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羽村栄一からは、1年に一度、春に成ると決まったように、
住所変更案内のはがきが来る。
彼は,慈恵医科大学の学生である。4回生に成っていた。
今回が4度目のはがきであるから、1年に一回の引っ越しである。
頭脳明晰、医者の卵、身長180センチ、
きりりとし、苦み走った美男子とくれば、モテないわけは無い。
廻りの友人たちは皆、女性と逢うときには、
彼との同席を嫌がり、嫌った。
北海道室蘭出身の、羽村についた渾名は、
「ヤドカリ」で、ある。
持ち物は、大きな、スポルディングのボストンバッグ。
これ一つだけだった。
何処へでも、ボストンバック1つで入り込み。
ボストンバック一つ持って、出て行った。
奴が入り込む先には、必ず若くて美しい、女性が居た。
上京後、最初の塒に選んだのは、
目白の、川村学園に通う、北海道旭川出身。菊池優子の、
新大久保にあった木造アパートだった。
二度目に潜り込んだには、
高円寺のアパートへ住む、近くの歯科医の看護婦、
木村美津子の所である。
三度目は、
新宿歌舞伎町の、高級クラブ「蘭」の、NOワン・ホステス、
洋子。の住む、笹塚の、ダイヤモンド・マンション
へ、潜り込んだ。
此の頃から栄一の遊びは、学業そっちのけで
日に日に派手になって行った。
女からせしめた、
フォルクスワーゲンの、黄色いカルマンギヤを乗り回し
銀座、新宿、池袋、渋谷から横浜まで
遊びの、行動半径は広がって行った。
「この調子だと、奴は卒業出来ないぞ。」
と、友人たちは陰で囁いた。
四度目に届いたはがきには、
潜り込んだ先は、大塚駅前にある、秀和レジデンスの7階、
3LDKの見晴抜群の部屋だとあった。
池袋、フランス座の、人気スター・ストリッパーで、
稼ぎ頭の、桜木葉子、と同棲するらしい。
つまり彼は、移動するたびに、住まいのランクと、
女性の資力アップを、目指しているように見えた。
一方的に、彼女を紹介するからと、場所と日時を指定してきた。
来週の日曜日、午後一時。三越裏にある、
喫茶店の名前が、書いてあった。
当方の都合なんか、一切忖度しない。
奴は、世の中は、自分を中心に回っていると、
思い込んでいるようで、
何時も快活で、自信満々であった。
はがきに在った日時に、僕は、指定の喫茶店へ向かった。
待っていたのは、羽村栄一、一人だった。
「間もなく、彼女のショウが始まるんだ」
「紹介は、劇場でするから、今から出かけよう」
「いい女だぞ!見て驚くぞ。」
「僕はストリップなんか見た事無いし」
といって断ろうとしり込みすると、
「な〜に心配するな。フランス座は東京一だぜ」
「夢のような,ショウが視れるんだ」
「金は要らん。俺はフリーパスなんだ、任せておけ」
栄一の強引さに負けただけでなく、
ストリップを観て見たい誘惑にも負けて、
僕は喫茶店の席を立った。
日曜日の午後である。フランス座は、賑わっていた。
舞台中央から客席へ向かってせり出している花道の
先端は,円形に広がっていた。
二人は其の正面に在る、一等席に並んで座った。
客席のライトが消え、ショウは始まった。
15〜6人のダンサーが音楽に乗って登場する。
ラインダンスのような動きから始まった。
全員。全裸である。
其々のダンサーに贔屓から声援の掛け声がかかる。
彼女たち其々は、長い真っ白なバスタオルのようなものを持ち。
恥毛を、隠すような、隠さないような、塩梅で、
踊りながら、客の目を、ひきつけている。
ダンサーたちの中央に、一際目立つ美形がが居た。
容貌も、スタイルも、笑顔も、色香も、
群を抜いていた。
彼女だけは、タオルでは無く、クジャクの羽根で出来た、
大きな扇のようなものを持っている。
観客からの声援も一際多かった。
栄一が肘で、僕を小突いた。
僕は、アレが、俺の彼女だと言う、合図だと解した。
人気スター桜木葉子は、一人花道を進んで踊りながら、
先端のエプロンへ向かい始めた。
両天井から,照射されるサーチライトの光が、動きを追った。
葉子は、栄一の前に来ると、にっこりと笑いかけ、
ゆっくりと挑発するように、腰を回し始めた。
栄一は得意満面で、投げキッスをしたりしていたが、
僕は目のやり場に困り、俯くしかなかった。
「こっち側にも見せろ!」
反対側からやじが飛んだ。
あちこちから誘いの拍手が起こる。
葉子は、みんなのスターだった。
然し葉子は動かなかった。
掛け声の方へは振り向かなかった。
延々と栄一の前で踊り続けた。
ショウは終わった。
ほっとした僕は栄一と帰途に就いた。
白昼3時の太陽は眩しかった。50メートルほど歩くと
タバコ屋の角に、赤いポストが在った。
突然
その陰から、若い男が突進して来た。
無言で、栄一の胸に激突した。
右手に持っていた匕首は、根元まで栄一の胸にめり込んだ。
無言のまま栄一はその場に倒れ込んだ。
誰かが通報したのだろう
救急車とパトカーが同時に来た。
栄一を見た、救急隊員は、首を横に振った。
ヤドカリは即死した。
刺したのは、長年、葉子のヒモであった、
やくざのチンピラだった。
ヤドカリの、医学博士の夢、室蘭の夢は、消えた。
桜木葉子のショウは、永久にフランス座で、
開かれることは無かった。
僕は生まれて初めて、女性の裸を見た日に
生まれて初めて殺人現場を見た。
5〜6年経った頃
葉子に関する風のうわさを聞いた。
岐阜の、セントラル劇場に出ているらしい。
と、
僕は行かなかった。
おわり。
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短編小説・ヤドカリの末路
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