酔月亭

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Review:U2 Tunes

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U2 Tunes 私感
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"North Star"


「It's a love song for universe」とボノが呼ぶ曲。
リリース前でオフィシャルの歌詞が出ていないのに訳しちゃうのはどうなのかと思いつつも、NLOTH全訳の時も同様だったのでともかくファンサイトから拾ってきてやってみた。
能力的に大問題のあるワタシのリスニングでも明らかに違う箇所があるけれど、まあ、おおむねこんな感じだと思います。

コーラス部分の「I can’t wait any longer for your love」は、"Miss Sarajevo"の歌詞を思い出す。
3年前、パヴァロッティが逝去したときに書いた記事から引用してみる。



一方で"Miss Sarajevo"を書いた詩人としては、パヴァロッティという抜きんでた解釈の力を持った歌手にその詩を歌われたことは非常な幸福であっただろう。
とくにパヴァロッティパートの最後の部分(以下は英語詞)、
    And I'm not able to pray anymore
    And I cannot hope in love anymore
    And I cannot wait for love anymore
「Love shall come」に続く絶望的にも響く詩を歌うパヴァロッティの声には絶望は微塵ほども含まれていない。
「もう祈れない、もう希望を持てない、もう待てない」。だから諦めるのではない。ただ祈り、期待し、待つだけの現状を脱し、自ら愛に向かって歩を進める。そういう歌なのだということを、パヴァロッティの歌唱は感じさせて余りある。
そんじょそこらの歌手が歌ったなら絶望的な否定形はそのまま絶望として受けとめられるだろう。"Miss Sarajevo"はそういうアクロバティックな歌なのだということに気づく。



"North Star"でも同じように「もう待てない」と歌っている。まだ愛はやってきていないと言うことだ。
だからもちろん、これはアフリカの歌(※)。「love and logic」も登場するし。
あんまり長い間愛がやってこないから、導き役が必要なんだろうとボノは考えた。それで北極星というわけだ。

あなたはここを目指しているに違いない。でも方向を見失ってしまって、それでなかなかたどり着かないんだ。
夜が訪れて晴れた星空になれば、北極星を頼りにして歩き出せるでしょう。一日が終わろうとしている今、あなたはまんじりともせず夕焼けの雲を見つめて、吹き飛んでしまえと願っている。北極星を隠さぬように。これ以上旅立ちを遅らせることのないように。

ボノが待っているのは誰の愛なのか。
それは他ならないワタシたち。そしてワタシたちを含む世界の人々だろうと思う。
でも変化はゆっくりとしか訪れないからボノは気が狂いそうなほどにいらだっている("I'll Go Crazy If I Don't Go Crazy Tonight")。
こんなに優しく歌ったら、いらだちはなかなか伝わらないと思うけれど。


※"Miss Sarajevo"はボスニアの子どもたちのために書かれた歌だったけれど、「愛を待ち望む」というシチュエイションは同じだっただろう。

North Star を訳してみた

ふるさとから45光年離れた、あなたの居場所
ぼくがあなたと一緒にいたいと思う場所。
あなたの光を頼りに目印の星を探す。
あなたとぼくを隔てる宇宙で。

これ以上、あなたの愛を待ってはいられない。
もう待てない、待てない。
とても待ってはいられない。
あなたの愛の顕現を。

鳥はまだ彼らのために歌っている。
支配者たちの頭上を飛び回っている。
満たされぬ思いの歌ではない。
ぼくには金があるし、自由に使えるし。
ぼくはスペースカウボーイ。
この宇宙で愛と論理を探し求める。

これ以上、あなたの愛を待ってはいられない。
もう待てない、待てない。
とても待ってはいられない。
あなたの愛の顕現を。

一日が終わる。
あなたは沈みゆく夕日を見守る。
夜が速やかに訪れるよう祈る。
あなたは願う、祈る。一片の雲もない夜空を。
ただ一筋の光があなたを導けるように。

これ以上、あなたの愛を待ってはいられない。
もう待てない、待てない。
とても待ってはいられない。
あなたの愛の顕現を。
8月以来延々と藤沢周平を読んでいる。以前読んだものも含め、家中の藤沢作品をかき集めて山積みし、端から読み散らかしている。
もう残り少なくなってきたので、この上はブックオフに買い出しに行くかと思っているのだけれど、執着の理由はたぶん65%にあるんだろう。

今読んでいるのは明治期の歌人・長塚節(ながつかたかし)について書かれた『白き瓶 小説 長塚節』。
長塚節は正岡子規の正当後継者といわれる歌人で小説家だけれども、名前を知っているだけで短歌小説問わず今までその作品に触れたことはたぶん一度もないし、『白き瓶』にでてくる歌以外は今後読むこともないんじゃなかろうか。
要するに藤沢作品だからという理由だけで読んでいるわけで、ここでも別に長塚節の紹介などする気はさらさらない。
まくらまくら。

いやまあ、枕と言うほど無関係なわけでもない。
昨夜だか今朝だか読んでいた部分にちょっと心惹かれて、というのもそれから連想するのが(例の如く)ボノだったりしたものだから、ちょっと落ち着いて考えてみようと言うしだい。
ここのところU2ニュースを追うのもなおざりだけれど、相変わらず思考の中心にはボノがいることに変わりなく(だからビルマなわけだし)、あまりにも思考でのみぼんやりと関わっていることに危惧を感じたりもしている。
そんな危惧は今更なんだけどね。そもそも公正な、客観的な視点でもってボノを見ようとは望みも試みもしない立場であるからにして。

正岡子規は(ってそこまで戻るか)弟子である長塚節に対して「見ているものを読め、想像はいけない」てなことを言ったらしい。それは節にとって戒めであるとともに「写生歌」という道を照らす明かりでもあったようだ。
友人の伊藤左千夫(『野菊の墓』)に「写生なんてのは美術の世界の話で言葉を用いてできることじゃない。君のやっているのは写実だ」とか何とか言われつつも子規の言葉を頼りに道を拓いていく。
んで、その端緒に辿り着くのが30才くらいらしいんだけど、そのことについて書かれた文章にボノを思い出したわけだ。
一部抜粋。

(前略)物そのものだけをうたったわけではなかった。それらの自然を媒体にして、そこに見え隠れする初秋をうたったのである。その方法で、この一連の作品を得たとき、節はそれとは意識せずに、あるいは空想と思い誤ったままに、現象から一歩踏み込んだ場所にある世界を象徴的に表現することに成功したのであった。いわば物を直視して背後にある物まで詠んでしまったのである。
(『白き瓶』p.127)

このあたりの文章と、ここで取りあげられている歌から受ける「感じ」から、ボノのことを連想したのだ。
わかりにくいけど、わかりやすい例では"Beautiful Day"。
この歌でワタシが最も好きな以下の部分(といつものなんちゃって訳)。

    See the world in green and blue
      ご覧、緑と青のこの世界
    See China right in front of you
      目の前には今まさに中国が広がり、
    See the canyons broken by a cloud
      峡谷は雲に分かたれている
    See the tuna fleets clearing the sea out
      ご覧、海原を走り抜けるマグロの群を
    See the bedouin fires at night
      砂漠の夜、ベドウィンたちのたき火を
    See the oil fields at first light
      曙光に輝く油田の広がりを
    And, see the bird with a leaf in her mouth
      そうして、ご覧、小鳥が飛んでいく
      口元に希望を携えて
    After the flood all the colours came out
      地を洗い流した洪水が退けば、
      すべての色が鮮やかによみがえるよ

ボノは「ご覧」と呼びかけているわけで、そこはまったく長塚節の歌とはありようが違うんだが、「目に見える物、現象」をただ羅列しながら、伝わるのはその情景に託されたもっと別のものであるという点が、すごく似ていると思ったのだ。
この場合、枝をくわえた小鳥や洪水といったキリスト教的モチーフはもちろん象徴性を表す装置として機能しているけれど、その部分だけではなくてむしろマグロだとか油田だとか、単語としてはまったく詩的でない言葉こそが詩に力を与えているように思う。
この詩を書いているボノの目の前にマグロやベドウィンがいるわけじゃないし、洪水が起こっているわけじゃない。「ごらん」と言われてもボノが隣にいるわけじゃない。
「ワタシたちは一緒にこの世界に広がる光景を見ているんだ」という詩だと、ワタシは思う。
「the world in green and blue」、つまりはこの青い惑星の上に生き、ボノの声が届く場所にいるからにはTVやインターネットで世界の状況を知ることもできるだろう人々に向かって歌いかけているんだと。
事実、上げられた光景のうちワタシが実際に見たことがあるのは枝をくわえた小鳥ぐらいなものだろうけれど、峡谷に横たわる雲も、青い海を埋めるほどのマグロも、星空の下のベドウィンたちも想像することはできる。
まるでボノと並んで空を滑るように飛びながら、ボノの囁きに導かれて地上を俯瞰しているようだ。
だからこそボノは「ぼくに触れてくれ」と続け、「どこか別の場所に連れ去ってくれ」と懇願する。すぐ側にいて、同じイマジネイションを共有することのできる相手に。
実際、別の場所に連れていってくれるのはボノのほうだけど。

昨年ワタシたちに与えられたもうひとつの歌詞もまた、その意味において何ら違いはない。

    See the world in red and white
    See Sigh-tama in front of you tonight
    See the shrines and the temples of Kyoto
    From Nagasaki to Sapporo
    See Japan in its Christmas hour
    See us waiting for the Sakura to flower
    See the bird with the leaf in her mouth
    After the flood all the colours came out

    さいたまで時を分かち合いながら、
    ボノが行きたいところへなら何処へでも
    日本中、北から南まで旅をする。
    ご覧、このクリスマスに彩られた国を。
    ぼくらは桜が花咲くのを待っていたのにね。
    それでも小鳥は希望を運んでくれて、
    涙に洗い流された世界は鮮やかな色を取り戻した。


なんだかまとまりのない稿だけれど、そんなところ。

あともうひとつ。
これがワタシが悩みを遠くに押しやった要因かもしれないと思ったのだった。
悩みの中味は「ワタシは英語圏の人間でもキリスト教者でもないのだからボノの言葉を理解でき得ないのではないか」というものだ。
HTDAABが出た頃にその悩みは払拭されたのだけれど、それは「ボノは英語圏の人間にだけ、またはキリスト教者だけに対して歌っているのではない」ということをはっきりと感じたからだった。
その時はなぜそんな「感じ」を抱いたのか理由は曖昧だったのだけれど、要するにこういうことだったのかもしれないと思い当たった。
間もなく日本版が発売になる"Window In The Skies"に、こんな一節がある。

    「The sky over our head / We can reach it from our bed」
    ぼくらの頭上には空が広がり、ベッドにいながらにして手が届く。

bedというのは寝床の意で、(たとえばアフリカの)砂漠や草原で星空を眺めながら抱きしめあって眠る。というような意味だと解釈していたのだけれど。どうやら全くの的はずれだったかもしれない。
ここのところテキストにしている『SUPER ROCK GUIDE U2全曲解説』に「星空を見ながら眠るベッド」について記述されていたのだ。
『The Unforgettable Fire』5曲目の収録曲"Promenade"についての文章だ。

ボノはダブリンの南側にあるブレイという町の海辺に、アリと暮らしていた。
円形砲塔(ジョイス・タワーを意識しているのか?)を改装した住まいには螺旋階段があり、それを上り詰めた最上階のベッドルームは、屋根がガラス張りだったという。
(だからビル・グラハムは"Promenade"を星降る夜の思い出として聴くといいと提案している)

星空の下のベッドで眠るふたりは空想の中の恋人たちでもあり得るが、1984年のボノとアリでもある。
また、初めの解釈通りベッドが砂漠や草原であったとしても、やっぱりそれはボノ&アリなのだ。ということを考えると、「Love makes strange enemies」の意味も分かりやすくなるな。
この曲はアリに捧げるストレートなLove Songなんだね。離れて暮らす時間がどんなに長くても、ぼくたちの空は窓でつながっているんだね、とアリに歌っているんだ。ボノはサイバー・パパだった頃の自分も思いだしているのかもしれない。

ところでこの曲が収録されたベスト・アルバムは言わずとしれた『U218』。
U2がアイルランドで初めて発売した3曲入りシングルのタイトルは『U23』。
タイトルの相似形は「再びぼくらはあの場所から始めるんだ」という決意表明のあらわれにも受け取れる。
んんー。ますます新譜が楽しみ。

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Miracle Drug (Sakura Remix)

「いつもの役得」で音を送ろう、とjiroさんの予告があったのが、28日午後2時。
さっき、届いた。
どきどきしながら、聴く。

初めて"Miracle Drug"を聴いたときと、似ているかもしれない。とても大きな期待と、ほんの少しの不安が綯い交ぜになっていた。
再生ボタンをクリックすると、あのイントロが始まった。深く優しいエッジのギター。
そして、ボノの声。進化について語っている。

   堅いつぼみがふくらみ、色づき、ほころんで……
   ああ、ゆっくりと花が咲いていくんだ。
   蓮の花が咲くときに「ぽん」って音を立てるというけれど、
   桜は咲くときにこんな美しい音楽を奏でるんだと知る。

イントロのモチーフが延々と繰り返される。
ただ繰り返されるのではなく、音は深く透明になっていく。
ボノは「Love and logic keep us clear」と歌い続ける。

   次々と花が開いていく。
   いちりん、にりん。ひとえだ、ふたえだ。いっぽん、にほん。
   行き着く果てはないんだ。見渡す限りの桜。並木ではなくて、森。銀河なみの大きさの。
   私は高みの枝に腰掛けているから、頭上も左右も足元も、すべて桜の花。

DJ jiroのRemixは、いつも優しく、そして切ない。
イメージは静謐の青だと書いた。この曲もそう。
蒼い蒼い夜のひんやりとした空気の中で、静かに花咲く桜のようだ。
一緒に見られなかったサクラを、一緒に聴けなかった"Miracle Drug"で歌うなんて、もう。

この曲に終わりはない。ただ始まり、続くだけ。
それはワタシたちの旅と同じだ。
11月29日、ボノが「It's just biginning」と言った、ワタシたちとU2の蜜月と同じだ。


まだほかに誰も聴けない曲について書くなんてすごい贅沢。
ワタシの言葉で全貌を伝える事なんてできないから、これは予告編。
この曲はきっと("Bad"がそうであったように)もっと進化して、それからみんなの耳に届く。
もう少し待っていてね。

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