酔月亭

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Review:HTDAAB

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How To Dismantle An Atomic Bomb//U2 私感
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My "Fast Cars"

MDで告白したように、ワタシはHTDAABを発売直前の流出音源で聴いている。この曲は日本及びUK版のボーナストラックなので、その時には含まれていなかった。
また、 "Yahweh" の項で書いたように、本来のラスト・トラックがグランド・フィナーレ的な曲調だっただけに、初めて "Fast Cars" を聴いたときには大きな違和感を感じた。今回にかぎり、ボーナスはいらないとまで思ったものだ。
今でもHTDAABは "Yahweh" でしっかりと幕を下ろしていると思っている。本編とこのボーナストラックの間には、数秒間の沈黙があるということは、制作側もそう思っているというあらわれだろう。
ではこの "Fast Cars" に重要性を感じないかというと、それはまた別の話。スペイン風ともアジア風とも聞こえるこの曲が、私は大好きだ。
エッジが最初に持ったギターはスパニッシュ・ギターだったらしい。後からそれを聞いてなるほどと思ったのだけど、この曲のギターはそのまま、フラメンコのステージでも使えそうな感触だ。女性ダンサーの靴が舞台を叩く音や、舞台の袖で手拍子をするミュージシャンの姿が目に浮かびさえする。

歌詞の内容はというと、日本語訳を読むと「You」が「君」と訳されていてあたかも恋人のことを歌っているようであるけれど、実際この「You」というのは家族でも友人でも、はたまた神の肖像でもいい、いかようにも読める詩である。
ワタシはこの後の "they're in the desert to dismantle an atomic bomb" から受ける印象が強いので、強いて解釈するとすれば戦場に送られた兵士がポケットの中に恋人/家族の写真を入れているというシチュエイションを思い浮かべる。
けれどこれは、テレビニュースの光景として描かれている部分だから兵士の歌と取るのは間違いで、"Love And Peace Or Else" でも歌われている、実生活とニュースとの乖離がテーマでもあるのだろう。
同時に、これはボノの心象風景でもあるのではないか。実際の歌詞は「they」という複数形が主語だけれど、 "I'm in the desert to dismantle an atomic bomb" と読みかえたとき、そこには荒涼とした風景の中で「父の死」を解体しようとしているボノの孤独な姿が浮かび上がる。そしてその孤独は、テレビに流れるニュースのように、現実とは離れたところに存在しているのだろう。だからボノは自分の痛みがもっと身近に存在した日のことを(それは母の死に際したときのことかもしれない)恋しく思うのではないか。
いずれにしても痛みと愛を記録したこのアルバムにはふさわしいボーナス・トラックだと思う。

My "Yahweh"

U2のアルバムのラスト・トラックにあまり明るい歌はないような気がしていた。ここ4枚について並べてみる。

Grace/ATYCLB
Wake Up Deadman/POP
The Wanderer/Zooropa
Love Is Blindness/Achtung Baby

この中で "Grace" は穏やかな光を感じるような曲だけれど、実は日本版で聞いてるワタシにとってのラスト・トラックは "Ground Beneath Her Feet"だ。
それをいうならPOPのラストは "Holy Joe" だけれど、こちらはもっとボーナス色が濃いからなのか、 "Wake Up..." で終わり、という感じがする。

何を言いたいのかというと、初めて "Yahweh" を聴いたとき、U2にはめずらしい華やかなフィナーレだなあと思ったんだ。客電をみんなつけて、2万人で大合唱して終わる、エレベ・ツアーのフィナーレのよう。そしてゴスペルではなく聖歌としての壮大な祈りの歌。

ところが歌詞を読んでみると、決して明るくも華やかでもない。なにしろ靴やシャツから始まって、最後は「それがあなたの望みなら」「この心も奪え、そして壊せ」という言葉で終わるんだから。
この点には前作の "Peace On Earth" でも歌っていた神へのいらだちが感じられる。
と同時に、自分はいつでも献身の用意があるという神に対するメッセージは、これまでにも度々歌われている。"Vertigo" の 「All of this can be yours」 や、MDの「ロマンティックな愛を諦めてもいい」というのも同類項に含まれるかもしれない。

Yahwehという、口にすることがタブーとされているような神の名を連呼する点は、非常に挑戦的だと受けとることもできる。このことについてはボノが「敬虔なユダヤ教徒が怒らないといいんだけど」と言っているし、エッジもそんな懸念を口にしている。
だけど本来のYahwehというのはユダヤ教だけではなく、キリスト教やイスラムにも共通の唯一神の名だ。
ボノはYahwehの名を呼ぶことで、宗教間の壁を取り除き、お互いに歩み寄ろう、理解し合おうという祈りを捧げているのではないかと思う。

かつて「Midnight is where the day begin 真夜中は一日の始まり」と歌ったときには、闇に対してさえ希望を持っていいのだという思いが感じられた。
(ワタシはこの歌詞がとても好きで、にわかにどの曲か思い出せないくせにこのフレーズだけを口ずさんだりする。ワタシが絶望を信じなくなったのは、たぶんこの言葉のおかげもあるだろう。)
けれどそれから長い時間待っても、まだ夜明けは訪れない。夜明けがくることを信じて待ち続けはするけれど、一体本当にこの闇は必要なんだろうか、神は闇を望んでいるのかという疑念が生まれる。
子どもが生まれる前に痛みが必要なように、この闇は何かを生み出すために存在しているのだろうか。

曲の終わり近く、ボノは神に問いかける。「なぜ夜明けの前には暗闇があるのでしょうか。教えてください」。
神が答えることはない。けれどそれはすなわち神の不在ではないと信じるから、ボノはまた待ち続ける。
ただし、指をくわえてじっとしているわけではない。待っている間にボノが何をやっているかはワタシたちはよく知っているし、神の視線が地上に向けられるなら、神もまたそれを見るだろう。
そのことを思えば、夜明けは必ず来るのだと信じることができる。

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My "Original Of The Species"

オフィシャルサイトの「Track by Track」におけるエッジの談によれば、この曲は前作ATYCLBのセッション時に始まった。初期、その内容はひとりのティーンエイジャーの女の子に関するものだったのが、のちにもっと一般的なテーマになったという。
また、ある雑誌のインタビューによれば(どの記事か、誰の発言だか忘れてしまったのだけど)、ボノはこの曲をエッジの娘のために書いた。
いずれにしてもワタシたちのもとに届けられた "Original Of The Species" は普遍的な内容のもので、ティーンエイジャーだけでなく、年齢を問わず多くの人に勇気を与えるであろう曲である。

「You are the first one of your kind」君は君の種族の最初のひとり。
それは非常な孤独だろうと思う。周りを見回しても仲間がひとりもいない。この地上にたったひとりだけの種族。「種族」なんて言葉は大げさにすぎるかもしれないけれど、きっと誰もが「自分は周りと違う」と感じたことがある。
でもボノが歌うのは「最初のひとり」であって、決して最後のそれではない。
きっと今ごろあちらこちらで、君の仲間が産声を上げている。君はひとりぼっちじゃない。
周りに合わせなくたっていい。どこへでも行って叫んでいい。恥じることはない。

ほんとは誰もがたった一つの存在なんだから、それに気づかずに欺瞞で群れるより、「みんなと同じ」に安心してそれを価値観にして生きるより、たったひとりの種として孤独に生きる方が美しい。ボノはその価値を認めている。
そして、認められた瞬間、孤独は少し軽くなる。そうしてひとりでもいいんだと思えたとき、孤独はもはや拭い去るべき対象ではなく、親しい友人になるだろう。

先に触れた "COBL" に呼応するかのような「Please stay a child somewhere in your heart」。
何も知らない無垢な子どもを自分の中に持ち続けるのは簡単なことではないだろう。いつかは失われてしまうものかもしれないし、失わないまでも日々の中で摩耗していくものだ。だからこそ、急いで捨て去らないでほしい。
"COBL" に関するボノの発言によれば、これはボノ自身に向けられた言葉でもある。
あのころを忘れるな。思い出せ。
それがこのアルバム全体を支配する新鮮な魂を生み出しているのだとしたら、ワタシたちが生きていくすべも、ここで示されているにちがいないと思う。

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My "One Step Closer"

書きあぐねていたのは、死にゆくボブ・ヒューソンを歌ったこの歌について考えるという行為が、あまりに痛みを伴うものだからだ。

ワタシは親しい人の死に直面するということにおいて、あまり経験値の高い方ではない。だから、これがいったいどんなできごとにまつわる記憶なのかわからないのだけれど、確かに、ボノが歌う場所にいたことがある。
誰かが死んだときだっただろうか。
何かをなくしたと思ったときだったろうか。

昨日までと同じ世界の営みが繰り返される日常のなかで、自分の心の痛みをどう処理すればいいのかわからないまま立ちすくむ。
寄る辺ない子どものような、誰かの庇護を求めるような孤独。ほんの一瞬後に何をすればいいのか―歩き出せばいいのか、振り返ればいいのか―すらわからない焦燥感。
せわしい足取りで行き交う人も、楽しそうに談笑する人も、触れそうなほどそばにいるのに、彼らとワタシの間にはひんやりとした透明な壁がある。

映像で言うなら、ワタシだけが静止していて、周りの風景が早送りになってるような。例えば渋谷駅のスクランブル交差点で。

(あ。PVであったな、それ。なんだっけ〜。
レストランだかパブだかでボノが歌ってて、向かいや隣に座る人がどんどん入れ替わるヤツ。思い出せない。)

世界と自分の進む速度が違う。それは自分が置き去りにされているということだ。痛みにとらわれて。
もちろんちゃんと生活に戻ることはできる。何も考えなくてもオートマチックに暮らしていける。
でも、ふとした拍子にまた引き戻されてしまうんだ。
何かを見たとき、何かを聞いたとき。痛みとは一見なんの関係もないようなことまでが、スイッチになりうる。
その繰り返しに慣れてしまえば再び日々を過ごせるようになる。
でも、もう、知っている。いつかまたその瞬間が訪れることを。フラッシュバックに不意に襲われ、寄る辺ない子どもに戻る自分を。

My "Crumbs From Your Table"

"アフリカでする仕事は、ソングライターでありパフォーマーである自分とはまったく別の部分"というボノが、この曲ではストレートに(恋人たちの会話だとは言ってるけど)アフリカの飢餓とエイズ禍に対するメッセージを歌っている。
なかでも "Where you live should not decide / Whether you live or whether you die" の部分は、Band Aid の「Do They Know It Christmas?」でボノが歌ったパート、"それが自分に起こったのではないことを、神に感謝する" にもつながる真摯な歌詞だ。
日本に生まれたワタシは、この歌詞によれば生きると決められている。日本の平均寿命が高いことの一因に3歳までの生存率の高さがあるんだから。

上記のパートに続く「とうとうロックンロールにまで登場してしまった尼僧」ことシスター・アンの言葉、"Three to a bed / Sister Ann, she said / Dignity passes by" には、Band Aidの後でアフリカを訪れた際のエピソードとしてボノやアリが語ったできごとを思い出した。
6週間テントで暮らしていると、毎朝何人もの人が死んでいる。運良く生き延びた子どもを抱いた父親がやってきて、彼らに言う。「この子をあんたたちの子どもにしてくれ。そうしたらこの子は生きられるから」。

昨年の Band Aid 20 のメイキング映像で、20年前に父親の腕の中で死に瀕していた少女が、Band Aid の援助のおかげで生き延び、参加者の前に登場するシーンがあった。ボノはそのVTRの中で「20年前は一体何ができるのかわからなかった。でも今はこの曲が持ってる力を、彼らを助けられることを知っている」と言っている。
それでもなお、人の尊厳が失われている現実は存在し続けている。問題解決のために必要なものがワタシたちのテーブルのおこぼれに過ぎないのなら、ワタシたちはもっといいものだって提供できるはずだ。




"You speak of signs and wonders / But I need something other" にはある人との会話を思い出す。
ワタシは「絶対的な希望」というのが存在しない以上、「絶対的な絶望」もあり得ないと思っている。過去については「運命」という言葉を使うけれど(例えば「U2とアイルランド」ね)、未来については使わない。未来に絶望があるとしたら、それと同じくらいの希望もあって、一体どちらが現れるのか、未来視できないワタシたちには知りようもない。だからたとえ状況がどんなに困難に満ちていても、絶望することはない。ワタシが自分を楽天主義だと思うのはただその一点に尽きるのかもしれない。
だけど、その人が語るのはいかに絶望しているかということばかりで、ワタシの言葉は聞こえていないみたいなんだ。それがどんなにばかげたことだと思っていても、「絶望」は結構感染力が強い。今ワタシは絶望はしていないけれど、自分が無力だということは感じているよ。その人に希望をもたらすのは、きっとワタシじゃないから。
最大の弱みは、ワタシがかつては「絶望」を感じたことがあるのに、相手が「希望」を感じたことがないということかな。

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