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NLOTHを訳していて思ったこと。とりとめはない。 「水平線に線はない」というのは、そのまま言葉の工夫なんていらないんじゃないかと。 地球は丸いから線に見えるけど、じっさいに空と海が接しているのは線なんかじゃなくて無限に広がる面だし、あくまで接しているのであって隔てられているわけじゃない。 アルバムのジャケ写にあの写真を選んだのは、本当に単純に線がないからなんじゃないか。 鶏と卵でどっちが先なのかわからないけれど、あの写真はボノの心を、ボノが考えていることを言い当てた(とボノが思った)んじゃないか。 ワタシには「空と海のあわい」という、なんとも観念的な、まるで空と海の間に形のない何かがあるような思い込みがあったけれど、実際には空と海は密着している。 「水平線の向こう」という言い方があって、それはワタシのお気に入りでもあったんだけど、実際には線が存在しないのだから「向こう」もへったくれもない。 その先に何があるのか見えなくても、その何かは今自分がいる場所から切り離されるべきものではなくて、確かに繋がっている同じ世界に属するもの。 その点で、海と空は同じ性質のものだということもできる(これはNLOTHアルバムのジャケ写とそこに載せられたイコールからの連想)。 遠く離れた場所を繋ぐものという共通性は実感できる。 夜空の星や月を見上げて「これはボノのところまで行く」と思ってみたり、海を眺めて「この水はアイルランドまでつながっている」と思う。 海の水は蒸発して大気となり、ワタシたちを包む。上昇して雲になり、雨や雪となってワタシたちに降り注ぐ。地にしみ込み、水脈を辿って海へ還る。 空と海は同じものでできていて、それは少なからず大地をも構成している。 それからワタシたち自身も。ワタシたちは海と空と大地を循環する水の通り道の一つだ。 水が存在できる場所が、ワタシたちの命のありか。 だから宇宙で死んじゃうんだし、他の星でも生きられない。 だから月から戻っておいで。 ちょっと行き過ぎちゃったかな。
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