轍亡き路へ

林道ラリーはオブローディングに入りますか?

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どうもこんにちは。週末に今年一発目の散策に行ってきました。
いやぁ久しぶりの山歩きでしたがこの時期はまだ歩きやすいですね。夏場になったらこれ地獄の藪漕ぎになるんだろうなぁって思いながら歩いていました。

2016年初なのでせっかくだし今までやったことないジャンルに挑戦してみようと思いまして、今までにやったことがなく名古屋から行きやすい場所にあるものと言ったらこれしかないかなと思いました。

今回の標的は「王滝森林鉄道」

王滝森林鉄道とは、長野県木曽谷に広がっていた「木曽森林鉄道」の一つです。この木曽森林鉄道は最盛期には10営林署が存在し、すべての営林署に一つないし二つの森林鉄道を保有していました。その総延長は400キロに上るほどなんだとか。

その営林署の一つ「上松運輸営林署」に属している「小川森林鉄道」と「王滝森林鉄道」は規模も大きく、比較的最近まで運行を行っていたことや数々の遺構が今も残っていることから知名度が高い森林鉄道であるとも言えるでしょう。

この森林鉄道の始まりは明治43年の中央西線開業に由来しています。中央西線の開業により材木を鉄道で輸送する方法に変わりました。上松では小川森林鉄道のほうが大正2年に着工を始め、上松駅にほど近い鬼淵停車場より氷ヶ瀬に至る約25キロの鉄道線が大正6年から12年に作られました。これが王滝森林鉄道です。

その後、白川・うぐい川・瀬戸川・濁川・鈴ヶ沢などの支線を含め、総延長155キロという路線網が昭和30年に築かれました。
この路線はその名の通り木材の運搬が主要だったものの、沿線住民の陳情もあって列車への便乗や日常品の輸送が行われ始めました。これは市街地から12キロ離れている滝越地区の住民には重要な交通手段であったと言えるでしょう。

しかし昭和40年代より林道が整備され始め、伐採場所より直接木材を搬出できるトラック輸送へと変わって行きました。これにより森林鉄道は次々に廃線となって行き、王滝森林鉄道は本州で最後の森林鉄道となるも1975年(昭和50年)5月30日を以って廃止されました。
現在も稼働する森林鉄道は日本に二カ所のみで、一つは鹿児島県屋久島にある安房森林軌道、もう一つは京都府にある京都大学芦生研究林の中に現存している京都大学演習林軌道がごく稀に運行されている程度です。



そんな中王滝森林鉄道が注目される理由、それは木橋が現存していることです。
木橋は山奥深くに残っていて、残念ながら今回の散策ではそこまで行っていないのですがまた時間があるときにでも行きたいところですな。何年後になるでしょうかねその頃には落ちてそうですが




なおこの路線は一部区間は道路にそのまま転用されていたりします。線路跡を辿ること自体簡単な区間が多いため今回は道路跡に転用されていない第三号隧道〜小島停留所と、その他アクセスのしやすい残存遺構を中心に巡ることにしました。



まず最初に王滝森林鉄道ではなく管轄的には「小川森林鉄道」の区間となる現JR中央西線上松駅に併設されていた貯木場から王滝森林鉄道の起点である鬼淵停車場間に残る遺構からスタートです。


イメージ 1

上松駅から歩いて行ける場所にあるこの遺構、王滝森林鉄道や小川森林鉄道に入る人ならまずここからという人も多いのではないでしょうか。
というも、すぐ後ろが上松駅であり東貯木場があります。話を聞くところによると、右のガーター橋が本線であり、左側のコンクリートのほうは機関車や貨車の留置線だったとか。高さはそれなりにありますがこのくらいなら安心して渡ることができます。ちょっと高い平均台って感じですね。

この先鬼淵停車場までの区間に木曽川橋梁(鬼淵鉄橋)がありますがこちらも有名なので割愛。一気に第三号隧道からスタートしたいと思います。


イメージ 2

こちらは三号隧道手前より始まる本格的な廃線の跡。近くには道の駅三丘があります。
ここから鬼淵の間はほとんどが道路に転用されていて、第一号隧道は道路の拡幅の際に埋め戻し、第二号隧道も開削されて現存していません。なので王滝森林鉄道の遺構はここからということになります。
なお、第一号隧道の区間は実は新線区間で、現在道路として使われているのは旧線跡の路盤です。なので正確には第二号隧道が旧線時代の第一号隧道でした。
今回散策した・見たもののほとんどが新線時代のものですので新線時代の隧道番号で表記して行きたいと思います。

イメージ 3

並行して走る県道20号線が拡幅された時に削られてしまったのでしょうか、落石防止柵の内側を歩きます。
そしてこの先、落石防止柵が途切れる場所には

イメージ 4

おまちかね、第三号隧道が現存しています。20メートルほどの短い隧道ですが、竣工は大正9年です。
落石覆いが付いていますが後付けでしょうか。

イメージ 5

しっかりとした要石が付いています。
内部は入口部分だけがアーチで、中央部は素掘りです。

イメージ 6

隧道の先もずっと線路跡が続いています。
正直私はあまり廃線跡を歩いたことがないのでこういう光景は新鮮ですね。

イメージ 7

反対側、王滝側の抗門です。
雰囲気的には下荒井隧道にも似てますね。

イメージ 8

少し先から振り返って撮影。ゆっくりとカーブを描いているところが道路由来の廃道ではなく森林鉄道らしいですね。
山側にずっとある側溝は廃線後に付けられたようです。


イメージ 9

時期が時期ですので藪が濃いわけでもなくほとんどの草木は枯れているのでまだ視界は良い方です。夏場はどうなるんでしょうか、想像したくもないですけどね。


イメージ 10

脇にそれて行く道には切り通しが。
線路が伸びていたとも聞かないですし、何かの通路だったのでしょうか。


イメージ 11

そしてこの先は入山橋梁という橋がありました。
延長29.3m、開業当時は上路ハウトラスの木橋だったそうですが、老朽化のため昭和8年11月に中央の橋脚の新設とともにガーター橋になったそうです。なおガーターは2008年に撤去されているので現在は橋台・橋脚のみが残っています。

流石にここから先は空を飛ばないといけないので少し戻って一旦道路へ復帰、この先から廃線跡へと復帰します。


(その2へ)

閉じる コメント(2)

下荒井に確かに似てますね。ネットでしか見たことないですけど。

軌道跡見つけて歩いてみたいなあ。

2016/3/22(火) 午後 10:03 [ morit kai ] 返信する

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morit kai様、左側がすぐに崖になっている部分が特にそう見えますよね。道路廃道と違って鉄道廃道はカーブが緩かったりして面白いですが鉄道が走っていたとは思えないような場所も通っていたりしてなかなか面白いです。

2016/4/4(月) 午後 10:23 [ ぽっぷ ] 返信する

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