酔月亭

ブログを引っ越しました! 今後ともよろしくお願いします。

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   全写真はスライドショー 2月20日

もう一カ所、寄ってみたい集落があった。龍郷町秋名という、奄美随一の水田を要する集落である。
奄美の主要農産物はサトウキビ、果実類で、稲作を行っている農家は非常に少ない。江戸中期から幕末期にかけての薩摩藩政で、すべての田をサトウキビに換作させられたためである。
『村 奄美・ネリヤカナヤの人々』という写真集(リンク先ページの中程)で、秋名は今も稲作を行い、また稲作にまつわる祭りが残っている集落として紹介されていた。
いくら亜熱帯の島とはいえ2月ではまだ田植えも遠いだろうが、祭りにゆかりのある場所を見られるかもしれない。
(振り返りながら書いてみて思うのだが、あの時になぜ秋名へ行きたいと強く思ったのか、理由が今ひとつ定かではない。ただ広々とした水田地帯を見たかっただけなのだろうか。)

名瀬の町から峠を二つ三つ越え、時々海を見晴らしながら約30分ほどで秋名につく。父のいつもの方策で公民館を探しながらうろつくと、「ショチョガマ祭場地」という看板に出会った。

 旧暦八月最初の丙の日アラセツ行事を行う。
 この日の早朝、潮が満ち始める頃「ショチョガマ」祭りを行い、
 夕方の潮が満ち始める頃海岸の平瀬で「マンカイ」祭りを行う。
 この二つの祭りを合わせて「平瀬マンカイ」と呼んでいる。
 内容は、稲の豊作を願い、また豊作に対する感謝の念をこめた祭りである。
 起源は琉球王支配下にあった時、ノロを中心に始められたものとされている。

畑の間の細い急坂を上がると、秋名の集落が眼下に見渡せた。
例えば武蔵野のように、田んぼの中にぽつんぽつんと家が建っているのではなく、家は集落の中にあり、田んぼは田んぼで集落の外縁にあるという感じだ。
思っていたほどに広い水田地帯ではなかったし荒れた田んぼも多かった。
公民館は見つからなかったが、カーナビが小学校を表示したので目指す。海沿いに走って、老人施設を回り込んだところに、なかなか大きな小学校があった。
昨今の時勢からして中に入るのはためらわれたが、校門は閉じられていない。車を止め、遠慮がちに中に入ってみる。
片隅に畑があった。ほんの2週間ほど前に自動が芋を植えたのだという。ここでいう芋はやっぱりサツマイモなんだろうかと考えていると、先を歩いていた父が校舎から出てきた男性と話を始めた。ワタシと母も近づいて、挨拶する。教頭先生だった。
公民館と黍搾りの工場を教えてもらって、学校を後にする。

田んぼの真ん中を走っていると、農作業をしている男性がいた。聞けば、苗作りの準備を始めたところだという。関東に比べると2ヶ月くらい早いだろうか。
そのまままっすぐ、田んぼが途切れたところに黍搾り場「さたやどり」があった。人気はなかったので、勝手に見学させてもらう。
高倉と納屋が並んでいて、納屋の中には若い馬が一頭。奄美博物館でみた史料に寄れば、馬は黍搾りの動力である。裏には搾り機があって、どうやらそこに馬を繋いで黍を搾るらしい。もちろん大半はエンジン動力の搾り機を使っているようだったが。

  イメージ 1
  「さたやどり」の入り口。この日はしまっていたが。

  イメージ 2
  高倉と踊りながら近づいてくる父。

ひとしきり見てから付近をぶらぶらしていると(ヘゴを見つけて喜んだり、スモモを見つけて喜んだり)となりの畑で作業をしていた男性が上がってきた。さたやどりと黍畑は友人の持ち物だから、黍を切ってやろうという。ありがたくいただく。
固い皮を歯で剥き取り、芯の部分にかぶりつくと、思ったよりも甘くさっぱりとした糖液が口の中に広がった。うまい。歯の部分をもらって食べている馬を眺めながら、あごが疲れるまで黍をかじった。

  イメージ 3
  馬は甘いものが好き。

  イメージ 4
  ガジガジ。

馬小屋に堆肥を取りにきたもう一人の男性も交えながら、この辺りのことをいろいろと伺う。さたやどりのオーナーの本職は大島紬の図案職人で、週末だけここを開けて黍を搾っているのだという。
黍を切ってくれたおじさんは一度は大阪に出て、また戻ってパパイヤやパッションフルーツを作っているのだそうだ。先日もさいたまから移住してきた家族がいるから、あんたたちもここに移って暮らせばいい、なんてリアルな冗談を言う。
帰り際にタンカンと緑のパパイヤをいただいた。

国道に戻るべくうろついていると、スモモ畑があった。満開とはいかないものの昨日見た畑よりもずっと花が咲いている。その向こうのタンカン畑で作業をしているおばさんに声をかけ、写真を撮らせていただく。
再び車に乗り込んでその場を離れようとすると、おばさんが近づいてきて、タンカンを一抱えくれた。まったく会話もないままいきなりだったので、面食らってしまう。慌ててお礼を言うと、にっこりうなずいただけでまた畑に戻っていく。
自己紹介のつもりか、父が背後から「埼玉から来ました!」と声をかけると、おばさんはあらーと言ってもう一抱えタンカンをくれた。娘さんが白岡に住んでいるそうだ。ちょうど実家に戻っていて、これから畑を手伝いにくるという。奇遇と厚遇に驚きながらも重ねて礼を言い、写真を一枚撮らせてもらう。
直後にすれ違った車に乗っていたのが、多分娘さんだったのだろう。まだ小さいお子さんも一緒だった。

午後は余裕のある日程のはずだったのに、思いがけない出会いで急ぎ足になってしまう。昨夜話に聞いたキャンプ場と安木屋場の集落を通り、ソテツの群生地を見つけ(一山全部ソテツ)、龍郷湾に入る。

  イメージ 5
  ソテツに覆われた斜面。

初日に通った道を懐かしく辿って、物産センターでお土産を買い、スーパーで夕食を仕入れ、空港へ。
自動チェックイン機で席がバラバラになってしまったが、いざ搭乗してみるとまとまった空席があったので、勝手に席を移って夕食。ワタシと母は昨夜の残りの焼酎を空ける。
食べ物の匂いを漂わせてかなり迷惑な家族だが、乗務員のお姉さんが持ってきてくれたお手拭きタオルがお墨付き。
雲の彼方の残照を見ながら、最後の島食を楽しんだ。


長い旅の記録にお付き合いいただきありがとうございました。
ちゃんとBack in the habitするよ。

閉じる コメント(11)

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行きたいよぉ 南の島。

2008/3/3(月) 午後 7:04 [ ぢみおん ]

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すっげー、色んなトコに行ってんだね。1ヶ月間位の旅行みたいだよ。

2008/3/3(月) 午後 8:05 [ nao ]

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>ぢみおんさん
ぢみおんさんと南の島と言えばハワイだよな〜。
なんかちょっと思い出しちゃった。

2008/3/3(月) 午後 10:42 鈴木満月

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>Nao-foさん
行き当たりばったりの割には出会いに恵まれて、予想以上に充実した旅になったです。いろいろ勉強にもなったしな。

2008/3/3(月) 午後 10:46 鈴木満月

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旅の「記録」というより、なにか素敵な「映画」を見ているようでした。
一緒に旅してるみたいに、気持ちがほっこりしました。。

2008/3/6(木) 午前 11:29 [ sara1999 ]

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>teruchiさん
ウチは旅行好きの一家で、昔っからあちこち出かけているのですが、いつも観光ではなくて「滞在」な感じでした。町だの村だのに腰を落ち着けて、その土地の人とゆっくり出会うのが目的。だからあんまり「旅」感がないのかもしれないですね。
またこんな旅行をしたいです。

2008/3/6(木) 午後 10:56 鈴木満月

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今度から奄美に旅行すると言う人には、ガイドブックに加えてこの日記を紹介する〜。
奄美に行くなら来年の7月!!

2008/3/7(金) 午後 10:57 neko

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>nekoさん
わはは〜。お褒めに預かり光栄です。
来年7月? 何かあるの?
でも来年は……アイル・イヤーにしたいんだよな……

2008/3/8(土) 午前 0:10 鈴木満月

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2009年の7月22日に今世紀最大と言われる皆既日食が日本でも観測できるそうなのですが、奄美近辺が観測地として最適らしいのです〜。地元では結構盛り上がっております〜。↓
http://www.city.amami.lg.jp/amami05/eclipse/
アイルも抗えぬ〜

2008/3/13(木) 午後 4:36 neko

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>nekoさん
え〜、そんなの全然聞かなかったよ(笑)
ちゃんとアピールしてリピーターゲットしなくちゃだめじゃん。空港から何から、ポスター貼りまくっとけばいいのに!
しかし、9年目にして今世紀最大ってすごいわ……

2008/3/15(土) 午後 2:34 鈴木満月

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琉球糖の製造が始まったのは鹿児島藩が行った琉球征伐後、約20年を過ぎた頃の元和九年(1623)、儀間親方真常に始まるとされていて、琉球が鹿児島藩に納めていた琉球糖は鹿児島藩から借用していた銀九千貫の元金と利息の返済に苦しんだあげく、借金償還策として始められたものです。

鹿児島藩が黒糖生産地として藩営農場地としていたのは琉球ではありませんし、収益の対象としていたのは琉球糖でもありません。

奄美諸島の黒糖からの収益です。奄美諸島に黒糖製造法が伝来したのは元禄八年(1695)頃と言われ、享保十九年(1734)頃から黒糖生産も軌道に乗ったそうです。

正徳三年(1713)に奄美産黒糖の大坂出荷が始まり、享保年間から大坂蔵屋敷入札販売制が開始、

延享二年(1745)には換糖上納令が公布されました。換糖上納と言うのは、年貢米の代わりに黒糖を納める事です。

2017/9/17(日) 午前 9:00 [ 奄美は人も自然も食物も良かった ]


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