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4月の記事で「Oneのジャケ写が日本に来るよ」と書きましたが、来ました。今日から東京都写真美術館で見られます。12月5日まで。 1998-1999年に同館で行われた〈ラヴズ・ボディ〉展の第2弾だそうです。前回はヌード写真=体そのものがテーマだったのに対し、今回はエイズを抱えたアーティストに焦点を絞り、「現代の身体表象から導き出された問題をより鮮明にしようとする試み」だそうです。
《Untitled(Falling Baffalo)》の作家デイヴィッド・ヴォイナロヴィッチ David Wojnarowiczもこの写真を撮った14年後の1992年にエイズで亡くなっています。 昔囓ろうとして挫折したエルヴェ・ギベールの名前もあるし、思っていたよりもおもしろそうな展覧会だ。や、ボディときてバッファローだから、いろんなカラダの写真があるのかしらーと漠然と考えてたわけです。 会期中はアーティスト・トークや講演会、トーク&ライブの公開録音など盛りだくさん。 U2関連は1点のみだと思いますが、写真がお好きな方はどうぞ。 |
around myself
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たまにはU2と関連のない/薄いことも書くらしい。
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7月10日、年下の友人の訃報がもたらされる。昨日だったと。 バイク移動中に留守電に吹き込まれていたお連れ合いの声はしっかりとしていたけれど、その背後にある思いに身を切られるようだった。 年齢に見合わない残酷な病に見舞われた彼は、いつも前向きに、希望を持って戦い続ける勇者だった。 傍らの彼女も、たおやかな外見とは裏腹に、力強く足を踏ん張って彼を支え続けた。 二人の姿にワタシもたくさんの勇気をもらったし、今ももらい続けている。諦めてはいけない。諦める理由は何もない。今を大切に過ごすことが死に対抗する最善の策だと。 知らせを聞いた数分後に行き当たった、池澤夏樹の文章。 「人が人を愛する存在であり、死が別れである以上、すべての死は悲しみを伴う。しかし若い者の死は失われるものが多いという意味で格別に悲しい。周囲以上に本人がもっとも悲しい。」 (池澤夏樹『パレオマニア』新潮文庫刊) どんなに悲しく、悔しかっただろうか。 ワタシは美しい二人が内裏雛のように揃って在る姿に再び会いたいと願っていたが、そのように在りたいと誰よりも本人が願っていただろう。 のんべんだらりと日々を過ごしているワタシよりもずっと、生を尊重し、求めただろう。その思いの大きさに応じて、生は分け与えられるべきではないのか。 最後は穏やかな顔だったという。苦しみから解放されて安らかに眠ったことに一抹の安堵を覚えつつも、失われた可能性の大きさに、今も胸が詰まる。 7月20日、また一つ訃報。18日に、事故だったと。 予想だにしない友人の死に呆然とする。 幼い子を持つ父がこんなに早く逝っていいわけがない。なんということだろう。どうしてこんなことになってしまったんだろう。 あまりにも傷ましい。しかし痛みや喪失感よりも、得体の知れない衝撃にただ呆然とする。 ほんの一月あまり前に会って、一緒に闘病激励のメッセージを撮ったのではなかったか。あの時あなたはそんな気配などみじんも見せなかったではないか。当たり前のことなのだけれど。 そう、ワタシたちが集まる場所に、あなたはいつでもいた。ワタシたちの誰よりも確実にいたかも知れない。いつも穏やかに笑んで、満ち足りた顔をしていた。 それが、なんだ。どうして。 行き場のない、言いようのない思いが徐々に質量を増し、胸を圧し潰す。 あまりにも対極的な、二つの死。 あまりにも酷い、7月。 お二人の死に、心からお悔やみ申し上げます。
文字通り、悔しくてなりません。 今はまだ、「思い出す」という言葉とは無縁なほどに身近すぎる記憶ですが、ワタシが友人たちと会うとき、U2を聴くとき、常にお二人の存在が思い出され、語られることでしょう。 願わくば、ゆっくりとでもいい、悔しさが薄れ、それが穏やかに優しく訪れますように。 「二人の死」ではなく、「二人の生」として、輝かしく思い出される日が訪れますように。 ご冥福をお祈りいたします。 |

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U2.comからやっと届いた『Artificial Horizon』をヘビロテ中です。好きな曲ばっかり。正直言って、オリジナルより好きな曲もあるくらいだ。 新しい子が来まして。 買い換えの理由はいい加減起こせないバイクに乗るのをやめねばなるまいと思ってた矢先、XLRちゃんがパンクしちゃったから。もう絶対扱いやすい楽な車にしてやるー!というわけでビッグスクーターに乗り換え。 や、もうマジでらくちん。バイクって楽しいね! 2004年式のホンダ・フォルツァ。中古なんだけど走行距離が2000km台、ピカピカなんでワタシ的には新車同然といったとこです。 ほんとはスズキ車にしようと思ってたんだけど、XLRに続いてのホンダ車なのは、ただ単に最寄りで買えた赤い子だからです。こだわりは排気量と色だけでしたの。いまだにVertigo気分なワタシ。 でも二つ目にしてよかった。推定5歳男児に「ウルトラマンみたいでかっこいい」って褒められちゃったし、なんか猫みたいだし。 猫と言えば、先日久しぶりに月(ぐるぐるさん)の夢を見ました。生き返るの。 夢の中のワタシは夢だってことに気づいてなくて、「燃さなくてよかった! 正解だった!」って言ってる。寒い季節でよかったなーって。ほんとは夏の終わりに死んだんだけど。そんでもちろん火葬にしたけど。 目が覚めてから気づいたんだけど、生き返った月にはもう、半身麻痺が残ってなかった。でも一回も鳴かなかったんだよな。あんなにお喋りな子だったのに。次に会うときは鳴いてほしいな。 ええ、まあ、未だに立ち直ってないです。死に様思い出して涙にじませてます。 先月、町中で首輪をつけたなつこい子に会って、7ヶ月ぶりに猫に触った。柔らかくて暖かくて、ステキな生き物だなーと思いました。 里子の話がなかったわけじゃないですが、断ってます。それは月のせいじゃなくて、独占欲のせい。 もし誰も介さずに捨て子や迷い子に出会ったら、運命だと思って受け入れます。月の時がそうだったから。でも会わないんだなー。 月の妹になるかも知れなかった子というのが友人宅にいまして、まあ、当の月が拒否しまくったためにウチにおいとけなかった迷い子なんですけど、もしその子がいたら月をなくした悲しみも少しは軽減されてたかもと勝手な思いを抱いていました。 ところがその子が、先月急死。理由もわからぬ突然のことで、友人の落ち込みたるやワタシの比ではないと思われます。お散歩しまくりの月と違って箱入り娘だったのにな。 センパトはおかげさまで盛況でした。天気もよくって日焼けしましたよ。今年はお子たちの、それも姫の参加が多く、ほわほわなごなごのパレード。
予告した秘密兵器はこれ。 (Leeさん撮影の写真を加工しました) Hさんご購入のU2360のバナー。ウェンブリーで使われたものだそうです。 やあもう、その効果たるや素晴らしいもので! ワタシたちも大喜びですが、沿道にも人気だったぜ! ブラックベリーのコマーシャルにもなっちゃったのはご愛敬ってことで。 1年ぶりのアイリッシュ・セッターの群れもステキでしたわ。 (最近、アメリカン・コッカー・スパニエルに似ていると言われてちょっとショック。まあどうがんばったってアイリッシュ・セッターになれないことぐらいわかっているのだが) パレードの後はギネスを楽しみ、U2トリバンのライブ。歌舞伎町で凹2のステージを楽しみました。 5月30日は「優」、7月にはOctoberもライブをやるらしいですぜ。詳細はまた後日。 |

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なのですが、ちょっと今回の引きこもりが長引きそうなので、近況報告します。 取り留めない文章のネクラな話です。 8月16日の記事に軽く記しましたが、アイルから帰ってきてからこっち、黒猫のぐるぐるさん(仮名)がずっと食欲なく、8月中旬頃から自力食餌を放棄していました。 強制給餌でなんとかしのいでいたのですが、8月27日の夜から体温低下、28日深夜に息を引き取りました。 本名は月(つき)と言いました。推定8月生まれなので、享年14歳。 できれば穏やかに、眠りながらいってほしかったのですが、28日は一日中目を閉じることなく、夜半にけいれん発作を起こし、最後は呼吸不全に陥って亡くなりました。 指先で、心臓の鼓動が弱まるのを感じながら看取りました。 ここ数年は夏が来るたびに食が細り、涼しくなると元気になるという繰り返しでしたが、年齢的にはもう数年は生きてくれると思っていました。 獣医師によれば老衰だろうということです。14歳で老衰とはあまりにも早いですが、胎内からの栄養失調と言われ、生後一ヶ月に見えたのが生後三ヶ月は過ぎていたはず(歯の生えかわりから推測)の成長不良の子猫だったので、もともと短い命だったのかも知れません。 外に出る猫で、これまでに何度か怪我で獣医師にお世話になったこともありました。 それが病気でも怪我でもなく老衰でいったのは、飼い主孝行だと思います。もう病院に行っても点滴ぐらいしかやることがない。やってあげられることがない。 それでもたくさん後悔します。 14歳で老衰なんて、これまでの飼育過程が悪かったからじゃないかと思っています。とくに、完全室内飼いを何度か試みて、その度に挫折したこと。外に出せコールの激しさと抗議の粗相に負けたのですが、一番の要因は月さんが外で遊ぶ姿を見るのが大好きだったからだと思います。 諦めて外に出すたびに、怪我と病気の危険を思いつつ、狩りに励む月を見られて嬉しかった。 結果的には老衰という、ワタシに対してとても優しい理由でいくことになりましたが、完全室内猫だったらもう少し長生きできたのかもしれないと思います。 夏になると体力が落ちるということに加え、今年はあまりよくない要因がもうひとつありました。ワタシのアイルランド旅行です。 月さんはワタシの長期不在のあと、必ずと言っていいほど何かしらのトラブルに遭います。家には父母がいるので、一人で置いてきぼりにしてるわけではないのに。 その多くは喧嘩怪我ですが、2003年冬に1週間留守をしたあとは、脳梗塞らしき発作を起こし、しばらくの間右半身不随になりました。 日常生活に支障はない、というか、ワタシの腰ぐらいの高さのテーブルに飛び上がれるまでに回復しましたが、少し麻痺が残りました。このブログの左上の写真もそうですが、横たわる時は常に左体側が下、だっこする時も必ず左向き。発作前の文句なく美しい歩き方、美しい立ち姿は戻りませんでした。 そんなわけで今回も多少の心配はありましたが、毎年のことながら少し痩せているぐらいで、食事も普通にしていました。今思えばそれも、飼い主孝行だった気がしています。 それにしても美しい猫でした。こんなに美しい猫には二度とあえないと思います。 前述の成長不良のせいか、いつまでも顔の小さい、耳の大きい子猫(生後1年くらいの)の肢体のまま。絶対に太りませんという獣医師のお墨付きの通り、食べ放題に食べさせても最大3.6kg。虚勢雄とは思えないサイズのままでした。 (ワタシの満月というHNはもともと月さんがデブ猫になった時のために用意した名前です。獣医師の予言通り、月さんがまるまる満月になることはなかったので、返上せずに今に至っています。) しかも黒いし。出会った子猫を飼うというポリシーからすれば色も柄も性別もしっぽの長さも選ぶ余地はないのですが、だからこそ黒猫は憧れでした。 少年のような肢体にすらりと長いしっぽ、つやのある黒い短毛、名前の由来になった胸の小さな白いスポット。何もかもが美しい、自慢の猫でした。 この14年間どころか、この一ヶ月さえ、穏やかな気持ちで振り返ることはまだできません。
やっとこうして記事に書くことができましたが、いまだに友人にもらった黒猫のぬいぐるみを形代に握りしめて、なんとか眠りにつけるという有様です。 楽しいことを楽しめるようになるには、まだ時間がかかりそうです。 何もかも中途半端なままでごめんなさい。 |
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今日は思いがけず尊敬する映画監督とお会いすることができました。 よく似てるような気がするけど、ご本人にしたらちょっと年いってるし、白人みんな似てるような気がするだけかも、と声をかけるのを臆していたのですが、よく考えたら以前にお会いしたのは9年も前のことで、年取ってるのが当たり前だし、似てるうえに日本語が話せる人はそうはいないだろうし、間違ってたらごめんなさいでいいじゃんと思い直してお声がけしたら本人でした。 よかったし、嬉しい。 その人を尊敬する理由は、厳しい現実を見つめ続けながら、人間に対するまなざしは果てなく優しい作家さんだからです。 それはボノを愛する理由とかなり似ているし、同じ綺麗な青い目だし、ちょっとドキドキしました。 サインしてもらえばよかったと、今更思ってみる。 バルサ2日目の音を聞いているのですが、めちゃくちゃ嫉妬してます。 だってボノがすごくエモーショナルに「Truly falling love with this town」とか言ってんだもん。うっく。 Vertigoの「All of this can be yours」のとこでツアータイトルをコールするんだけど、歌詞と繋がって、「360°、目に見えるすべてがきみのものになる」的に聴ける。 かわりに「Just give me what I want and no one gets hurt」の部分はない。 それがなんとも感慨深いです。 |

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