走門来福

〜走る門には福来る 人生半分「エエ道」さがし〜

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ぐるりと港区ポタ

2015/07/04(SAT)

す的なボラボラポタです。前日までの下調べをもとに実走しました。
はやる気持ちとは裏腹に、お天気がイマイチでしたが…。


走り出して10分と経たないうちにポツリ…。天気予報では「雨は夜から」と言ってたので、信用してそのまま車輪を進める。
JR天王寺駅から環状線を時計回りにたどる。環状線風にいうと「外回り」。京セラドームのあたりまで来ると路面が濡れるくらいの雨に…。
「う゛〜、雨具持ってないしなぁ〜。でもまぁ、せっかくここまで来たんやし…。天気予報のウソツキ〜ッ!」

尻無川を渡り港区へ。いよいよ探索が始まる。
環状線が「外回り」的にググッと北へ大きくカーブしているあたりから分岐した大阪臨港線は、10年ほど前に廃止された貨物線である。

起点となる旧境川信号場付近。環状線外回りの高架をくぐっている。
石積みの右手に見えるのが旧橋台。その奥は環状線内回り。

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路線沿いにトレースすることができないので、交差する道路を丹念に調べて行く。
しばらくは築堤の上を通り、道路と交差するところには橋梁が架けられていた。橋台の上に登ってみる(良い子は真似しないコト!)。

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R43と交差するあたりは平面となり、跡地は駐車場に利用されている。

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線路が残っている!

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こうなると俄然テンションが上がってくるもので、

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雨が降ろうとヤリが降ろうと…。

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三十間堀川を渡る橋梁。大阪臨港線探索のメインともいえる。
3径間の鉄橋で、船舶を通すために可動橋になっていたらしい。どんなふうに動いたのかは、ちょっと謎。

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両岸には防潮扉が設置されており、線路の部分にはレールの形に合わせたパッキン。エエ仕事してはる。

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旧浪速駅のあたりは倉庫や工場が多く、しぶきをあげて走り去る大型トラックにヒヤヒヤ。

天保山運河で痕跡を探す。

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防潮堤によじ登り(だから良い子は真似しないコト!)…。
ん? なんだか橋台跡のような…?
ビンゴ〜! 支承が残ってる〜!!

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この辺りで支線が分岐しており、その跡をたどる。路線跡と思われし大きくカーブした道路。

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三十間堀川で痕跡を探すも不発。

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天保山運河を渡り大阪港へ。

大阪のベタ踏み橋。

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ちょこっと雨宿り。

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難波津橋付近。ここにも橋台跡が残っている。

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旧住友倉庫の北東角が不自然にカーブしているのは、貨物線に沿っていた証拠。

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荷役に使われたクレーンの桁受けと思われし突起。

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引き込み線があったところにはプラットホームの痕跡。階段のあとがくっきりと残る。

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「入れますか〜?」
「入場料1500円です」
「タダちゃうん? この間はタダで入れたやん」
「いつですか?」
「オープンの次の日やん」
「500円の金券がついているんで実質1000円ですよ〜」
ってコトで、外側から撮影。

路線は大きくカーブして、大阪港で終わる。

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少しウロウロして、

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昼メシ。
巨大茶碗蒸しではなくて、

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ラーメン。
雨で冷えた体が温まる。

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昼メシ後は弁天埠頭方面へと車輪を進める。

中央体育館を回り込むように続く臨港線跡たどるも痕跡なし。

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エエ感じのサビ具合を愛でつつ、

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弁天埠頭に到着。

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かつては四国、九州方面への定期航路があったが、1995年にすべての定期便が廃止され、現在は廃墟同然となっていて一部解体が進んでいる。

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当時の面影が残る案内看板。

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さんふらわあも発着していた。

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かつての岸壁は防潮扉で閉ざされている。
その防潮扉をよじ登って(絶対良い子は真似しないこと!!)、侵入。

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若い頃、車で四国を旅したことがあって、その時に出会った仲間を高松港で見送ってから一生懸命走って、船の着岸と同時に到着。ビックリ顔の仲間を出迎えたことがあったっけ。

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「『一六タルト』の看板を探せ」との指令が下っていたが、すでに撤去されしまったようだ。


不法侵入で逮捕される前に(だって『立入禁止』って書いてなかったもん)脱出。

弁天町といえば「あそこはどうなっているんだろう」と立ち寄ったのが、

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交通科学博物館。
子供だけでなく大人も楽しめたところなのに、廃止されたのは残念で仕方がない。

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さてさて、事前検索で大阪臨港線を調べている時に大阪市電というのが引っ掛かって、その市電が走っていたというR172(みなと通)を辿り大正区へ。
九条新町の交差点にひっそりと建っているのは、




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大阪市電創業の地。
かつては総延長118km弱と市電としては東京都電に次いで第2位の規模だった。

っちゅうことで一連の探索を終え、帰路に着く。

「そうそう、この間はちゃんと挨拶できなかったなぁ〜」とナニワ銀輪堂さんに寄り道して、自転車談義…。

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で、雨が降り続いているので真っ直ぐ帰るつもりが、たまたまkottaman工房の前を通りかかると、ちょうど師匠が出てきたところで、
「誰やと思たら…、まぁまぁ、入って入って」
とニコヤカに招き入れられて、自転車談義…。

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8月の輪音RUNには来ていただけるそうだ。


「廃線」とか「廃墟」(ナニ銀さんとかkottaman工房はちゃいますよ〜)がテーマのポタでした。
あいにくお天気には恵まれなかったですが、それがかえって哀愁というか郷愁というものを感じました。
臨港線にしても弁天埠頭にしても比較的新しいもので歴史的な遺産として残ることなく、やがては撤去されたり取り壊されたりするんでしょうね。
全てを残しているとそこらじゅうが遺産だらけになってしまいそうで、撤去は仕方のないことですが、それらに携わった人々の思いとして何か形に残してほしいというのは贅沢でしょうか。
元土建屋として、小さいながらも「地図に残る仕事」をしてきた<す>の思いです。

先日、トラックバックしていただいた<くろちゃん>さんからの情報です。古地図が見れて、いろいろと楽しめそうです。



閉じる コメント(6)

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天気が残念でしたが、想像以上にオモロが一杯のコースですね。
三十間堀の鉄橋跡がいい感じです。

関西汽船乗り場の調査はありがとうございました。
リンクで一六タルトの看板があった事を確認してよく覚えていたなと自分でも感心しましたよ。

2015/7/5(日) 午後 9:21 [ にも ]

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> にもさん

にもさんのツボコースやと思いますよ。
リンク記事が昨年のものだったので、一六タルトの看板には期待していたのですが…。

2015/7/5(日) 午後 10:38 [ スミだんな ]

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> スミだんなさん
今日、買い物帰りに環状線の分岐あたりから線路沿いを見て回りました。列車が通らないので土地の越境すざましいとこ(骨組み建てて立駐風)とか、畑になったりとかすごいですね。
弁天埠頭は昔々、父の実家に帰るときに乗りました。いわゆる二等船室の雑魚寝で船内のお土産は関西汽船のコインのプレスとか買い(買ってもらい)ましたね。
弁天埠頭の東に廃止された渡船があります。三丁目渡しだったかな?その渡しを渡ると火力発電所がありました。発電所の跡地は現在『ラ・ムー』と『コーナンプロ』になっており渡しがあると便利なんだけど・・・

2015/7/5(日) 午後 11:59 [ くろちゃん ]

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> くろちゃんさん

古地図は本当に参考になります。
ちょっと気になる天理軽便鉄道もたどってみたいです。

2015/7/6(月) 午前 0:23 [ スミだんな ]

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> スミだんなさん
廃線跡なら西宮市の阪神武庫川線も気になります。

2015/7/6(月) 午後 6:42 [ くろちゃん ]

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> くろちゃんさん

ちょこっと探りに行ってみます。

2015/7/6(月) 午後 9:45 [ スミだんな ]


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