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ご報告も久しぶりである。
「那智チャコパック・デジタル化計画」であります。能書きはやめて、進行状況を。 まず、第一弾は、 ★1976年1月9日「誰にもナイショ」 こちらをCDーR一枚にまとめました。と、書くと、ん? パックは二時間の番組なのに何故にR一枚に入ってしまうんだと訝しげに思う賢明な方もおられましょう。 そうなんですね、フツーはCDーRには、二時間のプログラムを通常のCD形式で収録した場合、収まり切れません。元々のCDの規格が「74分」程度になっていたはずですからね。 では、どうして? ここで昔話を(いやいや、ずっと昔話をしているんだけどね) 当時俺は(いや、今でも)ボンビーな学生(今は、ボンビーな社会人)。さらに当時はまだまだカセットテープは意外と高価なモノだったんですね。それを承知で毎週(「毎週」ですよ)深夜放送の録音を敢行しようとするんですから、まあ、言ってしまえば「編集」するのは当然のことでしょう。つまりは、リアルタイムに「CMカット」などをして、番組を短縮していたんですね。 分かる、分かりますよ、今にして思えば、そういう「カット」した部分が時代の証言(大げさ)として非常に貴重なんだってのは、ね。俺もそういう部分に興味を持つ人間ですから。 まあ、でもさ、ボンビーなのよ(笑)許してちょうだい。だからこそ、このカセットテープのインデックスにはわざわざ「お題拝借シリーズ」と銘打ってあるんだよ。「お題」のコーナー(って、ほとんどお題だけで成り立っている番組だし、ナッちゃんも番組の中で「曲が多すぎる」てな発言をして、トーク部分を重視していることを表明してますしね)、それだけをこのテープには収録してあります(もちろん、それ以外の部分も多少ありますが)。 と言うことで、さっさと進行状況だけを話すつもりが、やっぱ長くなった(笑) と言うことで、この「デジタル化」も、CD-R「一枚」につきCD形式で(つまりは市販されているCDプレイヤーで再生可能な形式ですね)「一回分」の放送を収録という案配になりそうです。 で、第二弾(二枚目)。 ★1976年1月16日「ゆれてる私」 一番組一枚にきっちり収まってしまいましたねえ。 で、シリーズ第三弾は、 ★1976年1月23日「うらぎり」 この回が何と76年の年明け三回目にして、ナッちゃんが体調不良でダウン、と今ならそう書くところですが、扁桃腺か何かで高熱を発して(当初は風邪と言っていた)番組をお休み。代打には、当時木曜深夜のパックを担当していた「愛川欽也」が登場。おそらく当時、30代後半かな、まあ今と変わらないとは言えば変わらない、それでもやっぱり若々しい声を聞かせてくれます。 まあ、金パは「那智チャコ」ありきとは言え、愛川欽也のお題っぷりもなかなか悪くない、と言うか、意外と面白い。持ち味の違う二人とは言え、「声」のプロフェッショナル(俺は、愛川欽也の声優としての実力を高く評価しているので)が繰り広げる番組は面白いです。ゲストは、愛川欽也のパックでおなじみの(構成作家?)奥ちゃん(奥山てるのぶ)で、後々、お笑いの芸人などの深夜放送で「合いの手」を入れる構成作家と言うスタイルが流行りましたが(今でもそうか?)そのサキガケみたいな存在ですねえ。柔らかめな合いの手がなかなかイイ感じです。 てな事で、第三弾までは完成しました。 で、この後の放送がナッちゃんの復帰で、もう一度1月23日のお題「うらぎり」をやります。同じお題で、ナッちゃんとキンキンのキャラクターの違いが比べられて、はからずも面白い展開になったところで、以下次号。 次回は、その復帰した1976年2月の放送分、第四弾からです。の、つもりです(笑) |

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