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全写真はスライドショー 2月18日 2日目の朝、たっぷりの朝食(ライスまでついてさすがにご辞退申し上げた)をいただいたあと、ひとまず車は置いたまま、散歩に出かける。ホテルから歩いて十数分のホノホシ海岸を目指す。 1kmほど歩いたところで、帰路のばーちゃんの事を考えて母が車を取りに戻ったのだが、すぐ先のカーブを曲がったとたんに目的の海岸が現れた。 広い公園になっていて、足下に小さな花がたくさん咲いている。左右は緑に覆われた山。海岸近くには大きな岩があって、その取り合わせが礼文島の景色に本当によく似ていると思う。 左がホノホシ海岸。右は礼文島の桃岩。 桃岩は海岸から見上げた写真だが、岩の向こう側にある遊歩道から見下ろすと、 海が背景になるのでもっと似ている。 ホノホシ海岸は大きめの丸い石で覆われていて、少し歩きにくい。太平洋の波に洗われるうち、石は丸くなったんだとか。かといって他にも同じように石の海岸があるわけではないし、奄美に限らずこういう海岸にであった事はない。海岸というより河原みたいだ。 誰かがラヴなメッセージを残しているので、ワタシもまねしてみた。白い石だと思ったら珊瑚だった。 車で一番近い集落・蘇刈(そかる)へ移動。村散歩をする。ワタシたちにとっては、観光よりもその地の人々の生活を垣間みる事の方が旅の楽しみとして大きい。一家そろって覗き趣味の持ち主という事か。 世帯数70、人口120人の小さな集落で、道路と海岸に挟まるようにして家々が並んでいる。小さな畑と、トタン屋根の木造平屋の集合体。路地を抜けると海に出る。こぢんまりとした村で、まさに散歩にうってつけ。 蔦に覆われた塀。アダンの防潮林。裏庭のパパイヤ。切り干し大根。使われなくなった消防栓。 集落を構成する様々なパーツを写真に収める。 時々遠くを猫が横切る。鳴き真似をして気を引いてみたが、一瞬立ち止まりはするもののすぐにふいっと消えてしまう。一匹だけ、屋根の上に座っていた三毛が写真撮影に付き合ってくれる。レンズを向け、許容範囲を探りながらおそるおそる近づいて、ぱしゃり。あんまり愛想は良くないが、カメラ目線はくれるフォトジェニックだ。 (しばらく後で、ワタシは大きな思い違いをしていた事を知る) 学校らしき建物を見つけて近づくと、ほとんど文字が消えかかった公民館という看板が掲げられていた。おそらくもとは小学校で、休廃校後に公民館として使用されているのだろうが、季節的な理由なのかまったく使われているような風情がなかった。 土俵と、やけに新しい二宮尊徳の石像がある。土台に刻まれた文によれば、南米コロンビアのボゴダで日本人学校の校長を務めた人が、古稀の記念に立てたらしい。その名に見覚えがあったので来た道を引き返す。すぐ近くの家が当人の住まいだった。今は人が住んでいるのかどうか。 沖縄から南米への移民が多かったことは知っていたが、奄美も同様だったということなんだろう。条件は同じなんだから当たり前の話だ。 このことに限らず、ワタシの中で奄美は沖縄の陰にずっと隠れていた。奄美について少しでも考えるようになったのはつい最近のことだ。諸島の一つに数えられる与論島を訪ねたことがあるにも関わらず、全く失礼な話だと思う。 話がそれるが、ワタシに奄美を教えてくれた一冊の本がある。 燻し銀の世界―追憶の島・奄美 徳之島出身の彫刻家の半生記なのだが、戦前戦後の奄美の様子をよく伝えていて、沖縄に比してなお深刻な困窮状態にあったことを知った。 読んだのは数年前で、それ以来ずっと、奄美のことが心の隅に引っかかっていた。やっと訪れることができてよかった。今回は徳之島に行く時間はないけれど、またいつか、と思う。 公民館の敷地に変わった形の半鐘があった。これは魚雷ではあるまいか。 もしそうだとしたら、人の命を奪うために作られたものが人の命を救うために再生されているという、世にも美しいリサイクルの実例だ。 ぶらぶら歩きながら車に戻るとほどなく、父と母が戻ってきた(ばーちゃんは海岸歩きで疲れたからと言って、車で待っていた)。父に土俵があったと報告すると、まだ見ていないというので連れて戻った。 父は村の土俵が大好きなのである。もちろん大相撲も好きだけれど、集落ごとに土俵があって、昔ながらに奉納相撲が行われていたりすると驚喜しかねないほどだ。故郷、自分の子供時代を思い出すのだろう。蘇刈の土俵はブルーシートで覆われていて今も使われているのかどうかわからなかったが、それでも満足そうだった。 二宮尊徳の土台を見せ、元校長先生の家にも案内する。 途中、さっきの三毛を紹介する。そうしたところ、全く衝撃的なことなのだが、三毛が立ち上がって近づいてきたのである。猫まっしぐらである。あまつさえ、父が差し出した指先にじゃれたりもするのである。ワタシ一人の時にはほぼ無視をされたというのに。この親父キラーめ。何が無愛想じゃ。気ぃ悪いぜ。 |
around myself
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たまにはU2と関連のない/薄いことも書くらしい。
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全写真はスライドショー 2月17日 今回の旅では島南部に重点を置いたため、最初の2泊はほぼ最南端にあるリゾートホテル・マリンステイション奄美。その名の通りマリンスポーツの基地でもあるわけだが、冬だし平日だしでたいへん空いておりました。2泊目は団体入ったけど、食事が別の部屋だったのでさほど気にならなかった。 マリンステイションは大島海峡に面していて、ホテルの前庭からすぐビーチに降りられるという好立地。ただし町まではずっと離れていて、食事はホテルでとるより他なし。居酒屋遊びも当然NG。でも2食付いてツアーのプラス料金が2500円なので、迷う事なく決めたのでした。 ホテルについて荷物を降ろすと、早速周辺を散策。といってもホテルの敷地内でタイムアップしちゃったんだけど。 裏山を登ると展望台があって、そこから「裏の海」が見下ろせる。そう、表も裏も海なんです。大島海峡に突き出した小さな半島にホテルが建っているというわけ。 裏の海には桟橋(の残骸)があって、なかなかよい風情。 現在地と裏側の景観案内図。 「桟橋で釣りができる」と書いてあったけど、今はどうなんだ? 裏山には桔梗、菫、木いちごなどがちらほらと咲いていて、春〜初夏の雰囲気なんだけど、結構寒い。関東のあったかい日よりも寒いくらい。 島に到着したときは曇っていたけれど、夕方近くなって少し日が射した。といっても雲の隙間からのぞく程度。それでも日にあたるとあったかいから、晴れていればさぞや……と残念。 小一時間ほど散歩して、部屋に戻った。 部屋は父母&ワタシババのふたつ。昼間は母がババの、ワタシが父のおもりをしているので、選手交代な感じ。父ちゃんとばあちゃんはいつでも話し相手が必要なうえ、お互いでは会話が成り立たない(常にばあちゃんペース)のです。 普段の旅行は母が一人で二人の相手をしてるわけで、そのうえドライバーも母一人と来たもんだ。こりゃ大変だなーと半日で実感しました。 (注)父もばあちゃんもボケているわけではありません。念のため。性格が王子と姫なだけ。 夕食はたいへん豪華でありました。魚も肉も島でとれたものばかり。スズメダイの唐揚げとか、カンパチの刺身とか。豚も旨かったな。
それにもちろん黒糖焼酎。「緋寒桜」と「里の曙」を湯割りでいただきました。どっちもうまかった! 「里の曙」の方がちょっとくさめ。地の食べ物で地の酒をいただく事ぐらい贅沢もないよね。 この日は酒を買い込んでくるのを忘れたので、おとなしく早め就寝。 |
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2月17〜20日、奄美大島へ3泊4日の家族旅行をしてきました。父、母、祖母、ワタシの4人で、2003年の利尻・礼文以来の顔ぶれ。他の3人はしょっちゅう色んなところへ行っているので、久しぶりにワタシが加わったというわけ。 平均年齢63.5歳だって。やな感じだ。一体オレはいくつだ。 なぜ奄美かというと、「あったかいところに行きたい」と父が言うので、つい先日ワタシの友人が行ってきたという奄美はどうだと水を向けたらば、即決。あんたもどうかねというので、未踏の地だし、滅多に行く機会はないだろうしと思って便乗しました。休暇消化命令が出てたのも幸いした。 毎度お世話になりますグランシャリオツアーズでフリーツアーを手配してもらい、友人たちの助力を得て、行って参りました。 写真を交えつつ、ゆるゆると振り返ってみたいと思います。 全写真はスライドショー 2月17日 2月17日 奄美空港に着いたのは午前11時。レンタカーを借りて、大島南端のホテルまで、あちこち寄り道しながら移動する。 まずは空港から車で5分の《奄美パーク》へ。敷地内の田中一村記念美術館が第一のお目当て。 数年前、一村の生地である栃木市で展覧会を見た事があったが、その時に比べると奄美時代の作品が多くて見応えがあった。 対象物を端正に省略化したうえで細かく描き込んでいる画面はアールヌーヴォーの絵画のようだと思ったが、そもそもアールヌーヴォーは東洋的なのが特徴なんだから当たり前の話か。それでやっぱりゴーギャンよりもルソーの楽園、と感じる。 前回は気がつかなかったが、かなり厚みのある立体的な構成をしている作品もあって、写真的であり、3D的でもあった。 エッセイとスケッチの与論島紀行も面白い。 一村美術館ロビーの椅子。水の上に建てられている。豪華。 パーク内の展望台に上り、周囲を見回す。この辺りは山の多い奄美大島では珍しい平野。空は曇っているが、それでも海は青くて美しかった。 様々な植物が植えられた庭を散歩する。中でも目を引いたのはヒカゲヘゴという亜熱帯ならではの植物。後でゆっくり紹介する。その他、ソテツ、アダン、ガジュマルなどと、西表以来の再会。みんなかわいいす。 昼食は国道沿いの《ひさ倉》で名物料理の鶏飯(けいはん)。これは与論島以来だから、もっと久しぶりだ。 ご飯の上に鶏肉を裂いたもの、漬け物、錦糸卵などをのせ、出汁をかけてお茶漬けのようにしていただく。出汁の塩味が少しきつめだけれど、さらさらとおいしい。 鳥刺しが絶品。レバーも砂ずりも甘くておいしい。串焼きのぼんじりもぷりぷりで大満足。難点はドライバーにつき焼酎をいただけない事だけ。 店の裏に景勝地《浦の松島》が見えたので、少し北側に寄り道して行く事にする。 目指したのは《西郷南州謫居跡》。西郷隆盛が奄美大島に流された時に住んでいた家である。 龍郷湾を右に見ながらのドライブは気持ちいい。深くえぐれた湾は水が静かで、まるで湖のようだった。意外と水深はあるらしく、大きなタンカーが停泊している。 途中《西郷松》で車を止める。頭上を覆う、立派な枝振り。 結局謫居跡は門の中を覗いただけ。それよりも道を横断する猫に気を取られる有様。 西郷が乗ってきた船をつないだという《西郷松》 龍郷町に別れを告げ、南へ向かう。 奄美大島は離島としては沖縄本島、佐渡島に次ぐ第三位の面積。南北に貫く国道58号線を、島の北端に近い空港から南端のホテルまで走るのが今日の行程。 とはいえ意外と近いというか、カーナビが表示する予定到着時刻からすると少し余裕があるので、とちゅう下見もかねて《マングローブパーク》に立ち寄った。いかにも行政の施設で味気なかったけれども、カヌーツアーや園内一周のモノレールなどあって、きっとオンシーズンにはにぎわっているに違いない。 コーヒーを飲んで、しばし散策。晴れていたら昼寝をしたくなるような広い芝生だった。 更に南下し、カーナビを無視して旧道を行く。太平洋側の伊須湾沿いの集落、伊須の海岸で車を止める。 ここもベタ凪の入り江で、係留してある小舟はゆらりともしない。波の音もない。 「老人と海」(ユンカーマン監督の映画の方)か「蜘蛛女のキス」のラストシーンみたいな光景に、わくわくしながらシャッターを切る。 わかる人だけわかってくれれば…… 白い浜を埋めるのは砂でも石でもなく珊瑚(の死骸)と貝殻。見慣れなくって嬉しい。
伊須から一つ峠を越えて、大島海峡へ出ると、ホテルまではもう10分くらいだった。 |
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ホテルからも見える向かいの島、加計呂麻島に渡ろうと思っていたのだけれど、取りやめて島南部でゆっくり過ごすことにした。 まずはホテルから歩いていけるホシホノ海岸を散策。小さな花が色々咲いている。見上げる小山、海岸際の巨石は、どちらも礼文島を思い出させる。ほんと、違うのは植生だけ。北と南に遠く離れているのに、不思議なくらい似ている。 世界的スケールで見たら近所だから? 近くの集落で散歩して(フォトジェニックな三毛猫!)、中心の町でお昼を買い込んで、「高知山展望台」へ。 これがまあ、なんと言うのか……携帯画像でとりあえず。 このあたり「瀬戸内」という地名で、瀬戸内海と同じように小さな島がいくつも浮かんでいるんだけど(その上この湾は「リアス式」)、向こう岸が巨大な四国ではなくて細長い加計呂麻だから、さらに向こうの海、島が見えて、延々と続く。 クリアに晴れていれば徳之島まで見えるらしいけれど、少し雲が多くて海上はけぶっている。それが余計、どこまでも続いていくような印象を抱かせるのかも。 生涯の内でそう何度も出会えない絶景だと思った。 ゆっくり昼食の後、マングローブでカヌーツアー。これもまた、稀有な体験。 ほとんど水面からの視点で、西表に次ぐというヒルギ群生地の間を縫うようにカヌーで進んで行く。 パドル操作はすごく簡単で、ただし腕の力は少し必要で、明日は筋肉痛になりそう。 ガイドをしてくれた青年は島内出身で、ともかくマングローブが好きらしい。穏やかで優しい、いいガイドだった。時間オーバーで寄り道すすめてくれたしね。 ワタシはすごーく水が好きなので、ほんと幸せな時間でした。 携帯画像は余りに酷いので、イメージ報告はまた今度。
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休暇をとって奄美大島に来ている。 沖縄に比べたらぱっと見がすごく日本らしいのに、植生が南国という、なんか不思議な世界だ。 北端の空港から、南端のホテルまで、景観を楽しみながら移動。 一応観光名所にも寄ったけど、ふとした浜がとても素敵で降りてみる。 足元は珊瑚のかけらで埋め尽くされている。こういう浜は初めて。 ホテルはオーシャンビュー。 マリンスポーツを楽しむ人にはもってこいな感じ。 でもワタシのような「ボーっと海」な人間にも最適さ。 ホテルの「裏」。 裏山に展望台があって、そこから見下ろすと裏も海で、ホテルの船が係留されている。 青い青い青い海。 深緑の山並み。 明日は南側に隣接する島に渡る予定。 「寅さん映画最後のロケ地」なんだってさ。 (画像調整は出来なくて、でかいままでごめん)
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