この子と歩む

再再開いたしました。心機一転いたしました。また、始めます。どうぞ、よろしくおねがいいたします。

証し

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証し4(最終回)

それと・・・耕一のことですが、今、彼は昨年の秋から不登校になり、最近少しずつ、夫や私と一緒に


放課後や給食の時だけ、学校に行けるようになってきました。


耕一は同級生の子たちの前で、とても緊張して、話せなくなってしまいました。


耕一もずっと苦しんできました。恵実が大変な時に 私を気遣ってばかりいて、自分もしんどいはずなの


に 私を楽にさせたいとばかり、考えてくれていました。耕一が私に甘えられない辛さを 不登校になっ


たことで やっと気づきました。


今、私に文句も言えるようになりました。我慢して反発できなかったのに 言えるようになってきまし


た。先生に対して、今まではしんどくてもしんどいと言えずに「大丈夫です」と言っていたのが、「しん


どい!」と言えるようになってきました。同級生にはなかなか緊張が緩みませんが・・・少しずつかなと


思います。
  

そしてまた、耕一にも神様は御手を差し伸べてくださると思います。


「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。」


このみ言葉を掲げて私たち家族で力を合わせて信仰生活を送りたいと願っています。


そして、最後に前牧師のY夫人から頂いたみ言葉と うちのK牧師から頂いたみ言葉を述べて終わりま


す。


Y夫人からはフィリピの信徒への手紙4章4節から7節のみ言葉をいただきました・・・


「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られ


るようになさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、


感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を


超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう」



そして、K牧師からは、イザヤ書30章15節のみ言葉を頂きました。


「安らかに信頼していることにこそ力がある」


そして。。面談の時にお話くださった言葉・・・


「恵実を取り巻く制度や社会が良くならなくても どのような状況にあっても恵実を愛していくんだよ」


と・・・そう言ってくださいました。


これらのお言葉を 心に刻んで、愚かさを繰り返す弱い者ですが、明るく歩ませていただこうと思いま


す。   どうか、みなさん、これからも私たち家族を見守っていてください。


証しができたことを神様に感謝して、御前にお捧げします。                         

証し3

私の心が少しずつ 変えられていったのは、療育との出会いでした。そこには医療と障害児の通園施設が


備わっていて、恵実とわたしはここへ2年間、毎日親子で通園することができました。


障害があろうとなかろうと全ての子どもは発達していく。そして願いを持っていることを知りました。


発達の段階をとばすことはできない。障害のある子はゆっくり発達していく。その歩みに歩調を合わせな


がら、療育の先生から我が子との関わり方を学んでいきました。ここでの療育目標は、


・命を輝かしていく

・いつでもどこでもだれとでも生活できる

・豊かな感性を持ち、自分の思いを表現できる

・やりたいこと したいこと をいっぱい持っている

・自分も 友だちも 大好きになる



恵実は2年間の療育を受けて、本当に活き活きと生活ができるようになり、満たされることで、パニック


も落ち着いてきました。


この療育を受けて、わたしは恵実に手を上げることがなくなりました。


恵実のしんどさが理解できたからです。


毎日療育を受けるために親子で通い、1年目の母子通園が終わろうとする時、恵実が5歳の時、初めて


私を指差して「お・か・あ・さ・ん」と呼んでくれました。その時には嬉しくて涙が止まりませんでし


た。  恵実は大きくなることへの喜びを感じ、このなぎさ園を卒園し、現在、廿日市特別支援学校に通


っています。



県や国は弱い者を隅の方へ追いやるような法律や 制度をつくり上げています。


恵実もその弱い者の一人です。この子たちに必要な自立に向けてどう支援していくのか、学校を卒業した


ら働く場がない、親の手で作業所をつくるのか、親亡き後の生活の保障は、将来への不安は尽きませ


ん。今の豊かさに応じた当たり前に生活することさえ思うようにできない子たちに充分な支援ができない


時代になってきました。でもそんな時代にあっても子ども達が真ん中に置かれ、大切にされていく社会を


願っていきたいと思います。


でも 恵実の障害がわかった時は、神様が私に期待されて恵実を私たちに授けられたなんて思うことがで


きずに 跳ね返していましたが、恵実と共に歩むうちに 神様は、恵実に必要なものを与えて満たして


くださっていることに今日の証しを通して気づかせていただくことができました。


恵実が自閉症でなかったら、多くの療育の先生たち、同じ悩みを持つ仲間たちにも出会えなかったでしょ


う。そして地域で障害のある人たちを支えてくださる人が多くいることも気づけなかったでしょう。


そして夫の失業も恵実のお陰で、良い仕事にめぐり合えました。その職場は恵実と同じような障害のある


人たちの働く作業所です。働き始めて5年目になります。


夫の失業という試練があったから、両親の死も悲しんでいられなかったし・・・


悲しもうと思った時には恵実の障害がわかり、神様は私に多くのことを教えようとされているんだなと思


います。そしていつか必ず、本当に神様のご愛がわかる者にならせていただけるのかなと思います。

証し2

父が亡くなった時に 実家で聖書を開いて与えられたみ言葉があります・・・


「ローマの信徒への手紙第8章35節から39節」のみ言葉です。


「誰がキリストの愛から私たちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。剣か。『私


たちは、あなたのために一日中死にさらされ、屠られる羊のように見られている。』と書いてあるとおり


です。しかし、これらすべてのことにおいて、私たちは私たちの愛してくださる方によって輝かしい勝利


を収めています。わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来


のものも、力あるものも、高いところにいるものも、低いところにいるものも、他の被造物も、私たち


のキリスト・イエスによって示された神の愛から、私たちを引き離すことはできないのです。」 


なぜか、このみ言葉が私を強くさせ、神様の愛は父が亡くなっても変わらない。。。そう信じなさい。と


言われてるように感じました。


そして、母が亡くなる数日前に、新緑の美しい山々を見上げて、「こんなに美しい景色も 母にはもう見


ることができなくなるんだなぁ。」と思う私の心に「いや、そうではない。天のみ国はこの美しい景色以


上に素晴らしいところなんだ。」と主は希望を与えてくださいました。母の死を迎える思いに本当に希望


が与えられました。


こうして、両親を見送ったわけですが、この頃から、私の心にいつも・・・今も繰り返し決まって与えら


れるみ言葉は テサロニケの第5章16節から18節です。


  
  「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリス   

  ト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」




わたしは両親が亡くなった悲しみの中で、このみ言葉がどうしても受け入れられませんでした。それで


も、わたしの心にこのみ言葉は、離れませんでした。


この思いとこのみ言葉は、さらに三つめの試練にも続きました。


三つめの試練は、娘恵実の障害です。両親が亡くなって2年後の1月7日に恵実は「知的障害を伴う自閉


症」とドクターから告知を受けました。


「自閉症」は心の病と思っていたわたしは、そうではない事実を知りました。


自閉症は脳の中枢神経が生まれつき働かないことが原因だと言われました。昔は母親の愛情不足や育て方


が悪いことが原因だと言われてきましたが、そうではないことが、研究が進むにつれ、わかってきたそう


です。                  では、どうこの子と関わり、育てていけばいいのか・・・


・・・・・途方に暮れ、悩み、苦しみました。


眠っている恵実を見て、「目を覚ませば自閉症でなくなってればいいのにな・・・」と思ったりもしまし


た。この現実を受け止めることができない日々が続きました。


恵実は・・・言葉で思いを伝えられない苛立ちや 状況を理解できない不安、見通しの持てない日々の生


活に恐怖や不安、何事においても満たされない思いを 「パニック」という激しい行為で私たち家族にぶ


つけてきました。どうしてこんなに大変な子が生まれたんだろう、この大変さがいつまで続くんだろう


と、先の見えない状況に押しつぶされそうでした。


この時期、恵実にもそして耕一にもかわいそうなことをしてしまいました。恵実は眠れなくなるという


睡眠障害にもなり、泣き喚く日もあれば、壁に向かって言葉にならないことを延々としゃべり続け、わた


しは、あやしたり、なだめたりしながらも 徐々に疲れがたまっていき・・・疲れがピークに達し、眠ら


ない恵実をよく叩いてました。耕一はこの大変さを察して一番私に甘えたい時も甘えず、わがままも言わ


ず、手がかからないように私に気遣って、学校に行く準備は全部一人でやっていました。

証し1

神様から証しをする機会を与えられたことを 感謝します。


証しをするのは実は初めてです。どう話せばいいのか 悩みました。


求道中については、またいつか。。。


洗礼を受けてから、今日までを振り返り、苦難や試練の日に神様から 与えられた「み言葉」や支えられ


たと感じたことをありのままに語ります。


わたしは15年前、府中教会で、F牧師によって洗礼を受けました。


それから、五日市教会に所属していた、夫と出会い、1996年9月23日に ここ五日市教会で結婚式


を挙げさせていただきました。そして、1997年6月11日にコウイチが生まれ、1999年6月24


日に エミが生まれました。


洗礼を受けて15年。。。この15年の間にいろんなことがありました。その出来事の中で、大きな試練


が3つありました。この出来事はわたしにとって、神様に見放されたように感じ、辛かったんですが、今


回、証しをさせてもらうことにより、神様が私に与えられた苦難や試練は、その時その時の私にとって、


とても必要な試練だったと気づきました。だったではなく、今も、これからもずっと続くんでしょう


が、その時々に神様は、私に必要な試練をお与えになり、神様に近づくように私を導いていかれるんだろ


うな・・・と感じれるようになりました。以前は、「どうしてですか!?どうして私なんですか!?」と


嘆いてばかりで、祈ることができないでいましたが、時間と共に少しずつ、心が癒されてきました。


つい、力んで自分でどうにかしようと頑張ってきましたが、報われない思い、変えることができない状況


を目の当たりにして、自分の弱さや無力さを感じてきました。感じながらも主に委ねきることができず、


あえぎ苦しんでいました。そうしながら、少しずつ神様に委ねようという思いを与えられてきました。


そうして・・・今は、試練の時に神様は私を一番愛し、支えてくださっていたこと、今も支えてくださっ


てるんだと、感じ始めています。


私が与えられた試練・・・一つは、夫にとっての試練の時・・・夫の失業でした。


リストラに遭い、その後ヘルパー2級の資格を取るものの約2年もの間、なかなか定職が与えられず、何


度も何度も面接を受け、働いてもなかなか、採用してもらえず、夫はとうとううつ病になり、通院する


日々を送ることになりました。


そんな中、2001年5月27日、私の父が入院先の母を見舞うため、車で向かう途中に事故に遭い、ト


ラックと正面衝突を起こしました。即死でした。あんなに元気だった父があっけなく逝ってしまい、さら


にその同じ年の7月11日に長年、悪性のリュウマチを患ってきた母も力尽き、父の後を追うようにして


息を引き取りました。


この時、実に多くの方に励ましの言葉やお電話をいただきました。教会の方々の祈りに支えられ、この時


期を過ごすことができました。改めて感謝します。



              

父を想う。。。

もうすぐ、父の命日。。。


なんだか、今日は眠れない。。。


どうしても事故ったシーンを思い浮かべてしまう。。。。


7年前の5月27日、父はトラックと正面衝突してしまう。


即死でした。。。


やっぱり辛いな。。。


証しをしたからかもしれない。。。


思い出してしまった。


人生はいつ 何が起こるか、わからない。。。


明日、自分が生きているか死んでいるかは神のみぞ知る。。。だ。


「委ねる」ことができたら楽だろうな。


神に全てを委ねる。自分の人生の全てを。。。生きるも死ぬるも。。。自分がどのようになっていくのか


。。。全て神に委ねていく。


強い信仰を持つからできるものではない。全てを委ねることが出来るように 神に祈ることでしかない。


人間は支え無くして生きていけない。。。何を支えに生きていくのか?


人に寄り頼んでも けして本当の支えにはならない。神を支えに生きることでしか、本当に生きていけな


い。わたしは、苦難を通ってきて、そう思う。聖書の言葉でないと真に私を支えることはできない。


どんなに立派で、尊敬できる人の言葉でも 私の心を支えることはできない。時に空しく、時に孤独にな


っていく。。。神との三項関係がないと、人間同士の付き合いだけでは空しい。


神はけして裏切らない。そして、けして見捨てない。たとえ、親が子どもを見捨てても、神はいつまでも


変わらぬ愛で私を愛し続けてくださる。そんな神を私は信じている。


父を偲びつつ、神の愛を感じて心を鎮めていく。。。父の死がなければ、神の愛を 深く感じることは


できなかったかも知れない。。。試練をくぐる時、神は近くに居て、支えてくださる。み言葉によって。


心の奥深くに み言葉がしみ込んでいく。。。けして私から離れようとしない。


  

    いつも喜んでいなさい。


    絶えず祈りなさい。


    すべてのことについて感謝しなさい。  (テサロニケΙ 5:16〜18)

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