成都&神戸***小翠の二都物語――国境を越えて――

ワールドカップ日本女子バレー、感動と力をもらいました。あぁ、バレーした〜い;>_<;

成都を遊ぶ

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『音楽之声』@成都

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 少し前になりますが、職場の先輩と一緒に、成都市中心部にある錦城芸術宮へ
「サウンド・オブ・ミュージック(音楽之声)」を観に行きました。

 アメリカ、ブロードウェイからの巡演です。


 映画は、映画館やDVDで数十回見たのですが、これが舞台になるとは予想だにしていませんでした。

 例えば、冒頭の、雄大な山々を背にしてマリアが歌うシーン。
 ピクニックでトラップ家の子どもたちにドレミの歌を教えるシーン。
 国境の山を越えるシーン。

 案の定、映画とはかなり異なる演出がなされ、歌の順序も入れ替えられ、随分短くなっていました。

 ピクニックでドレミの歌を教えるところが、マリアの赴任1日目に教えていたり、
 雷の夜に「私のお気に入り」を歌って勇気付けるところで「一人ぼっちの羊飼い」が歌われ、
 その代わり「羊飼い」の人形劇をするシーンがカットされていたり。
 

 ちょっと、演出的には映画に遠く及ばない出来になってしまっていました。
 一つの劇場に拠点を置くロングラン公演なら大掛かりなセットを作るのも可能でしょうけど・・・
 旅公演では、仕方がないかもしれませんね。

 一方、俳優さんたちですが、長女のリーゼルから末女のグレタまで、
 7人の子どもたちはとても可愛らしく、歌も上手でした。
 リーゼルと「もうすぐ17歳」を歌うラルフが、あまりに背が高く凸凹コンビになっていました(笑)。

 
 さらに笑えたのがトラップ大佐で、歌はさておき、軽くて優しそうで、笛を吹いても迫力なくて、
 あまり退役軍人に見えなくて、しかもだんだんうちの大学の英語科のC先生に見えてきて・・・。


 また、マリアは、申し訳ないですが記憶に残っていません・・・。
 途中からジュリー・アンドリュースの歌声を思い出し、上にかぶせながら聴いていました。

 
 救いだったのは、脇を固める方々の歌が上手だったこと。
 特に、修道院の院長が歌う「全ての山に登れ」は、騒がしい聴衆も珍しく静かに聞き入っていました。


 英語で上演され、中国語の字幕が電光掲示板に表示されますが、
 めんどうくさがりでせっかちな中国人の多くは、疲れてしまうようで、
 途中から私語、離席、携帯通話(←怒!)という相変わらずのマナー違反続出。

 もう慣れましたが…。しかも、今回は舞台の出来も影響していると思われますが・・・。


 そういうわけで、改めて映画版「The Sound of Music」の無二の素晴らしさを噛みしめました。
 サプライズだったのは、スポンサーの不動産会社が、映画版のDVDを観客に配布したこと。
 もちろんコピーされたものです。著作権の問題は大丈夫なのかしらと、心配してしまいました。


 ちなみに、今回は前から17列目で、680元(約10,800円)。もう少し前なら980元、後方なら380元。
 ブロードウェイキャスト、旅公演であることを考えれば、本来なら妥当な値段であるわけですが、
 あの演出に1万円は、ちょっと高かったかな〜と感じました。
 
 

♪春のうららの・・・

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 稀に見る晴天となった、土曜日。
成都に来て2年半、どこにこんな太陽が隠れていたのかと思うほどの。

 職場の方々と、お花見に行きました。花と言っても、日本では桜ですが、ここでは梅と桃とアブラナ。
アブラナは満開で、一面黄色い絨毯のようです。
桃の見ごろはまだ先で、つぼみが少しほころんでいる程度でした。

 あぜ道を掻き分けアブラナ畑を歩いていると、汗ばむほどの陽気です。


 安仁鎮という古い町を訪れたのですが、人もそんなに多くなく、
空気も成都市内よりはきれいで、日ごろのいろんな事をしばし忘れて、田舎のリズムに親しみました。

 ごはんを外で食べて、木製の椅子でまったりとお茶を楽しみ、お菓子を食べながらおしゃべり。
幸せなひとときでした。

 
 お一人が、昔なつかしのおもちゃを購入。
中国語で“毽子”(jianzi)、jianは左に「毛」、右に「建」と書きます。
蹴鞠ならぬ蹴羽(けばね)というべきか、羽根つきの羽根のようなものです。
ニワトリの毛で作られているそうなのですが、日本と違ってラケットで打つのではなく、足で蹴ります。
今時の子どもはこんなもので遊ばないけど、一世代上の人たちならほぼ皆遊んだことがあるようです。

 私は勿論できませんが、「一世代上」のお二人は、上手に蹴っていました。

 子どもの時、ゴム跳びや鞠つき「あんたがたどこさ」をよくやっていたことを不意に思い出しました。
 

 一日遠出して自然とたわむれるなんて久々だったので、本当に気持ちがすっきりしました^_^

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 週末です。少し暖かくなりました。

 同時に、目をゴシゴシ、鼻がムズムズ・・・・・・なんという事でしょう!花粉症だ!!

 成都に来てから、3度目の春でいよいよ再発。

 スギはないはずなので、他の花粉でしょうか。とにかくブルーです。これじゃ日本での辛い春と変わらない・・・。



 そんな時、驚くべきニュースを聞きました。

 成都に、メイドカフェが登場したというのです。

 秋葉原のメイドカフェは新たな日本の文化と言われたりもしますが、本当に中国に・・・?

 どこまで模倣できているのだろう、客層は・・・?雰囲気は?

 気になったので、日本人の友人と行って確かめてみることにしました。



 四川大の近くの、凱撒皇宮(Caesar's Palace)2階。

 3人のメイドさんが迎えてくれました。

 「お帰りなさい、ご主人様〜。」「お帰りなさい、お嬢様〜。」
 
 壁には日本のアニメのフィギュアが並べてあったり、イラストが貼ってあったり。

 内装はかわいい家具、食器もIKEAで揃えてあります。

 ホットココアを注文しました。



 私なりの結論を言えば、

 需要(客側)と供給(メイド側)のバランスが、全く成立していない、ということです。

 言い換えれば、互いのスタンス(捉え方)が、日本とは違う、とも考えられます。

 秋葉原のメイドカフェに行った事はないのですが、テレビの取材やドキュメント番組で見た限りでは、

 客は「萌えたい」「癒されたい」「尊重されたい」「孤独から解放されたい(構ってほしい)」と思っている。

 メイドは、「癒してあげたい」「リラックスしてほしい」と思ってやっている。



 メイドの女の子が、「好きでやっている」点は、日本も成都も共通していると言えます。

 給仕をしてくれたチョウチョウさん(20)に「どうしてメイドをしようと思ったの?」と聞くと、

 「日本の“動漫(漫画とアニメ)”が大好きで。このメイド服も、自分たちでデザインしたんです。」

 と誇らしげに答えてくれました。


 ただ、成都の場合は客層が違います。ここは中国一のんびりした街であって、秋葉原ではない。


 日本の“動漫”が好きで、コスプレに興味を持ち、かわいい格好をしてみたい。

 純粋に「趣味が高じて」実行に移した、現代の若い女の子。その勇気と行動力はすごい。

 でも、客はどうでしょうか。

 日本のように、「オタク」と呼ばれる人々が、仲間と共に購入したてのフィギュアを見せ合ったり、

 アイドルのポスターや写真を交換したり、肘をついて「萌え〜♪」と言ったりすることはありません。


 確かに若い男の子が多かったですが、みんな珍しげにメイドさんの格好を眺めたり、

 店内に少し置いてあるアニメ本やイラスト集などをぱらぱらとめくったり。

 客にとっては、ただの喫茶店です。

 そこで気づいたのは、メイド(女僕)に対する認識が違うのではないか、ということ。

 秋葉原では、先に書いたように「メイド=癒してくれる存在」になっているようですが、

 ここでは、「女僕=給仕する人」という、ごく自然な、文字通りの意味で理解している気がします。


 チョウチョウさんに、「変わったお客さんは来た?」と聞いてみると、

 「日本からのお客さんが来ました。私が膝をついて腰を浮かせて水のお代わりを注いでいるとき、

 その人は急にごろんと寝転び、『いいね〜。いいね〜。』と言いました。

 私のスカートの中を覗いていたんです。ちょっと恥ずかしかったです。」

 日本人の客ってここまで来てそんなことを・・・私はちょっと情けなくなりましたが、これが実態。

 
 つまり、中国では、“動漫”の世界を癒しの空間だと思い、アニメの女の子に夢を馳せ、
 
 メイドカフェに来なければ癒されない、構ってもらえない、というような男はまだ少ないのでしょう。

 これは日本の漫画文化の長い歴史、漫画を読む人間の数、「オタク」の出現を産んだ社会構造など、

 色々な要因が絡み合って現在の“アキバ”が形成されたことを考えれば、当然かもしれません。

 いくら模倣した店ができても、同じ雰囲気が生まれるはずがないのです。


 冒頭に、バランスが成立していないと書きましたが、もっとあっさり言えば、

 客は、「ただの(メニューの少ない)喫茶店」としか思っていない。

 かわいいメイド服の女の子たちは、今は完全にコスプレの見世物ですし、

 他の喫茶店より値段設定が低いこともあって、学生の溜まり場状態です。

 「そこへ行けば、大切にされる、癒される、居場所がある」と思っている客はごくわずかでしょう。

 それが健全なのだとも思います。


 店を出る時、「行ってらっしゃい、お嬢様〜。」と送り出されました。



 夢を叶えたメイドさんたちの行動力はあっぱれですが、

 自分たちを必要としてくれる固定客に出会えるか――

 数ヶ月後に、もう一度訪れてみたいと思います。
  
 

 

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 みなさま、お変わりありませんか? 猫のモカです。

 昨夜は“元宵節”、夜12時ごろまで、花火が裏の団地でけたたましくサクレツしていました。

 小翠姉さんは見た目に似合わず、大きい音が怖いらしく、布団にもぐりこんで半泣きでした。

 窓ガラスは割れんばかり、とても眠れたものじゃありません。

 でもいいのです。わたしは、昼寝をいっぱいしてますから。

 勉強机の上で寝るのがいちばん好きです。小翠姉さんのやる気をそいでやります。

 このまえ、赤い大きな辞書で爪をといでいたら、本気で叩かれました。大事なものらしいです。

 ときどき、小翠姉さんはわたしに中国語で話しかけます。

 「モカは、中国生まれの猫なんだから、分かるでしょー?」

 馬鹿にしないでください。猫は、英語だって中国語だって日本語だって、すべて分かるんです。


 すべてできる――、

 アンドリュー・ロイド・ウェバーのミュージカル「CATS」(音楽劇“猫”)のロンドンキャストが、

 24日から1週間、成都で公演を打つことになりました。

 
 小翠姉さんの大好きな演目。できれば行きたいと言っていたけど、行かないそうです。

 「だってー、1,880元と1,580元の席しか残ってないんだって!
  
  3万円弱だよ?! それなら日本で3回観るよ。それに今は、家に猫がいるからいいやー。」
  


 言っときますけど、わたしは、歌って踊ったりなんか、しませんよ・・・。

 
 by Mocha

秋の杜甫草堂と青羊宮

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 都会の喧騒から、日々の雑事から逃れるように、杜甫草堂へ行って来ました。

 何度行っても、落ち着くところです。

 
 たった1枚の壁を隔てただけで、騒音と汚れた空気から洗われるような静けさ。

 薄暗い竹のアーチを潜って草堂内を歩き回ると、

 乾いて紙風船のようになっていた心が、少しずつ湿り気を帯びて体に馴染んでくるような感じがします。

 杜甫さんもこうして草堂を歩いては詩をしたためていたのでしょうか。


 
 草堂を後にして、青羊宮へも行ってみました。

 蝋燭のにおい、立ち込める煙。やはり、ここにも壁の外とは違う、静寂と荘厳さがありました。


 いい気分転換ができた日曜日でした。




 

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