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悪餓鬼、隆は、子供の頃から映画を見るのが大好きだった。
と、言うのも、此の頃の娯楽の王様が映画だったのだ。
主に、天六・梅田・難波・心斎橋あたりを
巡回しながら、徒歩で見て回ったが、
此れは電車賃を節約する為である。
時々、千林・鶴橋あたりまで、足を延ばすと、
4本立て、5本立て、350円で見放題なんてのにありつける。
普通は、大福もち6個入りの紙袋を手にし、
3本立て50円の映画館へ朝から潜り込むと、天国だった。
必ず、3本とも、2回ずつ見終わるまでは、席を立たなかった。
お正月などは、三が日で、3本立ての映画館を7軒梯子。
都合、21本の映画を見たが、頭の中が、煮えくり返り、
全てのストーリーが、ごちゃついて困った。
3本立て、4本立てなんてのは、
東映・松竹・東宝・大映・洋画・等々の
古い映画ばかりの、ごちゃまぜだった。
70円、張り込めば2本立てだが、新作が観れる。
しかし一軒では物足りず、2軒の梯子には、
大福餅や、甘納豆代をいれると、200円は、飛んでいく。
此の頃は何処の劇場も、超満員で、後ろの方は
立ち見の人達で溢れていた。
悪餓鬼隆は、席取りの特技を持ち、名人だった。
どれ程超満員の劇場へ入っても、
「御免よ!ごめんなさい。」と、小声を掛けながら
人込みをかき分け、足元を潜り抜けて、一番前まで入り込む。
其処から、スクリーンを背にして、客席全体を眺めるのだ。
幾ら混んでいても、何処かに必ずポツンと空席が見つかる。
其処へ素早く一直線に突進し、ちゃっかりと確保する。
映画は据わって見なくちゃ〜楽しくない。
殆どの人達は、次の休憩時間か、入れ替え時に
空席を探そうと、辛抱強く立ち見を続けていた。
当時、銭の無い悪がきたちの間で
「空気」
が、流行りだした。映画のタダ見作戦である。
「ワイは空気やで〜」
「人間と違うで〜」
「空気が通るで」
「空気はタダやろ」
「ワイは空気やで〜」
と、言いながら、もぎりの前を通り過ぎる。
当初は、たいがいの「もぎり」は、悪餓鬼どもを
貧乏人の、映画気ちがいの、映画ドロボウめ、と、
笑って、見逃して呉れた。
こんな事が何時までも続けられる訳は無い。
各劇場は、「空気お断り」の張り紙を入り口に掲げ始めた。
「空気撲滅作戦」が、各地で始まったのだ。
・・・・・
赤川1丁目に、何処の映画でも、3本立てで上映する
場末の映画館が在った。建物は戦前の倉庫が焼け残ったものを
改装して使用している。便所の匂いが微かに漂っていた。
此処に「俺たちの女神様」は、居た。
入り口付近で様子をうかがう、悪がきたちを見つけると、
「姉ちゃんは、メクラやで〜」と、自ら声を掛けて呉れた。
見えとらんから、さっさと通れ。と言うのだ。
実際には、目は正常で
煌めく瞳を持ち、二重瞼で、まつ毛は長かった。
月・水・金・が、お姉ちゃんの出勤日だった。
隆と、仲間の、悪餓鬼どもは、
月・水・金・を、「女神様の日」と名付けた。
「女神様」の、お蔭で、
俺達にも、天国の日々が、時々訪れた。
或る日、女神様が
「君たち空気さんの、親分の映画が来るよ」
「透明人間っていうの」
と、教えて呉れた。
その通り。「透明人間」は颯爽と、この世に登場した。
此れこそが、我々のヒーロー。憧れの神であった。
主人公は見えなくなるのだ。爆発的な人気である。
劇場は超満員。スターは空気である。
「透明人間」は、何でもできる。何をやってもばれない。
誰にも見つからない。捉まる心配はない。
全く自由である。
「七つの顔を持つ男」や「怪盗ルパン」も
影が薄く成った。
「見たか?」「映画は見たよ」「透明人間は誰だった?」
「見えないんだから、解るもんか」
「本当に見えないのか」
身に付けたものを脱ぎ、包帯を解けば、何もなく成る。
「本当に消えるんだ。何処からも見えなくなるんだぞ」
世の中大騒ぎであった。
透明人間は誰にも見えなかった。
見た人は一人も居なかった。
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ひょとしたら
「女神様」
には
見えてたかもしれない。
女神様は、
何でもお見通しだったからな〜
と
8歳の空気野郎。
隆は思った。
おわり
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短編小説・空気やで〜
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