酔月亭

ブログを引っ越しました! 今後ともよろしくお願いします。

BONO in ......

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『BONO in conversation』のなんちゃって翻訳。ゆるゆると参りましょう。
あくまでなんちゃってですので、原書を傍らにお読みください。
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彼は正しかったと思うよ。

そう、彼は正しかった。彼はこう思ったんだ。
「神はユーモアのセンスを持ってるに違いない。まったく金に興味のないうちの息子に大金を与えるなんて。さあ、みんなでちょっと笑おうじゃないか。この坊やときたらすべて間違ったものに費やそうとしているんだから」

お父さんはきみの子どもたちに対してはどうだったんだい?

愛してたよ、孫たちのことを愛してた。
もちろん、ぼくが子どもを持つこと、ぼくが父親がどういうものかって知ることは、彼にとって重要だった。痛み、苦痛、ほかにも色々ね。
アリが妊娠したって言いに行った時、彼は吹き出したんだ。笑いを止められなかった。
ぼくが「何がそんなにおかしいんだ?」って聞くと、一言(ひどく低い声色で)「復讐だな」って。

それは正しかったのかい? きみの父親としても経験も、彼と同じくらい難しいものだったのかな。

いいや。家の中で金切り声が上がることはすごく稀だったよ。アリのムードに満ちていたからね。どちらかといったら静かだった。

お父さんはアリとはどういうふうに付き合ってたんだい?

ああ、すごくいい感じだったよ。女性はみんな彼のことが好きなんだ。彼はまったく魅力的だし、素晴らしい友人なんだ。
誰かが親しくなりすぎようとさえしなければ、彼は幸せだった。
多分、これはぼくと父との共通点なんだけど、彼は男性に対するよりも、女性に対する方がらくに自分を出せたんだと思う。
彼は素晴らしい友人だったと思うよ。たくさんの女友達がいた。ぼくもそうだけど。何かがあるんだろうね。

お金の扱い方について、何かアドバイスはあった?

「人を信用するな」

それに従った?

まったくそうはしなかったね。信用っていうのは、ぼくにとってとても重要だから。
ちょっと脱線するけど、いいかな。
スーパーマーケットには、値段の付け方があるだろ。バーコードのことだけど。何か食べ物でも持っていって、レジにおくと、レジ係が器械で読みとるよね。
エッジがMITで研究した人の話をしてくれたんだけど、このシステムの10%が間違っているんだって。10%を除いた、ふたつの場合、つまり……

ある時は勝つ……

ある時は勝つし、ある時は負ける。で、それは完全にイーブンなんだ。
誰もこのシステムの問題について真剣に悩んだりはしないよね。ある意味、これは信用のレッスンなんだ。
もし人を信用したら、10%の割合で痛い目を見る。
ぼくはかなり人を信用する方だ。でも、より用心深くしていれば、10回に1回、そうはならないだろう。つまり危険を冒さなければ、痛い目には遭わないってことさ。
これがぼくと父との違いだと思うよ。
お父さんはきみの成功を誇りに思うってことを、きみには告げたのかな。

あー……うん、いくつかの意味で誇りに思ってはいたと思うよ。
80年代半ばに、初めてアメリカに連れて行ったんだ。彼はそれまで行ったことがなかったんだけど、テキサスのU2コンサートに来たんだ。
U2のコンサートは、彼にとってはアメージングなものだったみたいだ。ライティング・デザイナーのウィリー・ウィリアムスに軍隊の照明みたいに(サウンド・プラットホームに)焦点を当ててもらった。で、しかるべき時に、ぼくは観客に話しかけた。
「みんな、今夜は今までテキサスに来たことのない人が来てるんだ」――彼らは叫んだりホーホーと返した――
「アメリカにも来たことなかった」――叫び声が大きくなる――
「アメリカでU2のコンサートを見たこともない」――彼らはものすごく興奮してた――
「ローン・スター・ステイト(=テキサス)の紳士淑女諸君、君たちにぼくの父親、ボブ・ヒューソンを紹介したい。そこにいるのが彼だ!」
照明があてられて、彼は立ち上がった。何をしたと思う? 彼と来たらぼくに向かって拳を振り始めたんだ。素晴らしい瞬間だったよ、ほんとに。
その夜、コンサートのあと、ステージを降りてから、彼がやってきた。ぼくはいつもちょっとふらふらして10分ぐらい閉じこもってしまう。たいてい誰もぼくに話しかけようとはしない。ギアをダウンするのにいくらか時間が必要なんだ。
ぼくは足音を聞いた。振り向くと、そこには父がいて、彼は……ほとんど感動してるように見えた(笑)。
ぼくは自分自身に言ったよ。「神様、なんと彼が何かを言おうとしてます。これはぼくが人生の中でずっと待っていた瞬間だ……」。彼の目には涙がにじんでたと思う。彼はぼくを抱きしめて、ぼくは彼を抱きしめて、そして彼は赤くなった目でぼくを見たんだ。
彼は言ったよ。「息子よ……(大きくポーズを取って)お前はすごくプロフェッショナルだ……」(笑)。

プロフェッショナル? ぼくはきみをそんなふうに思ったことは一度もないけどな。

「ファンタスティックだろ? もしきみがとりわけパンク・ロック出の人間だったら、最後まで考えないことがプロフェッショナルになろうということだろうね。でも、違うんだ。彼は誇らしげだった。
多分彼はいつもぼくをすごくうぬぼれていると思っていただろうし、それはおそらく正しいだろう。ぼくのことをまだちょっと非常識だとも思っていただろうね、多分。
息子を持つ多くの父親みたいで、どうすればいいんだかわからないみたいだった。
そして彼は、ものすごく意地悪なユーモアのセンスを持ってたんだ。

彼はきみにロック・スターとしての人生についてさまざまなレッスンをしてくれたと思うかい?

彼は「息子よ、なんて愚かなんだ」っていうダブリン的な態度をとっていた。それがすべてだ。
彼が本棚(アイルランドとスコットランドの食器棚)をおいている階下のキッチン――まだそこにあったんだ――に入っていった時、彼はこういった。(怒鳴り声で)「ハ!(手を叩いて)彼らがお前に会いに来るからってなんだ? ひどくばかげてる! 古くさい……ハ! ウサギ小屋じゃないか。動物なんか入れておくべきじゃない。お前はきっとそのために幸運を費やしてる、そうじゃないか? お前はバカだ」。
危険なことに、彼は目をつり上げて睨みつけていて、愚かしさに絶望して頭を振っているんだ。「かわいい息子よ……本当は誰も来なかったんだろう?」
何年もあとになって、彼の期待がまったく完全に粉々にはならないと、彼は自分のたちの悪い気分屋ぶりに混乱するようになった。
ぼくの兄はいつもすごく勤勉で、すごく革新的な人で、すごくビジネスに通じていて、どういうふうに金を稼げばいいか知っていたし、そういう野心を持っていた。
でもぼくはといえば、まったく金を稼ぐということに興味を示したことがなかったんだ。ぼくがいくらか金を貯め始めた時、父はすごくおかしいことだと考えたよ。
哀れな父親にさぞたくさんの眠れない夜を過ごさせたんだろうね。何か特別なエピソードを覚えてる?

いつもぼくは雨樋を2階分よじ登るんだ。そうするとバスルームの窓に手が届くから、そこから入れる。すごく手の込んだ作戦だろ。手を窓の中に突っ込んで開けて、中に入る。階下に降りて、友人たちを招き入れる。そうすればもう少し付き合えるってわけだ。
ぼくが覚えてるのは、そうだな、朝の4時、ぼくはちょうど作戦の一番困難な部分に取り組んでいた。
父親が目を覚まして、言うんだ。(声色をまねして)「お前か? お前なのか?」。ぼくは彼のベッドルームの窓の外側にいて、団地の壁にぶら下がってた。
ぼくは応えた。(口を手で覆ってぼそぼそと)「んー、ああ、ぼくだよ」――「早くしなさい! もう寝るんだ」――「うん、ああ、わかってる……」。
で、彼は実はぼくが彼の部屋の窓の外にぶら下がってるなんて気づいてないんだ。まさに落っこちて全身の骨を折る寸前だなんてね(笑)。

彼はきみにとってすごく恐ろしい存在だったみたいだね。

そうでもないよ。好戦的な関係だっただろうけど。ぼくらは変わった共同体だった。すべての父親がDoc Martensのブーツを履いて、モヒカン刈りにして、特別な服を着てるふたりの息子を持ってるわけじゃない。
Guggiは時々馬に乗って呼びに来たしね。ぼくらはすごく若い時からシュール・レアリストだったし、このやり方をすごくおかしいと思ってたから。
一度、ぼくらが喧嘩した時のことだ。
ぼくが20才の時かな、友人たちがぼくの車をティッシュ・ペーパーでくるんだんだ――完全にだよ――何ダースもの卵を使って張り子みたいにして、ティッシュと卵の繭みたいに封じ込めてしまった。ぼくが起きていくと、彼らは卵を投げつけてきた。
ただひとつ問題だったのは、父が起きたことと、彼は武器を枕の下に入れて眠ることだね。

銃のことかい?

いや。鉄の棒みたいなものだ。ぼくらふたりは、ぼく自身と父だけど、友人の後を追って道を走りおりた。ふたりとも完全に武装して。そりゃおかしかったよ! 
彼ときたら(走って息を切らせる父親のまねをしながら)「心臓発作が……心臓発作が……あの悪党どもめ! 捕まえてやるぞ……」

なぜその時まだ父親と暮らし続けていたんだい?

彼は一年間、ベッドと食事を無料で提供してくれたんだ。彼はこう言った。「お前には1年やろう。今年の終わりにお前たちのバンドに何事もなければ、家を出て職に就け」。考えてみれば気前のいい話だろ。穏やかになりはじめたんだ。
彼が本当にぼくを助けてくれた、特別な瞬間を思い出したよ。
有力者がバンドを見にやってきて、資金提供の話を持ちかけたんだ。ぼくらにとって大きな瞬間だった。だってぼくらはまったく一文無しだったからね。
彼が提供する金で、UKツアーをブッキングした。ぼくらはまだレコードの契約がなかった。ぼくらは言った。「このツアーで、レコード契約もできるだろう」。
でも、ツアーに出る前の晩、提供者は電話をかけてきて、予算を半減したんだ。ぼくらはもう車もライトも、すべてのものを借りていたから、その金がなくちゃならなかった。
きみが知ってる音楽業界の底辺の話はもちろん本当だよ。ぼくたちは彼に手を引くように言った。
それから家族のところに行って、それぞれ500ポンド出してほしいって頼んだんだ。ぼくの父はそれをくれた。エッジの父親も、確かラリーの父親もね。
きみがぼくに尋ねたぼくらの関係性の雰囲気は、上向きになったんだ。
母親側の一族にはサクセス・ストーリーがあるね。

彼女の兄のひとりは保険業界でとても成功したんだ。彼はロンドンに移って、それから世界中を飛び回った。母親の一族はみんなうまくやったけど、彼はまた特別だね。
ぼくの職業として彼らが考えたもう一つのことだと思うよ、保険のセールスマンは。絶対にネットを求めないサーカス・パフォーマーにとっちゃ、まったくおかしなことだよね? 
とにかく素晴らしいことだよ――そう言わなくちゃならないだろうね――まったく何かを成し遂げなくてもいい環境から出てくるってことはさ。だろ? これはその対極だよ。
でも、神よ、彼らに祝福を、ぼくはとても乱暴な子どもだった。母が死んだ時には手に負えなくなった。
ぼくの将来が明るいとは思えなかったからといって父を責めることはできない。自分自身に対して怒っているぼくを見ていたんだから。
ぼくは学校の勉強は得意だったけど、まったく興味は持てなかった。これはほんとにおかしなことだけど、この頃までぼくの成績はトップクラスだったんだよ。
付き合ってた連中もたいていは学校に興味がなかった。だからぼくは父をあんまり責めたいとは思わないんだ。

きみは厄介者だったから。

そう、まさにそれだよ。

にもかかわらず、きみはついには大学にも行った。

うん、行った。だって学校の友達が行ったからさ。
その時、思想には興味があったんだ。ぼくはいつだって思想への興味は持っていた。
ぼくは大学に2週間いて、英語と歴史の課程を選択してた。そのふたつは好きだったよ。

2週間ってどういうことだい?

そもそも入学できたのが間違いだったって言われたよ。国立大学では国語(ゲール語)を喋ることが要求されるんだけど、ぼくはできなかった。単位を取れてなかったんだ。彼らはそれを見つけて、ぼくを退学させた。他の成績は認めたにもかかわらず。

きみと父親との関係は、母親が死んだあとでどう変わったんだろう。

母が死んでからは、ぼくは兄も父もひどく苦しめたと思う。ひとつの家で、3人の男が、ひとりずつばらばらに暮らしているんだ。3人の男にとっての考えられるかぎり最悪のひどい時間を何度も分け合ったよ。
父がぼくをノックアウトしようとした時のことを生々しく思い出すよ。
ぼくは2度とかんしゃくを起こしたりはしなかったけど、辛かった。それはほとんどコミカルなことだった。
彼は「自分自身を心配する」という心配のいくつかに疲れ果てていた。
ぼくは17歳で、パンク・ロックのライブに出掛け、戻ってくる。彼は階段の一番上ですごい大砲を持ってぼくを待っていたよ(笑)。
ぼくとギャング仲間にとっては障害物競走のコースみたいなものだった。彼を起こさずにどうやって家の中に入るか、ってことはね。
きみは、父親に尋ねたかった質問が答えを得られないままになってしまったと感じているのかな。

そうだね。

でもどうしてそういった質問をしなかったの?

してみたさ。彼が答えたがらなかったんだ。

どんなことだい?

ぼくは何で彼は彼のやり方でやるのかってことを実際に聞けるような会話をしたかった。以前にすごく特別で興味深い家族の歴史について発見したんだ。今は話したくないようなことなんだけど。でも彼は、沈黙とウィットの中に消えてしまった。

きみは彼のやり方の何を知りたかったんだい?

すごく親しくて、それからすごく無関心だったんだろうな、確かに。彼のぼくへのアドバイスっていうのは、言葉にしたわけじゃないけどこういうことだった。「夢を見るな! 夢を見ることは失望することだ」。決して夢を見ないなんて、残念だよね。
そしてもちろんこれが、誇大妄想狂の始まりだったんだ。
大きな考えを抱かないってのが、彼のやり方だった。すごく興味深いよ。

でも、彼はどうやってきみをはぐらかそうとしたの?

「何で大学に行きたいんだ?」。彼は混乱させられたんだろうけど、最後には「ああ……大学に行け。もちろん手助けしよう」って言ったんだ。ついにはギター・レッスンにもお金を出してくれた。簡単じゃなかったけど。
ミュージシャンにもシンガーにもならなかったというのが、その時でも彼の人生における最大の後悔だったんだ。それを明らかにするのはすごくたいへんだっただろうね。
ぼくは今、4人の子どもの父親だけど、そういう考え方は想像できない。幻滅から守る彼のやり方は、最初っから幻想を抱かせないってことだった。
いくつかの点で、彼は彼自身の外側に手を伸ばすことをやめてしまった。彼は多分なにかを切りすてなくちゃいけないことがあって、自分の子どもにはそういう思いをさせたくなかったんじゃないかな。それか、ただ単につむじ曲がりだったか。
はっきりわからないよ。他に何か説明の仕方があるかな。

彼はきみが何になると思っていたのかな。

んー……そうだな……彼と同じような公務員かな。安定した仕事だからね。情熱は傾けられないけど。それか、旅をするセールスマンか。
ぼくの一族にはたくさんトラベリング・セールスマンがいるよ。で、もちろんぼくがなったのはそれだ!

そうなっていたかもしれないってことだね。

'''違うよ、可能性以上のものさ。今のぼくは確かにそれだよ。まさにトラベリング・セールスマンだ。
どういうことかって言うと、それがぼくが自分自身をどう見てるかってことだよ。
ぼくはドアからドアへ、町から町へ歌を売り歩いてる。メロディと言葉をね。それから政治的な仕事については、アイデアを売り歩いているんだ。ぼくが属している商業的な世界でも、ぼくはアイデアを売って
る。まさに一族の血脈だね。本当にそうだよ。
ジャックおじさんのために、神に感謝を!

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