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化学物質過敏症のTV放映のお知らせ |
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靖国問題の歴史の再確認の為の覚書、年表。 |
ニュースによると KDDIのau端末「G'zOne W42CA」と「W42H」において、メール本文に特定の文字を入力すると端末が再起動する不具合がみつかった。 具体的には、メールの本文に「%n」「%S」と入力すると、端末が再起動してしまうと言う不具合。 らしい 買ったばかりの我が携帯 G'zOne W42CA に、早速に入力してみる! %n ……‥ お!再起動した! %S ……‥ お〜〜再起動した! どうやら我が携帯も、
不具合にする事に、不具合はないようだ! なんとなく、安心。。。。笑。 |
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え〜〜、安倍ちゃん、もう行ってたの〜〜?!笑。 8月15日に行って欲しいと思う私にとっては、少し複雑な心境ですね…。 おそらく、今回この時期のリークの目的は、国内世論の反応をちょっと見てみよう、と言う安倍さんの武力偵察と言ったところでしょうね〜〜笑。 中国王毅駐日大使は8月15日を前に帰国する事を表明しており、『Xdayを前に召還か〜?!』とも思ったが(笑)、ただ単に逃げ出したいだけなのか、日本へのプレッシャーの為か、どう言う意図であるかは不明〜〜。 ちょっと、再確認の意味で、靖国問題の歴史を整理みる。 1964年 日本社会党佐々木更三委員長が毛沢東国家主席に「中国国民に多大の損害をもたらして申し訳ない」と挨拶したところ、 「何も申し訳なく思うことはありませんよ。日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらしました。 中国国民に権利を奪取させてくれたではありませんか。 皆さん、皇軍の力無しには我々が権利を奪うことは不可能だったでしょう」と発言。 1975年 この年を最後に昭和天皇の親拝が跡絶える。 3年後のA級戦犯合祀に対して、昭和天皇が「だからあれ以来参拝していない」と1988年に語ったとされる富田メモに、三年の矛盾が指摘されている。 1978年 A級戦犯合祀。この時点での諸外国からの抗議は皆無でした。 1985年8月7日 中曽根康弘が首相として公式参拝を表明したのに対し、朝日新聞が「特集・靖国問題 アジア諸国の目」の中で「中国は靖国問題について日本の動きを注視している」と報じる。 しかし、当時の中国のマスコミに、そのような動きはまったく確認できなかった。 ちなみに1945〜1985年の間に日本国現役首相は、のべ60回ほど参拝しています。 同年8月11日 朝日新聞の記事をうけ中国の人民日報は、日本国内に中曽根首相の靖国参拝に批判的な動きがある、と報じる。 同年8月14日 中国政府スポークスマンは、中曽根首相の靖国参拝はアジアの隣人の感情を傷つける、と正式な反対表明を行う。 以後、現在まで、内政干渉が続く。 2002年7月 国会答弁で「国として靖国神社の行う合祀には関わりを持っていない」事が再確認される。 2005年4月27日 中国の王毅駐日大使が自民党の外交調査会での講演で、首相、官房長官、外相の3人は在任中に参拝しないという「紳士協定」があったと発言。
この「紳士協定」は、中曽根内閣当時に中国側の求めにより口頭でなされたと発言。 日本の外務省関係者は協定の存在を否定。 翌日、中曽根元首相は「王大使の記憶違い」と述べて紳士協定の存在を否定し、中国大使館へ電話で抗議する。 |
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お昼に築地市場場内に行って来ました! |


