|
アイルランド。チェルノブイリ。ヴィム・ヴェンダース。セラフィールド。 U2と関係なく出会ったけれど、U2に強く結びついていたもの。 ワタシにとってのルチアーノ・パヴァロッティは、そんな存在のひとつだった。 「Pavarotti and Friends for the Children of Bosnia」を初めて聴いたのは友人の部屋だった。 折からの三大テノールブームに加え、ワタシはイタリアにはまっていて、パヴァロッティはもちろんのこと、ZuccheroやJovanottiといったイタリアのポップを聴けたのが新鮮で嬉しかった。 でも何より驚いたのは、不用意にボノの声を聴いた"Miss Sarajevo"だった。 ワタシはU2しか追っかけていなかったからPassengersは聴いていなくて、ちょうどZooropaからPopに至る「空白期」だった。 あの時からずっと、パヴァロッティを慕わしく思うようになった。 「キング・オブ・ハイC」と呼ばれたパヴァロッティの黄金期がいつなのか、門外漢のワタシには分からないけれど、当時の彼の声はすでに絶頂期にあるとはいえなかっただろう。 かつて「叙情的で軽やかなテノール」と評された高音には翳りがあったし、マイク使用への非難、あるいはプラシド・ドミンゴやホセ・カレーラスと比較しておとしめるような言質もあった。 だがそれは、三大テノールのコンサートの興行的な成功や、ジャンルを問わない「大衆的に過ぎる」ステージ活動に対する嫉妬や批判が含まれた報道だったのだろうと、今は思う。 パヴァロッティに捧げた追悼の言葉の中で、ボノは(明言とは言えないかもしれないが)このことに触れている。 「Even when the voice was dimmed in power, his interpretive skills left him a giant among a few tall men」 声の力は衰えたけれど、解釈の技量によって彼は偉大な歌手であり続けた。 この部分に、ワタシはボノの歌手としての葛藤と、詩人としての喜びを見る。 ボノもまた、かつて有した高音を失ったボーカリストである。 けれど今の彼が昔の彼に比べてボーカリストとしての力量が劣るかというと、決してそうではない。 Vertigoさいたま公演の絶好調は言うに及ばず、たとえばPopサラエヴォのようなまったく声が出ないような状態にあってさえ、彼は感動的なまでの叙情性を発揮する。年ふるごとに成長を続け、いっそうの成熟を見せているのだ。 そしてボノの場合も、理解しようとしない人々は存在し、抜き身の剣のような言葉でもって彼を傷つける。 一方で"Miss Sarajevo"を書いた詩人としては、パヴァロッティという抜きんでた解釈の力を持った歌手にその詩を歌われたことは非常な幸福であっただろう。 とくにパヴァロッティパートの最後の部分(以下は英語詞)、 And I'm not able to pray anymore And I cannot hope in love anymore And I cannot wait for love anymore 「Love shall come」に続く絶望的にも響く詩を歌うパヴァロッティの声には絶望は微塵ほども含まれていない。 「もう祈れない、もう希望を持てない、もう待てない」。だから諦めるのではない。ただ祈り、期待し、待つだけの現状を脱し、自ら愛に向かって歩を進める。そういう歌なのだということを、パヴァロッティの歌唱は感じさせて余りある。 そんじょそこらの歌手が歌ったなら絶望的な否定形はそのまま絶望として受けとめられるだろう。"Miss Sarajevo"はそういうアクロバティックな歌なのだということに気づく。 ボノもまた、解釈と叙情性に優れた才能を持つ歌い手である。 "Do They Know it's Christmas?"の「Well tonight thank God it's them instead of you」の1行は、ボノが歌わなければならない、またボノでなければ歌うことができない歌詞だった。 20年を経て再びこの曲がレコーディングされた際には何人ものボーカリストがこの1行を歌うことを望み、実際にテストがあった上で、ボノが再び歌うことになった。 そしてボノは20年前とはまったく違うアプローチでこの箇所を歌い、「この20年はいったいなんだったんだ」という世界に(そこには彼自身も含まれるだろう)向けた非難をにじませたのである。 パヴァロッティの「new ideas, new people, new song forms」を愛し様々なジャンルのアーティストと共演する柔軟さと、ボスニアの子どもたちのために自ら(アイルランドにU2を訪ねたように)世界中を飛び回る情熱。それもまたボノの姿に重ね合わせることができる。 同じ才能に恵まれたボーカリストであるボノの目には、余人よりもいっそうパヴァロッティが偉大で揺るぎないものとして映り、それゆえに愛も深かっただろう。 「people don't understand about Luciano Pavarotti」。「can't」ではなく「don't」。 理解できないのではなく、理解しようとしない人々のパヴァロッティ批判に出会うたびに、ボノが苛立ち憤ったことは想像に難くない。 パヴァロッティの耳にその批判が届くことを思い、心を痛めたこともあるかもしれない。 ボノが回想するパヴァロッティ像は強い信念とユーモアを併せ持つ。 ワタシはパヴァロッティに対して(不遜な言い方を許していただくとして)愉快でかわいらしい人だという印象を抱いていたことを思い出した。 ボノの追悼の言葉は、かつてパヴァロッティを傷つけようとしたあまたのメディアの言葉(「偉大さの喪失」や「老いらくの恋」)を拭い去り、彼の価値が損なわれたことなどないと明らかにするためのものだ。 これはパヴァロッティが最後にボノに贈った囁きへの返礼なのかもしれない。
力を失った囁きが愛に満ちていたように、ここにもまた溢れんばかりの愛が存在する。この上ないはなむけの言葉である。 |

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- 洋楽





合掌
2007/9/8(土) 午前 8:17
素晴らしい文章をありがとうございました。
偉大な歌い手とは、自らの内なる魂の咆哮を
多くの人々の琴線に触れ、精神の交感へと導く事が
出来る人物の事なんだなと改めて思いました。
2007/9/8(土) 午前 11:25 [ しみけん ]
訃報を知った時 真っ先に浮かんできたのがご本人の姿"Miss Sarajevo"を歌ってるとこ。それからBono、それから満月さんでした。彼の訃報を知ってbonoが心を痛めるに違いない、そのボノを思って満月さんが…という連想なのだと思います。ある意味訃報で心を痛める私の知る人々のシンボルみたいに感じちゃったのかも(変な例えですみません)
ですがボノが今回発した哀悼の言葉のようにいい意味での連鎖って世の中に存在するのは確かだと思いました。
ご冥福を祈らせていただきます…
ボノとパヴァロッティさんの魂の豊かさやユーモア等は皆さんもおっしゃるようにとても似ているところがありますね。いつも思うのだけど、人間というものに対する深い愛と尊敬を持ち続けていられるのが驚異的です。 以前この曲にとても支えられていた時期があり、思い入れ深い曲ですのでなお、満月さんの解釈にとても心を動かされました。 ボノの言葉訳も自分では読取りきれないので感謝です。
長文すみません。
この記事をあげられた時間を思うと満月さんの情熱が伝わってきますね
2007/9/8(土) 午後 1:54 [ ゆのわん ]
>しみけんさん
おっしゃるとおり、ボノもパヴァロッティもそういう稀有な力を持った人だと思います。
そんなふたりの「精神の交感」はワタシたちには想像もつかないほど深いところに及び、お互いに与えあったものはとてつもなく巨大なものだったろうと思うのです。与えることにも受け取ることにも才能を持ったふたりだから。
そんなパヴァロッティを失うことがボノにとってどんな痛みなのか、ちょっと怖すぎてまじめに想像できずにいます。
2007/9/8(土) 午後 2:21
BBC、F2、RTR、TVE、ZDF…昨日の朝、テレビで見たヨーロッパ各国のニュース番組は、どれもパヴァロッティの訃報をトップで伝えていました。モデナの自宅から、葬儀が行われる教会へ棺が移された時、最後のお別れをしようと集まった沢山のファンが、大きな拍手で迎えていました。日本では、こういう時は合掌して迎えるのが普通だと思いますが、海外では拍手なんですよね。見ていて胸がいっぱいになりました。ボノは葬儀に参列するんでしょうか。私も心の中で拍手をして、パヴァロッティの旅立ちをテレビの前で見守ろうと思います。
2007/9/8(土) 午後 2:31 [ suzukei ]
>ゆの太
パヴァロッティに捧げられたボノの言葉があまりにもたくさんの感情に彩られているので、昨日は一日中そのことを考えていました。
(ボノのことを考えている日の方が仕事に身が入るということが分かった)
パヴァロッティが最後にボノに囁いたのはどんな言葉だったのかな、とか。その時ボノの隣にはちゃんとアリがいたんだろうな、とかも。
いいなあボノは(笑)
こんな時間になっちゃってるのは検索続きで時間がかかったうえ、記事を一回消しちゃったからです……あはは。
まだ書き切れていないような気がするんだよ。
抜け出せなくて困ったもんです。
2007/9/8(土) 午後 2:40
>suzukeiさん
BBC.comはじめネットではいろいろな人のコメントを伝えていますが、ボノの言葉は特別扱い。長い引用、あるいは全文掲載されています。
たくさんの人が目にしてくれればそれだけボノの思いが伝わるのだなあと、嬉しく思っています。
今日が葬儀ですね。ボノの姿を確認したい。
2007/9/8(土) 午後 2:43
ボノはパヴァロッティ氏のパートを書くにあたって、パヴァロッティ氏の声色で歌う親父ボブを想像して、気持ちを集中していたそうですね。なんだか微笑ましいエピソードです。
満月さんの慈しむような目線で紡ぎだされる言葉に胸を打たれました。近年ボノも声出てないとかいわれること多いですね、確かに。
しかしそれは表面上のことであって、表現力、もっといえば聴き手の内面の深いところにあるデリケートな部分に訴えかけるような声はかつてのボノにはなかったように思います。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。。。
2007/9/9(日) 午前 5:22
週末から車で"Miss Sarajevo"ばかり繰り返し聞いていました。さいたまでのBONOのパヴァロッティパートに感動してそっちばかりきいてましたが、やっぱパヴァロッティは別格だと改めて感じました。初めて聞いた時に、耳からオーラみたいなのを感じたこと思い出しました。それにしても71歳だったのですね、もう少し若いのかと思ってました。パワーと優しさをもったいいおじさんって感じだったので残念です。
2007/9/11(火) 午前 8:27 [ R1100 ]
お久しぶりです。やっとやっと自宅でネットをできるようになりました。ネット社会から離れていたのでかなり浦島太郎状態ですが、パバロッティ氏の葬儀のTVニュースで久々Bonoの姿を見ました。小澤征爾さんも特徴のあるあの歌声が聴けなくなるのは残念だとコメントしていました…Bonoの言葉も満月さんの解釈と一緒に読むことできてよかったです。
2007/9/12(水) 午前 1:46 [ きつね ]
>こうぞうさん
名声には批判が付き物とはいえそれは客観的な言い方で、批判される方はいつだって悲しかったり切なかったりしますよね。
気持ちを共有できる人がいるのはさぞ心強いことだろうと思います。
外に向かって叫び、内に向かって囁いた時期を経て、今のボノは他者に対してとても優しいと思う。優しいだけじゃないけども。
2007/9/24(月) 午前 10:25
>きつねさん
自宅ネット接続おめでとうございます(^^)
ボノの言葉にほんとは解釈なんて必要ないんですが、相変わらず腑に落とさなくてはどうしようもないサガでして……お付き合いいただいてありがとうございます。
2007/9/24(月) 午前 10:30