轍亡き路へ

林道ラリーはオブローディングに入りますか?

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2007年3月25日9時41分58秒。
石川県輪島市西南西沖約40kmの日本海上でマグニチュード6.9の地震が発生した。

震源の深さは11km、長期に渡って地震がなく、これから先も起こる可能性が低いとされる「地震空白域」で発生した地震だった。

この地震はのちに「能登半島地震」と命名され、各所にその傷跡を残した。


この震災で、輪島市は震度6強、珠洲市は5強を観測した。




今回ご紹介する曽々木隧道・及び八世乃洞門のある旧道区間も、震災の被害を受けている。
この道は現在「八世乃洞門新トンネル」という名前のトンネル1本により通り抜けできるが、旧道は2本の隧道を抜ける必要があった。

この道が廃道化したのは八世乃洞門新トンネルが開通した2009年。



そう、廃道化の原因は震災である。

震災により、八世乃洞門の西側抗門上部より岩塊が崩落、圧壊とまでは行かずとも被害を被り、崩落の危険を避けるため新トンネルを掘ることになったのである。

それではご覧いただこう。




こちらが旧道への東側入り口。もともとこの旧道には遊歩道があったため、駐車場があった。名前を「真浦ポケットパーク」という。


こちらが「八世乃洞門」。洞門と言ってもほぼ隧道である。


こちらの隧道は内部が通り抜け可能である。

理由は私の推測なのだが、遊歩道が現在通り抜けが不可能であることよりこの隧道を遊歩道の仮ルートとしているのではないかと考える。
その根拠はまた後ほど紹介する写真を見ていただければおわかりいただけるだろう。

私はあえて洞門の通り抜けをせず、遊歩道へ向かった。


遊歩道の傍には「垂水の滝」という滝が存在する。
その滝壺付近を遊歩道で抜けるのだ。


遊歩道にはタイガーロープで入れないようにしてある。
余裕で抜けられるので通らせていただこう。



隧道が好きな私としても、洞門を抜けていきたいところだが、もちろん遊歩道を選んだ理由は存在する。

この旧道区間はなんと5世代の道路が眠っているのである。

現在使われている5代目の「八世乃洞門新トンネル」、4代目は「曽々木隧道、および八世乃隧道」、3代目が1887年(明治20年)に改修された明治道、2代目は1792年(寛政4年)に麒山瑞麟という住職が13年かけて築いた江戸道、初代はそれ以前の山を越えるルートである。


初代のルートは不明だが、現在歩いているこの遊歩道は2代目が改修された3代目明治道を踏襲しているのである。

遊歩道化されているのは少し残念ではあるが、江戸の道があることには驚かざるを得ない。


全レポでご紹介した「真浦隧道」が見える。位置的にはそこまで離れていない。



そしてこの道は変貌する…


遊歩道とは名前だけだった!!

封鎖されていたのできっとあるとは思っていたが、やはり崩落があった。


柵はやる気なく垂れ下がり、路面には土砂が積もっている。

震災でこうなたのかどうかは不明だが、遊歩道が封鎖されていた理由も納得の危険度である。

気をつければ通れないほどでもないのでここを通り抜ける。すると…


来た…


八世乃洞門西側抗門

地震の被害を受けた洞門である。
たしかに、これは酷いと言わざるを得ない。

…遊歩道も地味に土砂を蓄えている。


遊歩道も場所が悪かったのだろうか。遊歩道というよりはレベルの高いハイキングコースである。


改めて洞門を側面から見る。

圧壊はしてないものの、押しつぶされているのがわかる。
…そんなことより道入れるんすかね…



洞門の壁を横から見ると押しつぶされひしゃげているのがよくわかる。

地震によって崩落した土砂が勢いよく洞門上部に当たり、破壊されることはなかったもののダメージは少なからず与えられていたのだ。


江戸道を踏襲する明治道はここで4代目昭和道へ合流する。

私はわずかな段差を空中歩行し道路上へ復帰、危険と言えば危険だが、昔からアスレチックで遊びつくしていたことが報われる日が来たということだろうか…。

洞門にはしっかりとカバーがされていた。これはこの道が震災後もトンネル開業まで使用されていたことが理由となる。


路上には、封鎖後落ちてきたのだろうと思われる岩が転がっていた。

震災後も崩落は進んでいるのである。


次回、明治道と江戸道に迫る。

(続く)

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もとさんです。その2へのコメントの続きです。
八世乃洞門珠洲側の出口に辿りついたもとさんはトンネルの出口扉に南京錠がかかっていて出られません。そこでやっと立ち入り禁止の道を逆に来てしまったことに気付いたのでした。折よく立ち寄ってくれたおそらく滝見物のカップルが地元の人に連絡してくれて脱出できましたが、10月現在この遊歩道の珠洲側後半は遭難一歩手前の岩場に変身しています。、ぽっぷさんは通れたトンネルも地元の人いわく、あなたの推測と異なり漁師が漁の期間だけ開けてもらうのだそうです。立入禁止の標識は風雨で飛ばされ、なくなったのだろうとのこと。あまりの惨状に言葉もありませんでした。残念なことです。

2013/10/18(金) 午後 10:47 [ もとさん ]

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もとさんです。その2へのコメントの続きです。その3、その2のコメントのあとお読みください。
八世乃洞門珠洲側の出口に辿りついたもとさんはトンネルの出口扉に南京錠がかかっていて出られません。そこでやっと立ち入り禁止の道を逆に来てしまったことに気付いたのでした。折よく立ち寄ってくれたおそらく滝見物のカップルが地元の人に連絡してくれて脱出できましたが、10月現在この遊歩道の珠洲側後半は遭難一歩手前の岩場に変身しています。、ぽっぷさんは通れたトンネルも地元の人いわく、あなたの推測と異なり漁師が漁の期間だけ開けてもらうのだそうです。立入禁止の標識は風雨で飛ばされ、なくなったのだろうとのこと。あまりの惨状に言葉もありませんでした。残念なことです。

2013/10/18(金) 午後 11:03 [ もとさん ]


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