、町から姿を消すこともある。冬にはまた町へ戻り、「ピッ、チュッ、チュイーン」と愛を語る。
 ここ20〜30年でスズメが半減したという。空き地や草むらが少なくなり、餌が減った。田んぼが減った。コメの収穫の効率化で、稲穂に接する期間が減った。村は過疎化で、人がいなくなった。屋根瓦や建物の隙間がなくなり、巣を作る場所が減った。スズメの世界も住宅難、食糧難ということのようだ。
 スズメの寿命は2〜3年と言われるが、カラスやイタチなどの天敵も多く、産卵直後の期待余命は半年以下との説もある。
 スズメは益鳥なのか、害鳥なのか、意見が分かれる。春先は苗の害虫を食べる益鳥として扱われ、秋には稲の籾米を食べる害鳥となる。スズメを追い払うため、「スズメ追い」「鳥追い」などの慣習が各地にあった。案山子もスズメ追いの道具として作られた。民謡や民話も多い。
 「舌切り雀」、「腰折れ雀」などの民話がある。落語には、「抜け雀」がある。童謡に「雀の学校」、「雀のお宿」、それに滝廉太郎作曲の「雀」などがある。
 小林一茶の「雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る」という代表句がある。尾崎紅葉の「子雀や 遠く遊ばぬ 庭の隅」というのもある。
 スズメと人との係りは深い。家紋にもなっているほどだ。勧修寺家の「雀紋」、その派生に上杉氏の「上杉笹」、その派生である伊達氏の「仙台笹」「宇和島笹」などだ。
 慣用句も多い。「雀百まで踊り忘れず」、「雀の千声 鶴の一声」、喜びのあまり小躍りする様を「欣喜雀躍」、筆跡の拙さを「雀の踊り足」という。将棋に「雀刺し」という戦法があるそうだ。飛び道具と言われる飛車・角行・香車を一筋に集中させ、一点突破を狙う作戦だ。
 伊東四朗や小松政夫の「電線音頭」というのもあった。「電線にスズメが三羽止まってた ヨイヨイヨイヨイ オットットット チュチュンガチュン」と、子供たちに一時期はやった。
 スズメの分布の範囲は、西はポルトガルから東は日本までのユーラシア大陸。北はあまり寒い地方にはおらず、せいぜい北緯60度まで。ボルネオ島、スマトラ島、ジャワ島などの熱帯・亜熱帯にも分布するが、インドには殆どいない。
 スズメは「チュンチュン」とよく囀るので、噂話を好む人をスズメに例えることがある。スズメが半減したと言われるが、その分、おしゃべり好きの老人が増えたということか。スズメと人の棲み分けが進んでいるようだ。

平成30年9月5日

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俳句ー61


蜩の 鳴くを見上ぐる 水柳

かなかなの 悲し悲しと 鳴く夕べ

嵐過ぎ つくつく法師 姦しく

涼風に 走れ走れ ノン太郎

MRI CTに内視鏡 検査漬け

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FINDING YOUR FEET

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FINDING YOUR FEET

 「自分」を楽しめば、人生は輝きだす。泣いて、笑って、踊りましょう、幸せのステップで。英豪米加合作のロマンティック・コメディ―映画「FINDING YOUR FEET」が封切られた。「かかとを鳴らし、自信を持って進め」「自分の足で立て!」という意味だろうか。邦題は「輝ける人生」である。副題は「ホップ・ステップ・ダンス」
 長年連れ添った夫の浮気をきっかけに、人生を見つめなおすことになる女性の姿を、笑いと涙、音楽とダンスを交えて描いた人生賛歌のドラマである。イメルダ・スタウントン(サンドラ・アボット役)が主演を務め、ティモシー・スポール(相手チャーリー役)、セリア・イムリー(姉ビフ役)らイギリスのベテラン俳優が出演する。名匠リチャード・ロンクレインがメガホンをとった。
 35年間連れ添った夫がナイトの称号を授与され、自身もレディとなったサンドラは、順風満帆に見えた人生だった。しかし、夫が自分の親友と不倫していることを知る。浮気現場を目撃したサンドラは、荷物を纏めて自宅を飛び出し、ロンドンに暮らす姉のビフの家に転がり込む。金や名誉とは無縁のビフは、親友やダンス教室の仲間に囲まれ、人生を謳歌していた。妹を心配するビフは、サンドラをダンス教室へ連れていく。かつてダンサーを目指したこともあったサンドラは、音楽とダンスに心を癒され、忘れかけていた情熱を思い出していく。
 ダンス教室の仲間たちは、自由奔放で魅力的な人ばかり。彼らとの交流を通じて、サンドラは離婚が人生の破たんを意味しないこと、恋愛は全ての世代に開かれたものであることを学ぶのだった。
 ダンス教室の仲間には元プロダンサー20名が選ばれ、見事なダンスを披露してくれる。平均年齢63歳の3人のキャストと72歳の名匠が教えてくれたものは、勇気さえあれば金と名誉という息苦しい世界からあっさり抜け出せるということだった。
 前評判の良さに惹かれて、かみさんを誘ってみた。「熟年のダンス映画だよ」に、騙されたのだろう。一緒に行くことになった。しかし、離婚して人生を取り戻す内容に、自分より連れ合いをイメージしたのだろうか、あまりいい反応を示さなかった。映画館は熟年というより、老齢のご婦人が多かった。しかも一人で。
 サンドラは元のさやに戻るが、そこで見たものは相も変らぬ格式と名誉に拘る姿だった。サンドラのために開かれた誕生パーティーのさなか、会場から逃げ出し、妻を失いボート生活のチャーリーのもとへ走る。靴を川に投げ捨て、必死に走る。今まさに、旅に出ようとするチャーリーのおんぼろボートに、飛び乗ろうとする。そこで映画は終わる。
 若き日に見た「卒業」のシーンを思い出した。ダスティン・ホフマンとキャサリン・ロスが手に手を取って、教会を飛び出しバスに飛び乗る。サイモンとガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」が静かに流れる。
 この映画「輝ける人生」には、美しすぎる人や格好良すぎる人は出てこない。しかし、人生の教訓になる名せりふが一杯だ。「死ぬことを恐れているからって、生きることも恐れないで」「ここより広いところへ、世界を見に行くの」、な〜んてね。音楽もいい。「ロック・アラウンド・ザ・ロック」「月影のナポリ」「美しく青きドナウ」など。
 「自分が楽しくなければ、相手も楽しくない」とよく言われるが、「自分が人生を楽しめないと、人を幸せにできない」ということだろう。人間は人の目を気にすると、どんどん小さくなっていく。「35年間、自分自身を裏切っていた」と、言い切るサンドラの姿が印象的だった。
 この映画には、人生を輝かせるヒントがある。ボートに飛び乗るラストシーンが泣かせる。一般に、人生はなかなかこうはいかない。だからこそ、この映画の価値があるのだろう。

平成30年8月27日

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