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某所でTICAD IVとNGOの関係について聞かれたので、補足。前の記事と重なる部分もありますが。 まず関わりの流れを勉強会の資料から。 1993年に始まったTICADは当初、日本とアメリカ各国政府間にもたれた会議であり、そこにNGOの姿はなかった。 一方で当時から相当数の民間団体がアフリカ問題には関わっており、主に草の根で日アフリカ双方の市民社会の交流があった。その中身と、TICADで話し合われていた中身についてはかなりのギャップがあっただろうと思われる。 例えばODAで巨額の出資をしながら、その効果は上がっていないのではないかというような民間からの批判があった。せっかく新しい形を作って「開発会議」を謳いながら、実情はそれまでと何ら変わりない、日本の国益(経済的なものであれ、国際的な地位であれ)に即した中身でしかなかったというわけだ。 TICAD開催を知った日本のNGO、研究者、市民が「アフリカシンポジウム実行委員会」を立ち上げ、TICAD直前にシンポジウムを開催し、討議内容から作成した「市民提言書」を共催者(日本政府・国連開発計画(UNDP)・国連アフリカ特別調整室(OSSA)・アフリカのためのグローバル連合(GCA)・世界銀行)に提出した。しかしTICAD本会議では提言書の存在が議長によって紹介されただけで、市民たちはオブザーバーとしての参加も許されなかった。 1998年の第2回では(シンポジウム実行委員会からACTに移行)、本会議ではなく準備会合の段階からNGO提言書を提出。シンポジウムの開催はなかったが、本会議にはオブザーバー参加が認められた。 2003年の第3回については、本会議の2年前に東京で行われた閣僚会合において、正式プログラムではないもののNGOセッションが設けられた。地域準備会についてはACT2003の世話人の派遣が認められ、費用を共催者が半額、または全額負担するなど、TICADへのNGOの関わりが積極的に認められることになる。また、各国政府間の準備会合とは別に、外務省とNGOによる定期協議会が始まった(現在まで継続)。 第3回終了と同時に、NGOはフォローアップ活動に入る。最終日に「TICAD市民社会フォーラム結成宣言」を発表し、以降月1回のペースで結成準備会を開催、ACT2003の活動を冊子にまとめて引き継ぎ、2004年にはフォーラムを結成した。その間、政府側(アフリカ審議官)との対話も継続される。 2007年にはTICAD市民社会フォーラムが事務局となってTNnet(TICAD IV・NGOネットワーク)発足。現在に至るまでシンポジウムや勉強会、政府との定期協議会にあたっている。 こうして2008年、TICAD IVを迎えるが、現在のところ参加資格はオブザーバーにとどまっていて、正式参加者として認められるのは困難な状況である。 しかし、TICAD閣僚会合や地域準備会合では十分な形ではないものの市民社会セッションが正式プログラムに取り上げられており、分科会という位置づけを目指している。 アフリカ各国で行われる地域準備会合にはNGOの参加が正式に認められ、日本からの参加者については派遣費用も政府や国連が負担している。外務省はNGOの参加に難色を示すホスト国の説得に努力し、実現させたという点は大きい。 また、とくに外務省との定期協議会においては政策責任者レベルとの対話が成立しており、NGO側から具体的な政策要求を出すように依頼されている。 以上が資料によってわかるこれまでの流れ。 この後も重複するがご容赦を。 これまで3回のTICADはあくまで日本とアフリカとの関係にとどまり、他国からの注目度は大変低いものであった。しかしながらTICAD IVの後には洞爺湖サミットが控えており、そこではアフリカ問題も議題の一つとなる。議長国である日本のアフリカへの姿勢も重要視され、すでに米国、フランス、ドイツなどからTICADに関する問い合わせがあるという。 今回の勉強会にはUNDP(国際連合開発計画)からの出席があったのだが、NGOにさらに積極的に政府に対して働きかけるよう発言していた。その様子から、UNDPとTNnetの関係は非常に良好なものであり、UNDPがTNnetにかける期待はかなり大きいと思われた。 会議のイニシアティブは日本が握っているが、日本政府に任せておいては注視に耐えるだけの意義のある会議は成り立たないというのがUNDPの危惧するところではないか。 だからこそ外務省も準備段階でのNGOの関与を歓迎しているのだと思われる。 TNnetに参加しているのは日本国内のNGOだけだが、彼らはアフリカ現地NGOとすでに実践を通じたパイプがあり、アフリカ市民の声を吸い上げることができる。アフリカ各国政府はその点に難色を示してきたわけだが、この間の国際的なアフリカへの対処は、ただ援助するだけではなく援助金の正当な使途(医療・教育など)にまで目を配るなど、政府のみならず市民生活に直接目を向けてきた。 日本政府がアフリカ現地NGOの参加に努力したのは、国際的な評価を高めるためには当然のこととも言えるし、ただ評価のためだけではなく本来の「開発会議」としても重要である。つまりこの点において、日本政府とNGOの利害は一致している。 いまだ政府とNGOの恊働体制が整ったと言える段階ではないが、TICAD IVにおいては過去の会議に比べて大きな前進が見られるのではないかと期待できる。 以上がワタシが理解しているTICAD IVとNGOの関わりである。 ついでなのでもう少し、「市民社会」と市民について。 「市民社会」というのはほぼNGOを指していると前稿に書いたが、今回の勉強会に参加した一般市民がワタシだけであったように市民社会=日本の市民でないことは明らかである。 しかしそもそもTICAD市民フォーラムの説明には日本の一般市民について触れられてはいない。「本フォーラムは、アフリカの人々を中心にした開発が実現するよう、日本の政策の改善を促したいと考えています」というように活動の対象は日本政府であり、アフリカの人々である。 かといってまったくワタシたち市民に目が向いていないというわけではない。TICAD市民フォーラムが取り組んでいる活動の一つにアフリカ2008キャンペーンがあるが、その目的には「アフリカに関心を持つ層を開拓、アフリカ支援への世論を形成する」とある。この一環としてエイズ・アウェアネス・ジャズ・コンサート2007にも特別参加している。 要するに現時点では、ワタシたち一般市民も単なる受け身ではなく、興味を持ったならばアンテナをたてて情報収集しなければならないということだ。 ワタシがTICADに目を向けたのはボノに向かったアンテナの余禄だし、TNnetの存在を知ったのは同様の友人たちの助けがあったからであり、アフリカに確たる興味のないごく普通の一般市民がここに至ることはないだろう。 予算も人員も限られているNGOにぼーっとしていても目に留まるほどの情宣は期待できない。むしろ広報の役割は予算的制限がほぼない外務省が担うべきだとも思う。 だからボノが呼ばれ、アンジェリーナ・ジョリーが呼ばれ、ビル・ゲイツが呼ばれるわけだが、そのネームバリューに頼るだけではなく、ぜひ会議の中身についても周知してくれることを望む。 この国がアフリカにどう対し、どう遇していくか。そこには国益としての思惑だけでなく、市民社会に力を借りたアフリカの人々への視線が確実に存在しているということを。 それは国際社会だけでなく国内の信頼を得ることにも必ず繋がる。 市民全体が「市民社会」ほどのテンションを持ってアフリカに対することは到底望めなくとも、裾野になれる市民は大勢いる。
そして裾野には裾野として果たせることがあるのではないかというのが、今のワタシの気持ちである。 |
U2とアフリカ
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2008年5月、ボノが日本へやってきました。
TICAD(アフリカ開発会議)に出席するために。
なぜボノがアフリカのために?
わかっているようでわかっていないような認識を改めるため、
ちょっくらお勉強しています。
TICAD(アフリカ開発会議)に出席するために。
なぜボノがアフリカのために?
わかっているようでわかっていないような認識を改めるため、
ちょっくらお勉強しています。
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今年もダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)の季節がやってきました。 その関連で、1月13日だと思うのですが、NHKだと思うのですが、ボノの名前がニュースに出たそうです(父情報)。 福田康夫首相がダボス会議に出席し、その際にボノと懇談して5月に横浜で開催されるTICAD IV(アフリカ開発会議)への参加を要請するとか。 首相、ダボスでボノさんらと会談 5月のアフリカ会議に招請@exciteニュース 北海道新聞(1/15朝刊)でも同様の記事が出たそうです。こちらでは「ボノさんら数人は事前の折衝では参加の意向を示している」と書かれています。 ボノが参加するかもしれないTICADについて、先日NGOサイドの勉強会にお邪魔してきました。 一応オープンな会だったのですが、アフリカに関わる様々なNGOのメンバーが40人程度集まり、「所属」のない参加者はワタシ一人。 主催はTNnet(TICAD IV・NGOネットワーク)。「TICADとは―市民社会の関わりのこれまでとこれから」と題され、過去のTICADを振り返ったうえで4ヶ月後に迫ったTICAD IVへの効果的な関わり方を考えていくというのが大筋の流れでした。 ただ「ボノが来る」という理由でTICADに興味を持っているにすぎない(=TICADのことをほとんど知らない)ワタシには大変勉強になったです。 以下、簡単ではありますがレポートしてみます。 【TICADとは】 1993年以来、5年ごとに東京で開催される「アフリカ開発会議」。主催は外務省。第4回は2008年5月28日〜30日、横浜のパシフィコ横浜で開催される。 これまではアフリカと日本の関係の薄さもあって国外からの注目はほとんどなかった。(むしろ中国とアフリカの関係に注目が集まっていた。) しかし2005年のサミット(グレン・イーグルス)以来、サミットの議題として毎回アフリカが取り上げられるようになり、今年は7月に洞爺湖サミットが控えていることからも、俄然注目度が上がっている。 【TICADとNGOのこれまで】 当初より外務省の担当は「外交」のセクションであり、経団連が深く関わる会議の中身も国益重視、つまりアフリカの開発に関わることで日本(企業)にもたらされるメリット重視のものであった。日アフリカともにNGO等の参加は認められていなかった。 1997年にNGOのネットワークACTが結成され、TICAD以前にアフリカ各国で開かれる地域準備会へ提言書を提出。1998年のTICAD IIにはNGOのオブザーバー参加が認められた。 2003年にはNGO主催による国際シンポジウムを開催。外務省とNGOの定期協議会が始まる。TICAD IIIでは正式プログラムではないもののNGOセッションが設けられる。最終日には「TICAD市民社会フォーラム結成宣言」を市民社会セッションで発表。TICAD IVに向けたフォローアップ活動を実施する。 TICAD IVの準備段階では外務省とNGOの定期協議会が継続され、閣僚会議にもNGO関係者が出席、また2007年10月には国連大学で国際シンポジウムが開かれた。 以上のように日アフリカ双方のNGOが会議への積極的な働きを行ってきた成果は大きい。 なお外務省は従来の「外交セクション」ではなく、アフリカ審議官へと担当をかえ、市民社会からの提言についても理解を示している。 【勉強会の感想】 TICAD IVに対して欧米からの注目が集まる中、外務省としても国益に終始する会議にできるはずもない。1993年からのNGOの前進と、世界的なアフリカへの注視のタイミングがちょうどよく重なったのがTICAD IVである。 NGOがTICADの必要性を経済的なものから本来の意味での「アフリカ開発」へと引き寄せたことで、欧米からの注視にも耐えうる会議になりつつあるのではないか。 アフリカ諸国で行われているTICAD閣僚会議においてNGOの参加が認められるようになったのも大きな成果。日本における以上に画期的なことだと思う。会議のホスト国がNGOの参加に対して難色を示してきたのを日本政府は説得に努力したという。 政府では不十分な点を補うのにNGOが必要とされるという形ができつつある。 また、すでにアフリカ各国と深い関係にある欧米諸国や中国ではないからこそ(つまり利害関係が薄く入り組んでいないからこそ)日本が果たす役割は大きいのではないかとも思った。 今回の勉強会に参加して、アフリカに関わるNGOの姿を垣間みることで、なんだか少しボノの気持ちに近づけたような気がしている。 つまり、アクティビストとしてのボノを支えている存在が見えたような気がした。 ボノは現場で働いている人たちに対する尊敬をはっきりと明言していたけれど、それこそがボノを動かす力になっているのではないかと思った。 ボノ自身が強烈な問題意識を抱いているアフリカに対して、献身的に取り組んでいる人たちがいる。それはボノにはできないことだけれど、そのかわりボノだからこそできることもある。 バリケードの内側に入るというのは、とても大きなことなんだ。時間を短縮することも効果を増幅させることもできるんだから。 それを今、日本のNGOがやりつつあるのがTICAD IVなんだと思う。 TICAD IVに関して、というかそこにボノが参加することに関して、ワタシに何かできることがあるのか?
答えは出ないばかりか、気持ちとは裏腹に遠ざかっているような気もする。 とりあえずTICAD市民社会フォーラム(TCSF)のウェブサイトで勉強することにする。 |
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ベアトリス (ザンビア・7歳) 両親をエイズで亡くしたベアトリス。 たった1人の姉も、赤ちゃんを産んで亡くなってしまうが、 親類は誰も赤ちゃんを引き取ろうとしない。 見かねたベアトリスは、自分の人生を変える一言を口にする。 懸命に赤ちゃんを守るベアトリスの、2年間のストーリー。 スティーブン (ウガンダ・13歳) スティーブンが夜中に目を覚ますと、武装した男たちが、 家の中に押し入ってきた。 誘拐された彼は、銃を渡され、敵を殺すよう命令される。 少年兵になってしまったスティーブン。 この状況から逃れることが、できるのだろうか。 スティーブンが体験した、生きのびるための戦いの記録。 学校や教会に、熱心に通っているオリビア。 しかしある日、1人の男性に襲われ、妊娠してしまう。 「あの時、ドアを開けなければ良かった̶」激しく後悔するオリビア。 だが、恐怖と悲しみは、これだけでは終わらなかった。 どんな状況でも思いやりを忘れないオリビアの、再生の軌跡。 母親を亡くし、エマニュエルは8歳の兄フレッドと、叔母を頼って家を出たが、 追い返された上、持ち物をほとんど取り上げられてしまう。 しかし兄弟2人きりの生活には、さらに厳しい運命が待ち受けていた。 助け合い苦難を乗り越えていく兄弟の、感動のストーリー。 来場者は誰のストーリーを体験するかひとつ選択し、デジタルオーディオプレーヤーを渡され、一人きりでコースごとの展示コースを進みます。 ワタシも最後に体験しました。選んだのはスティーブン。 家族と暮らしていた家、少年兵養成のキャンプ、更正施設と、誘拐されてから1年間の出来事を語りと展示物で体験します。とちゅう、生活雑貨を手に取ったり、銃(モデルガンだけれど本物と同じ重さ)を担いだりしながら。 実際にスティーブンの気持ちになれるわけではないけれど、閉鎖された細い通路を進みながらヘッドフォンでドラマを聴くという行為は、本を読んだりTVを見たりするよりもずっと集中できる方法です。 ワタシがスティーブンを選んだのは、少年兵という存在に強く関心を持っていたから。 数年前、たぶん週刊誌だと思うのですが、どこかの国の少年ゲリラ兵のレポを読んで、少年兵同士の上下関係、襲撃した村で行う残虐行為に衝撃を受けたからです。 何より、彼らの瞳が暗いことに打ちのめされた。 彼らに少年らしい夢がないわけではない。けれどそれを凌いであまりある絶望が彼らに他の人生を諦めさせ、非道はエスカレートしていく。 戦闘で死ねばそのまま一生を終えるけれども、敵対する組織に捕まればその後も過酷な運命が待っています。 ゲリラ兵であれば国軍に捉えられる。少年だということで処刑は免れたとしても、精神病院に強制入院させられる場合もあり、そうなれば病室とはとても呼べない鉄格子の付いた「牢獄」で重い鎖で足を床につながれる。 そんな写真を見たこともありました。 以前にも書いたことがありますが、ワタシは自分や自分の大切な人が殺されるのもイヤだけれども、もしかしたらそれ以上に誰かを殺さなければならないという事態が恐ろしい。 戦時であれば兵士が人を殺すのは殺人罪には問われないかもしれませんが、罪に問われなければいいというものでもありません。 その後、どうやって生きていけばいいのかわからないのです。どうすればいいのか教えてほしい。 だから、ワタシはちょっと過剰なまでの期待(と不安)を持ってスティーブンのストーリーを選んだのでした。 「教科書にのっていないアフリカ」は2008年4月初旬に神戸で、4月25日(金)〜29日(火)には東京港区のアクアシティお台場で、再び開催されるそうです。
会場内でのいろんな演出を利用して体験者自身が、出来るだけ想像力を働かせる様な心構えで行くといいと思います。より、深く噛み締める事が出来ると思います。 これはイベントに参加したワタシの友人のアドバイス。機会があったらぜひ体験してみてください。 |
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11月29日、さいたまスーパーアリーナでのコンサート初日、ボノは安倍首相(当時)を訪問した。 ニュースで流れたのはボノが安倍氏に(RED)のサングラスをプレゼントし、安倍氏がそれをかけるシーン。 その夜、ボノはステージの上で「安倍首相、長い話を聞いてくれてありがとう。彼はいい人だった」と言っていた。 でもふたりの間でどんな話がされたのかは、どのメディアからもほとんど伝わってこなかった。 んが、まさに当日、外務省は海外向けのプレスリリースを出しており、その中で会談の中味をかなり詳細に渡って公表してたんだって。 以下、なんちゃって翻訳。 つかさあ、日本語でも出してくれよ、プレスリリース。 「U2のボノ、安倍首相を表敬訪問」 2006年11月29日 来日中の運動家で歌手であるU2のボノが11月29日(水)午前11時、安倍首相を表敬訪問するために首相官邸を訪れました。 予定されていた時間の倍に当たる20分間の会談が行われました。 会談の要旨は以下の通りです。 会談の冒頭ではボノから安倍首相にアルマーニの(RED)サングラスが贈られ、プロダクト・レッドについての説明がされました。 それに対し、安倍首相はグローバル・ファンドのアイデアは2000年の沖縄サミットから生まれたと述べ、日本はG8サミットに初めてアフリカのリーダーたちを招いたと言いました。 ボノはG8各国がアフリカにおける伝染病の問題に取り組むようになった点についての日本の貢献を称賛し、日本が約束したことを必ず実行するとの高い評判を得ていると言いました。 安倍首相は現在の日本の財政状況は厳しいながらも、取組を続けると言いました。 安倍首相は日本がTICAD(Tokyo International Conference on African Development=アフリカ開発会議)のプロセスに基づいてアフリカのための外交を促進しており、第4回TICADを日本でG8サミットが行われる2008年に開催すると言いました。 また、ボノがその折りに日本を訪れれば日本内外でアフリカ問題についての認識が広がるので、訪問を歓迎すると言いました。 それに応え、ボノは来日できるようにスケジュールを調整すると言いました。 ボノは、日本のアジア地域への援助の成功を考えると、アフリカ援助についてもその経験から学ぶところがあると述べました。 安倍首相は各国が日本の戦後復興のために援助をしてくれ、1990年に日本がその負債を各国に返済し終えたと答えました。 そのような経験に基づき、アジア各国がインフラ開発と環境を考慮に入れながら自身の産業を確立できるように、教育を中核に据えた援助を提供していると続けました。 アフリカへの援助について、安倍首相はアジアとアフリカの連携が重要だとの観点に立ってアフリカ地域への援助を行ってきたと述べました。 ボノは日本の経験は傑出していると言いました。 彼は、これまでは援助量に比して効果が小さかったこと、アフリカは新しい援助のアプローチ、ビジネス的なアプローチを必要としていると付け加えました。 ボノは最後に、1990年代に日本が援助のリーダーとして世界を導いていたように、日本の若い世代が新しい観点に立って援助を考え、世界を導くことを期待していると言いました。 この時の約束を果たし、ボノは5月に日本に来るというわけだ。 思い出したのは2005年4月の話(古くてごめん)。 アフリカ援助の約束を果たさなかったカナダ首相をボノは怒りを露わに激しく非難し、ラジオを通してカナダ国民に抗議を呼びかけた。 Rock star Bono raps ....@ 酔月亭 他国の政治に介入しかねない発言で、賛否両論あったけれども、このことによってボノと政治についてあらためて考えたりしたんだった。 あの時「約束を守ること」を何よりも重要視していたボノを、はっきりと思いだした。 他の人に厳しく求めるには、まず自らが誠実でなければ成り立たないんだよね。 日本のU2人気からすれば、自分に欧米におけるほどの利用価値はないだろうということ、ボノは分かっていると思う。 安倍前首相はでも、ボノの価値をよく分かっていて、その発言が欧米では大きく取りあげられるだろうこと、それによってTICADへの反響も高まるだろうこと、つまりは日本の評価も高まるだろうことを期待して、ボノに参加を呼びかけたのだろう。 ワタシが思っていたよりもずっと、当時の外務省はボノを知っていて、評価していたってことだ。ほんの断片しか伝えられなかったあの会談はとても重要だったってことだ。 首相が交代しても外務省の姿勢は変わっていない。ボノは紛れもない「国賓」として招かれるんだね。 今さらながらに、ワタシが愛している人の大きさを思い知らされた気分です。 ボノは世界に向かって、そしてワタシたちに向かって話しに来る。 日本での話は欧米とはちょっと趣の変わったものになるかもしれないと期待している。キリスト教徒が少ないからさ。 ワタシたちはしっかり耳をそばだてなければ。 さいたまでのコンサートが紛れもなくワタシたちに向けられたワタシたちにとっては特別なものだったのと同じように、5月のボノの講演はワタシたちにとって特別なものになるはずだ。 TICADの会期は2008年5月28(水)〜30日(金)。ボノの登場はどう転んでも平日で、ワタシにとってはとても嬉しいことだ。少しでもボノのそばに行けるように、最大限の努力をするよ。
はあー、勉強しなければ。ボノに恥ずかしくないように。 |

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U2japan.comのBBS情報!!!! 2008年5月28日から横浜で開催される「アフリカ開発会議」にボノの出席が決まった!!!!!! 昨日から今朝にかけてのNHKニュースで報道された模様。 NHKのウェブサイトに記事が上がってます!!!!! なんで……なんでこういうときに限ってNHKを見ない、オレ。 使われている映像は去年の来日時、安倍首相(当時)を訪問したときのもの。 この時に出席を求めたんだって。 安倍ちゃんグッジョブだったんじゃん。 ごめんよ、オイラってばあの時に印象に残ってるのって、ボノの紫色の靴下だけだ〜。 そいえばまた来年みたいなこと、どこかで言ってた? 言ってた〜??? 違う、7月に(サミットで)北海道!って思ってたんだった。洞爺湖〜。 とゆわけで、意味もなく興奮&気が焦っております。
ボノのアフリカ・スピーチを日本語で聞けるいいチャンス。 どうすればいいのか教えてください。 |

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