酔月亭

ブログを引っ越しました! 今後ともよろしくお願いします。

Vertigo//2005/06

[ リスト | 詳細 ]

U2 Vertigo//2005 Tour にまつわる諸々
各セットリストは詳細がわかり次第更新します。
記事検索
検索

全67ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

緊急:チケット

コンサート前日に何を、という感じですが、昨日は限界が来てしまったので、どうしようもなく。
友人のところでチケットがあまっているそうなのです。
もし今からでも購入したいという方がいらっしゃったら、メールでご連絡ください。
メールアドレス:u2ticket@u2holic.com
(ワタシではなく、友人へ送られます)

よろしくお願いします。

    Bブロック1000番代半ばですが、29日(水)30日(木)
    チケットが2枚ずつ余ってます。
    このままだと、紙くずになってしまうので、
    どなたか、半額の5000円で引き取って頂けませんか?
    ダフ屋なんかには、絶対渡せません!
    チケットは当日会場で、午後4時半にお渡しします。

The First Contact with U2 #8

11月27日 06:20
再びファミレスの5人。Wさんの出勤に合わせ、朝食と懇談会。
ワタシの朝食は赤ワイン。Mさんが飲んでもいいですよと言ってくれたので、甘えてしまった。

みんなおかしい。
顔はにやついているのは当然としても、その上にときどき声が出ちゃう。しょっちゅう携帯にメールが届いて、ぺこぺこ打つ。それでまた笑いをもらしたりする。
それぞれカメラを取り出して「あんまり触って、間違って消去しちゃったらどうしよう」と言いながら、小さなディスプレイで鑑賞会をする。
ふれあったメンバーの誰の何が、どんなに素敵だったか、お互いの自慢話を共有する。
okazuさんとMさんはともかくアダムの優しさに感動し、アダマー転向を表明してた。

結局、ワタシがもらえたサインは、エッジ以外の3人。
    イメージ 1

左から、ボノ・アダム・ラリー。
肩口にラリーがサインしてくれたTシャツは、Wさんに返した。
だって、ワタシはもう持ってるもの。充分だもの。
ラリー・ファンのお友達がいるなら、ぜひ持っていてもらいたいと思う。
たとえこのTシャツが、ワタシ以上にその人にとって巨大なものであっても。

ボノに名前を呼んでもらえたんだと、自慢たらたら披露。みんなにほめてもらう。
会話しているうちに、素晴らしいことに気づく。

ワタシは元もと、英国版のこの本を持ってきたかったのだけれど、職場におきっぱなしにしていたため、しょうがないので一度もページを開いていない(しかも通販でスリップまで入っている)日本語訳版を持ってきた。
もしかして、これって、最初にサインをもらった日本語版かも?
この本が発行される直前にVertigo Tourは延期の憂き目に遭い、それから今日まで、この本を持っている人がボノにサインをもらう機会はすごーく限られていたはず。
もしかすると、ワタシが一番?
しかも自画像付きだぜ。それができたのは印刷のない黒の見返しに書いてもらったから。
英語版のサイン会の画像は、前にも上げたことがあるけどこんな感じ。
    イメージ 2

私の名前入りってのは、もちろんワタシにとって最高の価値を持っているし。
もしかしてケガの功名? 日本語版を持ってきて大正解だったかも!

Wさんの出勤時間となって、最寄りの地下鉄駅まで再び車中の5人。
地下への降り口を見逃してぐる〜と回っていたら。
あ、あれは。
チョコバスだ。U2ラップバスだ。
明るい中で見るの、初めてだ。
ああ、なんか嬉しい。だってずっと、夜明け前の暗い中で、閉鎖されたような空港の中でしか見ていなかったんだもの。それを街中で見るのって、ほんとうにU2Weekが始まったんだって事を改めて実感できる。
もう、みんな知ってていいんだね。
それにしても、ほんとに運に恵まれているね。狙ったわけでもないのにこんなに早く再会できるなんて。

いよいよWさんを送り出す。
行ってらっしゃい。お仕事頑張ってください。
TMさんとも都内でお別れ。お疲れさまでした。
3人になった埼玉組は、相変わらず話に花を咲かせながら、渋滞の始まった道を行く。

今日起こったことは、何か特別なつてを持った誰かの力によるものじゃなかったということを、改めて喜ぶ。
本人曰く「ちょっと旅行慣れしとったから」というokazuさんが、誰でも見られる一般的なウェブサイトから情報を収集し、最終的に電話確認して、道が拓けた。

実はワタシたちには共通の不満がひとつ、あった。
それは、あの場にたったひとつのテレビカメラもなかったこと。
たったひとつのスチルカメラもなかったこと。
たった一人の取材者さえいなかったこと。
だから当然、今朝のテレビでは何も報じられないだろうと言うこと。
だから当然、新聞に写真も載らないだろうと言うこと。
来日のその瞬間から寄り添おうというマスコミが皆無だったこと。
マネージメントの問題なんだろうか。報道規制があったんだろうか。
何で今日、唯一の日本語公式サイトに上がるニュースが、「『U2 by U2』11月29日発売(06.11.27)」だけなんだろうか。

あれは、誰にだってできることだった。その気さえあれば。

もちろんワタシたちにあったのは「その気」だけじゃなかった。
ワタシたちにはお互いという縁があった。
Mさんが、縁って不思議だって言う。
Mさんとokazuさんが出会ってなかったら。
ワタシとMさんが同じ市内に住んでなかったら。
ワタシたち3人だけじゃない、もちろんWさん、TMさんも。それから今日会った仲間たちも。
今日は会えなかった仲間たちも。
そもそももし延期がなかったら。
思いつかないような、ほんの些細なことでも。
どれかひとつが欠けただけでも、今夜のような奇跡の夜は訪れなかったに違いない。

okazuさんとお別れしてからもなお、そんなことを話した。
ワタシたちはすごく運がよかった。でもさすがにここまで運がいいと、もう一文字付け加えたくなってしまう。「運」の下にもう一つ、「命」を。
ほんとうに、ほんとうに感謝に満ちた一日だった。

11月27日 11:00
自宅まで徒歩10秒のところで下ろしてもらう。
父母に、U2に会えたよ、ボノたんは素晴らしかったよ、サインをもらえたよと、簡単に報告して、少し休んで、PCに向かう。
ブログを開くと、sumomoさんがワタシたちの成功をにおわせるコメントを入れてくれている。ありがとう。

さて。
ゆっくり静かに余韻に浸るよりも、もっと贅沢なことを始めよう。
あの幸せな時間を、余すところなく反芻するのだ。
待ってくれている友人たちのために。
何よりワタシ自身のために。

The First Contact with U2 #7

11月27日 05:03
達成感とか、充足感とか、そういう何か大きなものに満たされていたわけじゃなかった。
ただ、ワタシの脳裏では、何度も何度も、ボノの手のひらが開いてファイルを掴む、その映像が繰り返し再生されていて、それはすごくじんわりとした熱としっとりとした潤いとなってワタシの中に広がっていく。
ターミナルの中に戻ったら、ようやく我らのギター・ヒーロー=ジ・エッジがお出ましになった。
んん? 何かがおかしいぞと思って顔をよく見ると、サングラスの日焼けあとでピンクと白のパンダ用ツートンカラーになっていた。
あんまり元が色白のせいか、目の下が青く見えて驚いた。
気を取り直しておおー!と近づきかけたところ、視界の下の方でなにやらまん丸のふわふわしたものが。お子さまである。
一瞥しただけですごくかわいくて、かいぐりかいぐりや高い高いや、肩車でぐるぐるなどしたい衝動に駆られたけれど、これはエッジのプライベートな部分と思って視線を外す。
待ちかねていたみんなに囲まれてしまったエッジの写真を少し撮って、わっかが小さくなったところでおもむろにSlaneを差しだそうとしたところ、非情の「Stop、そこまでよ」。
ああん。もらい損ねてしまった。

    イメージ 1

サインに夢中になって失念したのか、歩き始めたエッジの背後で手荷物がばたんと倒れる。そばにいた人が慌てて起こすと、エッジは少し笑顔になって、そして行ってしまった。

ゆっくりと付き合ってくれていたアダムも、ラリーも、ターミナルを出てしまっていた。
ワゴンハイヤーに乗り込む彼らを見送ろうと外に出ると、あら、まだラリーのところに人だかり。
Wさんがお手製Tシャツの肩口にサインをしてもらっている。
続けて出されたCDか何かは「ひとり1回だよ」と言って断っていた。
そうだ〜、ワタシは何のためにこのばかでかいTシャツを着てたのだ〜。
ダメ元で、ラリーにお願いしたら、モノがTシャツだったからか、右・背中側の肩口にサインをしてくれた。
うわ。手が温かい。ラリー・ファンの皆さん、ごめんなさい。
でも嬉しい。
こうやって最後までワガママを聞いてくれる優しさを、言葉通り温もりをもって知ることができた。
最後に「グンナイ」と手を振って、ラリーはワゴンの中に入った。
その仕草はVertigo Tourのステージで見る退場の時の仕草そのものだった。
でも、ひとつだけ違うことがある。
彼らが立っているのは、ワタシたちの頭上の高さにあるステージの上ではなくて、同じ高さの地面だった。
だから、ラリーの視線も手のひらも、同じ高さでワタシたちの方に向けられていた。何回も見た、あの斜め下ではなくて。

ここまで、わずか7、8分のできごとなんだ。
最初にラリーは姿を現してから、最後にラリーを乗せた車が行ってしまうまで。
この記事を書きながら写真の撮影時刻を見て、初めて気が付いた。
信じられない。10分、いや15分はあったんじゃないのかな。
こんなに濃密な時間を、ワタシは今まで知らなかった。

11月27日 05:35
結局、Mさんの車を勝手にイケナイトコロに停めておいたことは、誰からも見とがめられなかった。
ワタシたち5人は元通りぎゅうぎゅうに押し詰まって、羽田空港をあとにした。
なんか、みんなそれぞれ、来るときよりもボリュームアップしてませんか? 気のせい?
Mさんが「忘れ物はないですね」と最後の念押しをしたけれど、ワタシは財布と『ボノ・インタビューズ』があればいいやと手探りですませてしまった。大丈夫、何も忘れてこなかった。

車中でようやく、生殺しの目に遭っているsumomoさんのメールに気づいた。
「ねぇ、ねぇ、ねぇ〜、来たのぉ〜」
そうだった、「絶対来る」で話が終わってたよ。すまん。返信を書きかけて、やめる。電話してしまえ。
震える怪しい声音でご報告。会えたよ。サインもらえたよ。
それから、ワタシは何を話したんだろうね、よく覚えてないや。ボノのこと、話したのかな。
声に出して報告したら、初めて涙が出た。嬉しさを噛みしめたんだね。
何かを得た嬉しさだけじゃないんだよ。
彼らに会う前に抱いていたあの根拠もない恐怖心―もし彼らがワタシたちの歓迎を喜んでくれなかったらどうしようという恐怖心が、ばかげた杞憂に過ぎなかったんだという嬉しさ。
ワタシたちが抱いていた期待以上に、彼らが溢れる優しさと誠意でもって接してくれたという嬉しさ。
たぶんそういうことだったんだろうと思います。
あ、それともうひとつ。
とんでもない時間の電話を受けて、一緒に喜んでくれる友人がいるという嬉しさも。

The First Contact with U2 #6

11月27日 05:00
気が付いたら、少し離れてアダムが佇んでいた。すでにこぼれんばかりの笑顔で。
ボノの直後にゲートから出てきていたのを、ワタシはすっかり見逃していたみたい。
すらりと背が高くて、驚くほど顔が小さい。そして、綺麗。
慌てて駆け寄って、Slaneのケースとペンを渡す。
ラリーと同じ面に書いてもらおうと思ってそこを開いていたのだけど、アダムはぱたぱたと閉じて開いて、「go HOME」と書かれた表紙のど真ん中、つまりはボノのおでこあたりから書き始めた。
その仕草がおかしくて、ワタシは笑ってしまった。
アダムのどちらかの小指にはゴールドの平打ちの指輪がはまっていた。小さいエメラルドがパラパラとちりばめられていて、大振りではないのにゴージャスで、品がいい。
ヨーロッパというよりは、やっぱりアジアな感じ。全財産を身につけて歩くという人たちに通じる泥臭さを帯びた指輪なのに、アダムが身につけるとそれこそが洗練の象徴のように見えた。
要するに、ボノがつけてもそうは見えないだろうということ。この比較に愛の総量は関係ない。
アダムは他のメンバーに比べて、ひとりひとりとの時間をゆっくり味わっているようだったし、決して急ぎ足で立ち去ろうとはしなかった。

そのとき、ボノの周りに群がっていた人たちが「はい、そこまで」という感じでセキュリティに割って入られた。ボノが出口に歩き出す。
もう、この時をおいて他にない。小走りになりながら「ボノ!」と呼ぶ。ふたり分の腕がワタシの方に伸びる。
ふたつある出口の自動ドアの右側に向かったボノの先回りをするように、ワタシは左のドアから飛び出し、Love Bookを差し出した。
「No!」と伸びてくる腕と腕の隙間を縫うように差し入れて、「It's for YOU!」と叫んだ。
ボノはクリアファイルに視線を落とし、そして、右手でしっかりと受け取ってくれた。
ワタシが押しつけたのではなく(だってそうするには少し距離があって、ワタシの腕とA4たてのファイルの大きさでちょうど届くような、そういう位置だった)、ボノの腕が上がり、手のひらがはっきり開き、掴みとってくれた。
2枚目の自動ドアが開いて、ボノが出ていく。ワタシは後を追わなかった。だって、それで充分だったんだもの。
受け取ってくれた。表書きの一部でも、読みとってくれたのかもしれない。

Love Bookの表書きは「This is "How To Dismantle An Atomic Bomb" in Japan」。
それをめくると、デートのお誘いを書いたラブレター。
その次には、デートの内容が長々と続く。
その後に、2枚目のラブレター。

    「This is my life with U2.
     I and friends had two parties called U2 NIGHT.
     The first was on 24 June.
     The second was on 19 Nov.」

    「And next party is planed on 3 Dec.
     It called [U2 Tribute Fes. "Out Of Control"]
     Please come and join us.」

ふたつの文章の間には、U2 NIGHT #002で撮った旗を囲むみんなの写真。
最後のページには、Tribute Fes.のチラシを何枚か入れた。

ボノから、欲しくてしょうがなかったものをもらった。
ボノに、どうしても渡したかったものを渡せた。
これ以上、何を望もうか。

The First Contact with U2 #5

11月27日 04:59
    イメージ 1

振り向いたら、ゲート近くで微笑んでるボノの顔が見えた。
いつもの帽子にいつものサングラス。
でも、動いてるよ。いつも見ているような写真じゃないよ。
それに、ほら、近づいていける。すごくそばまで行ける。
同じ地平に立っていると実感できる距離で、ズームも使わずに写真が撮れる。
ワタシは何枚か、写真を撮ったと思ってた。それがこの1枚だけだったの。
何度でも気兼ねなくシャッターを押せるようにと、フラッシュを切ってあったのに(だからターミナルの中でのワタシの写真はどれも、微妙にぶれている。小さくしてるから目だたないけど)、この1枚だけ。
笑う。泣ける。おまえさんはそんなにファインダー越しがいやですか?
みんながわっとボノを取り囲んだ。ワタシもさっさとカメラを諦めて(ということだよね)、ボノを囲む輪に加わった。
女の子がサインをもらってる。名前を書いてもらってるみたい。綴りを言ってる。
そうか、名前を書いてもらえるのか。

ボノの名を呼びながら『ボノ・インタビューズ』を差し出して、黒い見返しを開く。
「Please use this silver pen」と言って、銀色ペンを差し出す。
ボノが納得したように「Ok, silver」と答えて、私の手からペンを取りあげる。わ。微かにだけど、確かに指が触れた。
銀色ペンと引き替えに、私の手の中には、それまでボノが持っていた黒いペンがある。少し温かい気がする。
私も名前を書いてほしくて「My name is ……」と言ったら、サインを書き始めようとしていた手を一瞬だけ止めて、「……」と。
名前を呼ばれた。ほんとは口に出して確かめただけだけど、私にしたら呼ばれた。
「Yes」
不思議と落ち着いていて、全部覚えている。バカな私はボノを見ずに、サインが書かれていくのを見ていた。
ボノはそれが自分の本だと分かったみたい。黒くて四角いフィールドが自分だけのものだって分かったみたい。
パソコンの画面で何度も見たことのある、あの自画像を大きく描いて、その下、左側に「Bono」と、右側に私の名前を書いてくれた。
「Thank you so much」と言って、本を受け取り、ペンを交換する。今度は少し恣意的に、手に触れてみる。

思い出すのはスローモーションみたいな、瞬間ごとに余韻があるような時の流れ。
その中に自分がいたことが嘘みたいな別世界。
でも実際は、ほんの数秒のことだった。
ワタシは本を胸に、わっかの外側に下がった。

ワタシのほんとうの下の名前は、欧米人にとってすごく発音しやすいものです。
ボノにも分かる名前です。そりゃもう確実に。
自分の名前にこんなに感謝したことないよ。
じいちゃん、父、母、ありがとう。

いつかボノに名前を呼んでもらうのが夢だった。
だから実は、U2.comだけは本名でIDをとってたりする。
バカだなって思いながらね。
あれからたった2年だよ。
信じられないよ。
バカもここまでいけば本望だね。

全67ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.

ブログバナー

鈴木満月
鈴木満月
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
検索 検索

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事