ストロングマン赤錆の宮古島、大阪、行ったり来たり。

死ぬのはいつも他人ばかり 《マルセル・デュシャン》

富士高校

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え !?

さっきまで、
テレビで“戦場カメラマン”渡部陽一氏のドキュメント番組を見ていた。
で、
氏が静岡県富士市出身であることを知った。
実は赤錆、生まれは九州宮崎県であるが、
小学3年から高校卒業まで富士市で育ったのだ。
 
調べてみると
戦場カメラマンは県立富士高校の卒業生。
赤錆の後輩であった。
 
そして、中学校、小学校まで赤錆の後輩であることが分かった。
市立田子浦小学校、中学校 
 
だからどう、
ということもないのだが
なんかこう、話のネタにはなるよね。
 
で、
富士に帰ったのは一番最近でいつやったかな
とか思って
このブログの過去記事で調べてみたら、
2008年の12月に陸上部の同窓会で帰っていた。
たかだか3年前やのに、
もうずいぶん前のような気がするのは何故だろう ?
って考えてみたんだけど・・
 
うん、やっぱり
2010年1月を境に、それより前はなんかずーっと以前って
感じるようになってることを発見。
 
そう、癌の手術が過去と現在の分岐点になってる。たぶん。
 
あれからいっぺんに老けたよなあ。
も、ちょっと元気出さなきゃあ !!
 
2006年に仙台に行って、その帰りにも富士に寄っていて
その時撮った写真も発見。
 
                        富士市内には
                        富士山より高い煙突があるんです。
 
                        これだ !
                       ↓
イメージ 1
 
イメージ 2
 
 
 
          団塊さんのリクエストにお応えして
     ↓
            
今回の大和訪問は、

静岡県立富士高等学校 陸上部OB会

出席が第一の目的でした。


70歳台の先輩から、まだ大学卒業して2年目くらいの後輩まで、
総勢38名。
(案内を出す数の一割参加が目標らしいが、まだ達成できていないらしい。)
イメージ 1

今春、部OBが顧問に就任。
その歓迎と激励会も兼ねていた。
イメージ 2

順天堂大学時代はインカレチャンピオンの実績もある33歳のナイスガイ。
最近ちょっと低迷している富士高陸上部をなんとかしてくれそう、という期待大。



そして、これが恩師。
イメージ 3

ではなくて、
赤錆の同級生の大○君。
長距離ブロックの同級生は彼と赤錆の二人きりだった。
大○君は早稲田時代は箱根駅伝を3回走っている。1区を2回、3区を1回。




大○君、などと気安く呼んではいけないのかもしれない。
彼は今春から、
イメージ 4

あの高校野球の名門になりつつある、『常○菊川』の校長先生。
ひょんなことから、高校時代の同級生の名前を目にしました。
たまたま以前記事にしたことのある同級生で、その時『つづく』で終わっていて、
そのままほったらかしだったこともあり、『続編』ということでまとめてみました。
本人や関係者以外にはどうでもいい記事ですが、(いつもじゃん。)、お暇ならどうぞ。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/83/69/sumebamiyakojima/folder/1363023/img_1363023_23649731_0?20061116100618
静岡県立富士高等学校

さっきチラッとテレビを見たら、高校野球の決勝戦をやっていた。
静岡と岐阜の代表校の対戦。
以前、記事にも書いたが赤錆は九州男児だが、出身高校は静岡である。
  以前の記事 → http://blogs.yahoo.co.jp/sumebamiyakojima/23649731.html

ところで、『常葉菊川』って高校名にあまり馴染みがないので
ネットで検索してみた。

赤錆が高校を卒業して、大阪に出た後に創立された高校のようだ。
部活は硬式野球、陸上競技、女子ソフトボール等が強いように紹介されている、
女子ソフトボール部は全国大会の強豪校のようで、その活躍を伝える記事の中に
静岡富士高校時代の同級生O君の名前があった。大△富●教頭、とある。

O君と赤錆は高校時代、陸上部で同学年ではふたりきりの長距離ブロックに属していた。
O君は島田市の実家を離れ、陸上部の顧問が自宅庭に建てた合宿所で生活していた。
合宿所には顧問が毎年県内各地からスカウトしてきた選手が5〜6名生活していて
顧問の夢は、インターハイ優勝者を東大に合格させる、というものだった。
インターハイ優勝者は毎年誕生していたが、その選手が東大に進学することはなく、
顧問のK先生も数年前に亡くなられた。

K先生の“チン●の先のヒモ”理論は、冨士高OBの梶○吉原商業高校陸上部顧問から
教え子の高○進へ、そして末○シンゴへと受け継がれている。と勝手に赤錆は思い込んでいる。

そして、インターハイでO君は1500メートルで入賞、赤錆は県大会までだった。
早稲田に進学したO君は箱根駅伝の1区を3回走り、関西の大学に進学した赤錆は
坊主頭を理由に殴りかかってくる赤ヘルの集団から逃げるため(だけでもないが)
体育会から離脱する。

大学卒業後、静岡に戻り、高校教諭になったO君とは、陸上部の同窓会等で2回ほど会った。
その後、赤錆の父親が再び、九州に戻ったこともあり、静岡とは縁遠くなり、30歳代以降
O君とは顔を会わす機会もないままだ。

試しに、『大△富●』で検索してみた。
第16回、第17回の女子都道府県駅伝の静岡県チームの監督も勤めている。
『赤錆』で検索したら、何がでるかな。文字どおり「水道の修理のご用命は・・」くらいか。

O君、今日は甲子園のアルプス席で女子高生に囲まれて、メガホン振り回していたろうか。
赤錆は、背中丸めてキーボート叩いています。
本日、宮古は20℃を切っています。寒いです。

うーん、なんかまとまらない『続編』になってしまった。

まとまらないついでに・・
山本リンダのご主人は常葉学園(大学)の教授らしい。
♪狙い撃ち、カットバセー !

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