酔月亭

ブログを引っ越しました! 今後ともよろしくお願いします。

U2とアフリカ

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2008年5月、ボノが日本へやってきました。
TICAD(アフリカ開発会議)に出席するために。
なぜボノがアフリカのために?
わかっているようでわかっていないような認識を改めるため、
ちょっくらお勉強しています。
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リリック・トークの"Miracle Drug"で、ボノが見たもの、つまり『on the move』に掲載された写真について取り上げました。
以前にもこの本について触れています(On The Move // ボノの視界@酔月亭)。出版前ですが。
ボノのとった写真を見るということは、ボノの視界に自分の視界を重ねること。しかしもちろん、ボノが見たものはこれらの写真に写されたものだけではありません。
『U2 BY U2』の中で、ボノは帰国の直前まで写真を撮る気にはなれなかったと明かしているし、『ボノ・インタビューズ』でも「アフリカで見たことについては話さない」と断言しています(p275)。
「目の前で失われた命やその時に感じた気持ちについて口にすることはない」。その理由は戦場カメラマンに体験談をせがみ、あることを話してもらったことでひどく当惑し、聞かなければよかったと思っているからだそうです。

「だって、時にイメージは目を圧倒するからね。脳に襲いかかり、それで頭がいっぱいになってしまう。僕もそんな体験をたくさんしているけど、それを他の人に伝えたくないんだ」(『ボノ・インタビューズ』p276)

写真に収めることなど到底できない現実に直面したボノ。
ボノはそれを私たちに明かそうとはしません。
だからこそ私は「「I want a trip inside your head」、あなたの頭の中を旅したい、そこで何日も過ごして、あなたが聞くものを聞いて、あなたが見るものを見たいというものです。これはそのまま、ワタシの望みでもあります。ワタシはボノが見る世界が見たかった」などとのんきなことを言っていられるのです。
かといってボノはもちろん、厳しい現実に目を向けるなと言っているわけではありません。
一日でエイズに死ぬ人数、救えるはずなのに救えなかった命の数を私たちに突きつけます。
数字だけで充分だろう? と言っているのかもしれません。
確かにその通りで、「毎月一回、飛行機がビルに突入する/大津波が襲う/大地震が起こるのと同じだけの人が死んでいる」という言葉から喚起されるイメージだけでも、アフリカの現実に思いを馳せることはできます。
ボノはここでも私たちを甘やかしてくれています。

でも、ボノ自身は違う。
カメラマンから知らされた戦場の現実を「聞きたくなかった」と言いながら、なおかつ「あなたの見るものを見たい」と歌うのは、美しいものだけではなく、その人が直面する厳しい現実、見たくない、見せたくないものまで引き受けようという、強い意志を感じます。
私もそうありたい、と言えるぐらいに強くなりたい。

以前に(もう記事を探すのもいやですが)、ボノのようになるにはアリが必要だと書きました。
ボノは、人に話して聞かせたくないほどの光景を、アリと分かち合っています。
ボノがアフリカから離れていた期間はほぼそのまま、アリがチェルノブイリに深く関わっていた期間でもあります。
その頃、ボノはきっとアリから、話したいことも話したくないことも聞き出したことでしょう。
アリの頭の中に入って、アリが見るものすべてを見たいと思ったんじゃないだろうかと、今にして思います。

ボノがjubilee 2000に関わり始めて、11年がたとうとしています。
その間に一つとして、解決された問題はないようにも見えます。
相変わらずエイズやマラリアといった感染症は蔓延しているし、識字率・就学率は低いし、井戸(清潔な水)のない村や紛争をやっている地域も存在する。
しかしその一つ一つの問題に目を凝らしてみると、前進がないわけではありません。
グローバルファンドの取り組みによってエイズ発症を免れるHIVキャリアが増えています。一日に死ぬエイズ患者の人数は、6000人から4000人に減りました。
アフリカ各地で一つ一つ井戸が増え、衛生状態が改善された村が増えています。
子どもの就学数も確実な伸びを見せています。ボノは2005年の数字として2000万人、2007年の数字としては2900万人と言っています。
一方で、これらの努力をひっくり返してしまう紛争はこの数年間で激減し、ほんの5年前には外国人が立ち入ることさえできなかった国でもボランティア活動が展開されつつあります。
まだまだ足りない、けれども確実に前進しているからこそ、ボノは力を注ぎ続けます。

しかし、今また新たな危機がアフリカを襲っています。世界的な食糧危機問題です。
日本においては40パーセントという低い自給率に絡めて、「金があっても買えないという危機的状況」が恐れられていますが、日本が危機を迎えるよりも早く、アフリカ諸国を初めとした貧困国は破滅的な状況に陥るでしょう。
そうなってしまえば、上に連ねたような「前進」はすべて水泡に帰すに違いありません。
5月のTICAD IVに際した来日期間中、ボノは各所でこのことを訴えています。
朝日新聞主筆との対談の中でも、「最も緊急性が高く、重要な課題をひとつ挙げるとすると」という問いに、「おそらく、農業危機に対応する国際的なメカニズムだろう」と答えています。
ルワンダやタンザニアでは、食糧よりも肥料の方が援助として有効であり、求められる肥料の量はヘクタールあたりにして欧米の数十分の一だそうです。肥料さえあれば食糧問題を国内で対処できると、ルワンダの農業大臣は言っています。
もちろんそれは、水資源に恵まれた国だからこそで、砂漠化の進んでいる地域では通用しないのかもしれませんが。
いずれにしても、各国の状況の違いを無視して食糧不足には食糧を供給するというのでは適切ではないということです。

洞爺湖サミットで「開発・アフリカ」は「環境・気候変動」に続く2番目の主要テーマに上げられていますが、海外メディアの伝えるところによると、福田首相は二つのテーマを同等に重く見ているそうです。
アフリカに関わるテーマの中身は「2015年までのミレニアム開発目標(MDGs)達成に向けたメッセージを出す」と「第4回アフリカ開発会議の成果をサミットにつなぐ」というものです。
しかし、前述のように新たな問題が起きつつある現状で、それに対応することなくMDGsを達成することなどできるはずもありません。
またTICAD IVの成果をつなげると言っても、その成果自体が市民社会からは疑問視されています。
日本政府は自らに課された数字を達成することにこだわり、今のところそれはうまくいっているようにも見えますが、アフリカ問題全体を見れば、充分な取り組みがなされているとは言えません。
刻々と変化しつつある現状を無視して達成した数字(ボノは「手品」と評して懸念を示していますが)に意味を見いだすのは、とても危険なことです。
「やったけれど無駄だった」とでも言うのでしょうか。

G8によるサミットは、経済発展が進んで成熟したとされるわずか8カ国の首脳が集まり、世界全体について考える場です。そのこと自体を疑問視し、反対する声も内外に少なくありません。
「サミット開催国」になれるのも8カ国のみ。
2000年の沖縄サミットの時には感じなかった戸惑いや恐れを、今の私は感じています。それはボノのまなざしを追ったからに違いありません。
ボノのまなざしは今、私たちの頭上に注がれている。
政府のすることはいざ知らず、せめて私自身のことだけでも恥じる部分の少ないように、できるだけのことをやりたいと、切実に感じています。

年表作成から始まったボノのアフリカへのまなざしを追う試みは、5月31日のスライド・トークで一応の区切りを見ました。正確に言うと、5月29日夜、すべての原稿が出来上がったところでワタシの作業は終わっていたのですが。
TICADに関してはほぼ後追いになりました。
外務省の本会議も、OurPlanetTVの市民社会セッションも中継は見られず、29日の山下公園も、31日のMTVも、あとでニュースを読んだり動画を見たり。
ボノが日本にいるというのにネットで追っかけかよと、少し面白かった。
でも、事が終わってから検索をかけたおかげで、ボノの行動・発言とともに周囲の反応を見ることもできたのは、もしかしたらよかったのかもしれません。

31日の原稿を作る際に、『ボノ・インタビューズ』と『U2 BY U2』を駆け足で読み直しました。ということはまあ、2冊の本を読めば少なくとも2005年までのボノのことは誰でも終えるということなんですが、それはさておき。
気になった記述(発言)が『ボノ・インタビューズ』の中にありました。
や、気になってたことの裏付けか。見逃してた、気に留めてなかっただけで、ずっとそこにあったんだし。
第15章(p375)の冒頭、インタビューに入る前のミーシュカの記述から、それは始まっています。
何かというとアフリカに関する「ボノの不在」について。

アフリカに注がれるボノのまなざし #1の最後に書いたように、ボノとアフリカの間には数年間の空白があります。
訪問としてなら1985年から1998年(Popmart Tourのヨハネスブルク公演)、実に13年間ですが、関わりとしても1988年の『A String Of Pearls』(エチオピアの写真)出版・展覧会、またはエイズ救済のチャリティアルバム『Red Hot and Blue』へのU2としての参加("Night And Day"カバー)を最後に、再びアフリカに関わるのに1997年のJubilee 2000からのオファーを待たなければなりませんでした。
年譜を辿りはじめてすぐ、この空白に当たりました。
『Red Hot and Blue』リリースから数えても、7年間。その間、ボノとアフリカの関係はどうなっていたんだろう。
その答えが、『ボノ・インタビューズ』の第15章にあったというわけです。

ミーシュカはボノに問います。アムネスティやグリーンピースと仕事はしていたけれど、アフリカは君の議題ではなかった。実際は心のどこかにあったのか。
「悲しいことに答えはノーだよ。少しなら考えたけど、たっぷりじゃない」(p393)。
それはなぜなのか。
その数ページ前、ミーシュカの章を始める文の中に、ボノの答えがありました。
「ああした問題の幾つかを解決する名案や革新的なアイディアが見いだせなかった」。
ボノのいう「ああした問題」は、援助する側される側双方の政府の腐敗、今でも苦手な分野だという紛争(それも現在とは比べ物にならないほど多くの)、つまり、どれだけ援助の手を差し伸べても必要な場所には届かないし、どれだけお金を集めても借金の利子さえ返せずに終わってしまう、あまつさえ借金は増え続けるという、当時のアフリカの現状でしょう。
ボノはボランティア団体に招かれてエチオピアに行き、その活動に身を投じたわけですが、同時にそれが焼け石に水を振りかけるようなもので、アフリカを救うことには繋がらないということを思い知るわけです。
「戦略もなしに、大げさに同情をひけらかすだけで延々とやりたくはなかった」から、アフリカ問題を身辺から遠ざけたのでしょう。ある種の絶望を、ボノは感じたのだと思います。

時をへて、Jubilee 2000がボノの前に現れ、変化の兆しが現れつつあることを告げたとき、ボノがまずやったことは、アフリカと経済の勉強でした。
あの時には全く見当たらなかった「戦略」が、ジェフリー・サックス教授を初めとする教師の手によって、ボノの前に提示されます。さらにアフリカのために身を粉にして立ち働く無名の人々を見たとき、ボノの絶望は追いやられ、再びアフリカに向き合うことができたのでしょう。
つまりボノの中ではもはや、「アフリカに対して力を注ぐことは無駄」との言質は乗り越えられているのです。

ONE Japan

先日お知らせしたONE Japanのウェブサイトができている件の続報。
トップページにアクセスすると、日本向けのリレーメッセージのVTRが流れるようになりました。
このVTR、6月2日にはNHKのニュースで流れたそうです。
登場する半分くらいは知らない人でした。
ボノは3回登場。

ONEでは「タナバタアクション 約束を果たそう」という、G8首脳に向けたメッセージ&署名のキャンペーンを展開中。
今年の七夕、7月7日に福田首相に届けられるそうです。
さいたまONEスピーチの「Use your name now」だね。

誰が届けるかというとね。
ボノが出向く模様。
少なくとも現段階ではそのように報じられています。
  「U2」ボノさんら貧困撲滅へビデオ制作@デイリースポーツ
  ボノさんらビデオ制作 貧困撲滅に支援訴え@JPN
どちらも共同通信の同じ配信記事で、「ホームページを通じて署名を集め、7月の主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)に合わせてボノさんが福田康夫首相に届けるという」と書かれています。

ということは、7月7日のボノは、福田首相と同じ場所にいるわけですね。
で、だ。
7月7日、福田首相がどこにいるのかならわかってます。
だって洞爺湖サミット首脳会議の初日なんだもの。

ワタシもその日はすぐ傍にいる予定なんですが。
正直、ボノはTICADに来たからサミットには来ないだろうと思ってたんですが。
ほんとに来てくれるんでしょうか。
どうすればいいんでしょうか。
って、来ても来なくてもワタシのやることは決まってるわけですが、ちょっとうろたえた。

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動画:Bono in Japan

ボノが日本滞在中のニュース動画があちこちに上がってます。
ほとんどが「やっと見られた」ものばかりというのが少し情けないけど、嬉しい。
(朝日新聞の動画落としてたので付け加えました)

5/27 ボノ@海の森
U2's Bono Plants a Forest in Tokyo
  「詳細」を開くとニュース原稿のスクリプトがあります。
Bono gets dirty in Japan
  こちらの方が長め。スコップにサングラスをかけるシーンも。
  コメント欄にこの日ボノに会った子の書き込みが。

5/27 ボノ@慶応大学
'Dr. Bono's' First Lecture @ CBS News Video
イメージ 1
(photo TORU YAMANAKA/AFP/Getty Images)
  動画はほんの数十秒ですが、登場〜講演の様子。
  この写真は素晴らしいよね。
  「ドクター」のタイトルは初めてらしい。
  慶応大学からボノに授与されたのは「名誉法学博士」です。

5/29 ボノ@山下公園
ONE FOR ALL Campaign
  噂に聞く混乱の様子。
  「ONE FOR ALL」がどんなイベントだったのかは下のリンク。
Antony Gormley One For All Prolect 2008 JAPAN

5/29 ボノ@TICAD IV
U2 Bono's Speech at TICAD IV
イメージ 2
  日本財団偉い。
  TICAD本会議場でのボノのスピーチ全編動画です。
  待ってた……。
  ボノはEDUNのONE-Tを来て登場。
  TICADにはドレスコードがないことが判明しました。

5/31 ボノ・ゲルドフ@朝日新聞
U2ボノ、ゲルドフ両氏、本紙を編集 アフリカへ熱い思い
  主筆との対談記事全文も上がっています。他にも諸々の一覧
  iMacちゃんじゃ見られないんじゃないかと心配でしたが、大丈夫だった。
  全画面化するとかなりコマ落ちします。まずはちっちゃい画面で。
  「アジア支援の経験 アフリカに生かせ」 ボノという記事の冒頭の一文。
  「北太平洋にある、日本と呼ばれる島国に、なぜ私がこんなにはまったのか。」
  はまったらしいです……。

5/31 ボノ@VMAJ
Bono - Great moment MTV Award 2008
  MTV Japanのビデオアワードでのボノのスピーチ、なんちゃって聞き取り訳。
  (本放送では字幕ついてるんでしょうか?)
  全文はちょっと無理ですが。これもかなり無理がありますが。
    日本で、東京で素晴らしい瞬間を迎えた。
    「アタラシイ、カゼガ、フク」
    今年、世界はきみたち日本を見ている。
    なぜか。
    もう数週間後に、ブッシュ大統領たちG8諸国のリーダーが、
    世界中のカメラを引き連れてサミットのためにやってくるだからだ。
    彼らは今年、君たちの声を聞く。さあ、何を言ってやる?
    言ってくれ。
    君たちには会ったこともない兄弟姉妹がアフリカにいて、
    彼らのことを気にかけていると。
    そうだろう?
    彼らにそう言ってくれ。
    なぜか。
    なんで君たちが気にかけるのか。
    私たちは「One」だからだ。
    私たちは一つの惑星にともにくらしている。
    「One」なんだ。

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