|
コメント返しが長くなってしまったので記事にします。 勝手にコメントから引用しますが、どうかご容赦を。 How To DismantleとAll Thatの2枚のアルバムって、 歌詞が「風はどっちへ向かって吹くかわからない」とか 「僕のどこが間違っているか教えて」とか「僕の中にまだ美はあるだろうか」とか、 問いかけ形式、答えを求めるものが多かったと思うんです。 Vertigoにしても、自殺したくなるような世の中だけど、 まだ望みはあるから取りあえず踏みとどまってみよう、という感じで。 ところが今回のアルバムでは、MagnificentにしてもBreatheにしてもMOSにしても、 自分の使命を確信している、ふっきれた感じの歌詞ですよね。 音楽的にも売れ線を狙ってない、媚びてない感じがする。 それでVertigoの「All of this can be yours」も、もう条件なし、駆け引きなし、 100%になったのかな、なんて考えてしまいます。 (Kyoko) (>Kyokoさん) 前の記事で「容赦ない」って言葉を使いましたけど、そう、そうなんです。吹っ切れた、開き直った。 その辺はFezやCrazy Tonightの歌詞について書きたいこととすごくつながってくるんですが。 じゃあ書けよなんですけど、それはともかく。 Vertigoでのコールを聞いて初めて、ツアータイトルの360°ってのはステージセットの構造についてだけじゃなく、ものすごく思想的な意味も含まれてるんだと思いました。 それは「めまい」というタイトルにもふさわしい。 HTDAABの時、「All of this can be yours」のyouは神だとも解釈できると思っていました。 「すべてのものをあなたに捧げるから、ぼくから何を奪っても構わないから、ただ一つの欲しいものを与えてほしい。そうすることで傷つく人はいないんだから」と呼びかける相手は神なんじゃないかと。 かといってそう限定されているわけではなくって、ワタシたち一人一人に向かっているものだとしても解釈は成り立つし、「ボノが欲しいもの」はこれまでにすでに明示されてきているとも思っていました。 今回のVertigoにおいて、youはワタシたち、それにきっとボノ自身も含めた「人間」じゃないかと思うのです。 目を見開いて360°を見ようとしても、キャパシティオーバーでめまいを起こす。それほどのものを与えられて、堪えられる人間がいるだろうか? ワタシは堪えられるだろうか? 歌詞は「All of this can be yours」であって、「All of this are yours」ではない。受け取る側の能力にまかされている。 ワタシはどこまで受け取ることができるのだろうか? そう思うと同時に、ボノは与えられる360°すべてと向き合おうとし、だからこそVertigoを書いた後に、ここに着地したのだとも思うのです。 めまいが起こらないわけではないだろうけれども、すべてを受け取る覚悟を決めたように見える。 (ワタシはどんだけVertigo好きなんでしょうね……) HTDAABが羊の皮をかぶった狼だとすれば、NLOTHは狼、あるいはもっと獰猛なかつ美しい獣。 獰猛さに対して恐怖を抱きながら、美しさに惹かれ、抗うことができない。 懐に入っていくには相当の覚悟が必要だし、細心の注意を払わなければならない。 どこまで近づいていけるんだろうか? ワタシは堪えられるんだろうか? NLOTH以前にさかのぼらなければならないような気がしてきました。
Vertigoツアーで初期の曲とABの曲が多かったことや、最終的に新曲の演奏が少なかったことも、全部考え直さなければならないのかも。 ツアーが始まらなければ(あのVertigoを聴かなければ)考えなかったことだけど、ツアー中に考えることじゃないよなー。 もう時間がないのに。 |

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- 洋楽




