|
現地の状況がなかなか定まらずに、不本意に時間を消耗しましたが、
いよいよ今日出発する事になりました。 目的地は福島県いわき市です。 当方のスタンスは脱原発・反原発であり、 再生可能エネルギー推進を支持する者ですが、 その話とは別に、 福島の復興には誰かが行かなければなりません。 宣伝や広報で人心を自在にあやつれる現代なれば、 能書きも時として大切とは思いますが、 あまりにもデタラメで無責任な言動が横行しています。 福島の事態の責任は過去に原発建設を推進してきた連中にあります。 現在の福島県民の多くにはまったく責任なんかありません。 過去の東電首脳部や、 過去の政権政党の議員連中がのうのうとしているのに、
なぜ福島の皆さんがこんなに犠牲にならないといけないのか? 見ている事はできません。 ただ、福島の人たちのために、 やるべきと思う事をやるつもりです。 |
東日本大震災
[ リスト | 詳細 ]
|
5月22日から再度岩手に行ってきて、今日帰ってきました。
岩手県の三陸沿岸部を 北から久慈市、野田村、普代村、田野畑村、宮古市、山田町、大槌町と走りました。
さすがに宮古市は重機が入って町中のガレキをそこここに集める作業が進んでおり、
再建の土台となる更地が広がっている様子が感じられました。
しかし山田町や大槌町は、
道路上のガレキこそ片付けられてクルマで走れるようになっていますが、 町中の破壊された家屋の残材はほとんど手付かずのままです。 日が暮れると廃墟の上に夕闇が広がり、灯り一つ見えません。 あぁ、ここにあった町も、人々の暮らしも、 無くなってしまったんだなあ・・・と心が痛みます。 でも、そのような中でも少しづつ生活が再建されようとしています。 一見、廃墟に見えるような町中ですが、バスが走り、 バスからは人々が買い物袋を手に提げて降りてきます。 夕方には子どもたちがカバンを肩に掛けてバスを降りてきます。 そして、どこに帰る場所があるのだろうか・・・と 心配になるような光景の中ですが、
ちゃんと帰る場所がある確かな足取りで歩いていきます。 こんなふうに、負けずに暮らし続けていく人々のために 少しでも手助けになりたい・・・とまた思いながら、 サッポロへ帰ってきました。 |
|
『遠野まごころネット』がテレビで紹介されました。
↓
http://youtu.be/UMYCZTK4y24 (you tube にアップしてくださった方、ありがとうございます)
遠野市は、以前から発生が予測されていた三陸沖大地震に備えて、
その際の災害救援と復興の後方拠点となるべく、
5年前から体制作りを進めていた先進的な自治体のひとつです。
今回の震災でもいち早く行動を開始し、
3月12日の未明から食料を届けたり、
被災地救援の活動を始めてきました。
着のみ着のまま避難した方々から、
その迅速な救援で感謝されていると聞きます。
その遠野市は4月初頭に、
全国から志を持ってやってくる個人ボランティアの受け入れのために
『遠野まごころネット』というボランティア拠点を立ち上げてくれました。
黄金週間には最大で一日600人を超えるボランティアの活動を支え、
今でも日々約200人の個人ボランティアを
被災地のニーズへ向けて送り出す拠点として機能しています。
東北各地、 特に岩手では、
被災後の支援の手が満足に届いていないところがたくさんあり
避難所で暮らしている皆さんが
津波のあと片づけを人力で細々と進めている状況があります。
再開した小学校へ子どもたちが安全に通えるように、
道路際にうずたかく積まれたガレキの山を運び出して
通学路を確保したり、
この先の雨の季節に
集中豪雨に襲われても、洪水にならないように、
津波で埋まってしまった町中の排水路の泥をかき出したり
手の届いていないところがあくさんあります!
もっともっと多くのボランティアの力が必要とされています。
東北の、岩手の復興に手を貸してください!
遠野なら個人の方でも参加できますよ!
|
|
4月23日
午前0時 札幌をクルマで出発。予想外に早く、一時間ほどで苫小牧に着き、フェリーターミナル内で仮眠。
早朝5時 苫小牧港出発。波高し。船内ではフネに揺られる以外どうしようもないので、風呂に入ったり、携帯からヤフーブログへ投稿したり。陸で購入しておいた弁当で朝食と昼食をすませ腹ごしらえも完了。
午後1時半 青森港に到着。
青森港、到着直前。よく目立つ三角の建物は観光物産館アスパム。
高速代を節約しようと、下道の国道4号線を走り出す。とにかく4号線を走れば盛岡へ行けるはず・・・との安易な判断に基づくが、後で大いに後悔する羽目になる。途中、コンビニに寄って、札幌では入手できなかった東北の道路地図を購入。浅虫温泉のあたりまでは気分よく走ったのだが・・・。
この時は、夜遅くの到着は受け入れの方に迷惑かけるだろうと夕方くらいの遠野到着を目指して走っている。
青森から4号線を走って、当面の到達目標は八戸になるわけだが、・・・・・・・いっこうに着かない。ペースが上がらない。一車線で、交通量もそれなりにある上、北海道ドライバーの感覚から言わせてもらえば、スピードが遅い!!!制限60キロの所を60キロで走行するなんて北海道ではありえない!高速に乗らなかったのは判断ミスだったか?・・・との思いが頭をかすめる。
2時間走行した時点で、このままでは到着がいつになるかわからないという疑念は確信に変わり、後悔は「一番近いインターから高速に乗ろう」という決意に変わる。地図を見ると、当面の目的地が八戸である事には変わりないようだ。
八戸は、これまで苫小牧までの航路を使うたびに訪れた港町だ。思い出らしきものだってある。しかし今回の被害で現在は港湾機能が失われていると聞く。苫小牧からのフェリーが青森港に発着しているのもそのためだ。
八戸の海岸部の状況も心配しながら走ってきたが、結局は海は一目も見えない内陸に八戸インターがあり、そこから高速八戸道に乗ってしまう。
やっと高速。
何はともあれ、先を急がねば。2時間強の時間ロス。
その先は北海道ドライバーの本領発揮。ブイブイと走ります!
しかしこの頃から天気予報のとおり、空模様はずいぶん怪しくなってきて、安代ジャンクションで青森からの東北自動車道と合流するあたりでは雨が降り出し、次第に強く降るようになる。
岩手山SAでクルマを停めて、小休止するが、かなり激しい降雨。SA内に発表されている道路情報等チェック。
札幌から事前手続きしていた遠野へ、ここから到着予定時間を携帯で連絡する。電話に出られた「遠野まごころネット」の事務局の方か、電話対応の方か、「気をつけてきてください」とこちらを気遣ってくださるが、その後で「荒天のため、明日のボランティア活動は中止の決定が出ています。」とも教えてくださる。
えええ?明日は活動中止?
であるならば、明日の一日を遠野で沈殿してしまうのはいたましい(←北海道弁で、もったいないの意味)・・・と考え、急遽行き先を一関の知人宅へ変更。そこからなら、天候回復すれは朝一番で気仙沼のVC(ボランティアセンター)へ参加可能かも・・というのが理由。
再び遠野へ連絡し、「今晩の到着はあきらめて、明日の晩にそちらへ入ります」と告げる。やはり「気をつけてきてください」 と言ってくださる。東北の人はそもそもこんなにも優しい。
しかし、今はわかる。優しい、ただそれだけではない。
あの日の私と同じように、昨日も、今日も、明日も、多くの人たちが遠野へ向かって急いでいる。
強い意志を持ち、遠路や悪条件をものともせず。
まだ見ぬ相手であっても、ボランティアのために遠野に来るというだけでその心が十分伝わる。
その人を迎えようとするとき、たとえ一本の電話を介してであっても、心がつながり、友情がほとばしる。
その事が今はわかる。
あの時の電話から、私の遠野は始まったのだと思う。 【続く】
|
|
うれしい情報が入ってきました。
JR東日本が復興に向けた新たな取り組みとして、
復興支援にあたる方々の移動に関するサポートを発表しました。
以下 ↓
被災地のボランティアなど復興支援にあたる方々に、被災地からのお帰りの際にご利用いただける「やま びこ自由席片道きっぷ」を発売いたします。具体的には、仙台〜盛岡間の新幹線停車駅等から東京都区内 までの片道タイプで、約半額で「やまびこ」号自由席がご利用いただけます。 「やまびこ自由席片道きっぷ」の発売について
○商 品 名:「やまびこ自由席片道きっぷ」 ○利用期間:平成23 年5 月14 日(土)〜6 月13 日(月) ○発売期間:平成23 年5 月14 日(土)〜6 月13 日(月) ※ご利用日当日も発売いたします。 ○有効期間:1 日間 ○おねだん: ※小児用の設定はございません。 ○取扱箇所:発駅ごとに取扱箇所が限定されていますので、ご注意ください。 ○主な効力:発駅から東京までの東北新幹線「やまびこ」号の普通車自由席に限りご利用になれます。 「やまびこ」号の指定席、「はやぶさ」号「はやて」号「こまち」号を利用する場合は、 運賃料金とも無効となります。 ○その他:きっぷの特別な購入条件はなく、どなたでもご利用になれます。 |




